見た目も本性も野獣
初レビュー記念に更新します!
サフィアは困っていた。猫の姿ではあまり分からないかもしれないが、物凄く困っていた。何故なら……
「人間の姿に戻れない? 」
冒険者とは思えない優雅さで食堂の椅子に座り目を丸くして聞き返してくるのはAランク冒険者であるジョエルとその契約精霊のクインツだ。
「ああ。 この前熱を出して寝込んでからだ」
そう。数日前サフィアは熱を出して寝込んだ。そのとき魔力が不安定になり猫になったり人になったりを繰り返したのだ。
熱を出す事など稀で、誰かの看病などした事がないギルバートはどちらが病人か分からないくらい顔を青くさせてずっとサフィアの横に張り付いていたのだが、そんなギルバートがちょっと鬱陶しいと思ったのはサフィアだけの秘密だ。
「熱が出た時に猫になったり人になったり、姿がちょくちょく変わってな。それから猫の姿のまま元に戻れないんだ」
普通どれだけ魔力があっても人間が猫になるなど有り得ない。だが元精霊であるサフィアには常識では考えられない力が働き猫の姿になる事ができた。
それ自体は二人にとっては当たり前の事でも世間ではそうではない。どうすれば人間の姿に戻れるかなど安易に相談できる相手はいない。
だから今回事情を知る二人に相談してみたのだが……
「んー、さすがに人間に戻る方法なんて知らないなぁ」
「そもそも猫になる人間なんてサフィアだけだろ」
「だよね。私も自分以外で聞いた事ないもん」
ため息をつきながらやっぱりダメかと肩を落とすサフィアを優しく撫でて慰めるギルバート。
「大丈夫だ。今すぐは無理でも必ず元の姿に戻る方法を探そう」
「うん。 ありがとう、ギルバート」
「そうだね。 焦らないで方法を探さしていくしかないのかな。 …とはいえサフィアちゃんの事を考えると早いとこ人間に戻らないと危険な気もするけど」
「どういう事だ!? 」
サフィアの危機という言葉に身体を前のめりにさせ唾を飛ばさんばかりに聞き返すギルバートに、ジョエルはさり気なく椅子を引いて距離を取った。
「別に人間に戻れない事についての危険の有無は分からないよ。 ただ長く猫の姿でいると戻った後にギルバートに襲われて大変な目に遭うんじゃない? 」
「えっ!? 」
「なっ!」
サフィアはピンッと耳と尻尾を立ててジョエルを見上げ、ギルバートはその場で見事に固まった。
「だってサフィアちゃんが体調悪くなってから今日まで手を出してないんだろ? 」
そんなに我慢してると解禁になった時に襲いかかったりしない?とさらりと言われてギルバートは顔を顰めて「…お前には関係ない」と呟いた。否定しないあたりがとても不安になる。
「あ、あの、それはそのとき考えるから! 今はとにかく元に戻る方法を……」
確かにサフィアにとってはある意味死活問題ではあるが、そんな話題を今ここで出さないでほしい。なんとか元の話題に軌道修正しようとするサフィアを見てジョエルもそれ以上この話題には触れずもう一度心当たりを考える。
「原因が熱を出したときに魔力が不安定になったからだとしたら、それを通常に戻してやればいいんじゃない? 」
「それは私たちも考えたけど……上手くいかなくて」
何故だか熱が出てから魔力の制御が上手く出来なくなっているのだ。
そうしてみんなで頭を悩ませていると、クインツが不思議そうな顔でポツリと、
「なぁ。 人間ってお互いに魔力を受け渡したりしないのか? 」
「は? 」
「なんだ? それは」
自分の持つ魔力は自分だけしか扱う事が出来ない。魔力は誰かとやり取りするようなものではないのでギルバートとジョエルはポカンとした表情でクインツを見る。だがサフィアだけは…
「ああ! その手があった! 」
ポフッと手を打ち、名案だと顔を輝かせた。
「魔力を自分で安定させられないなら他の奴にやってもらうしかないだろ」
「そっか。 そうだよね。 精霊だとそれが当たり前だもんね」
二人で納得していると、ジョエルが首を傾げながら「魔力の受け渡しって? 」と聞いてきた。
そこでサフィアが説明したのが、精霊は魔力の塊の様なもので、誕生したばかりのときは魔力が安定せず存在が不安定になる者もいると言う事。
そういった精霊には他の精霊が魔力を流して魔力を整えてやるのが普通だと言う事。
「じゃあサフィアちゃんにも誰かが魔力を流してやれば魔力が安定して人の姿に戻れるって事? 」
「……予想通りにいけば」
「ならとりあえずやってみるしかないね。 で、その魔力を流す相手って……分かってるよ。 俺がやったらギルバートに殺されるんだろ」
物凄い眼光で自分を睨むギルバートを鬱陶しそうに手で払い、ジョエルは席を立った。
「それじゃ、上手く行く事を祈ってるよ」
「二人ともありがとう」
「すまなかったな」
そうして出て行く二人を見送り、ギルバートもサフィアを肩に乗せ宿に戻った。
「……で、どうやればいいんだ?」
「私の中の魔力を押し出してギルバートの魔力で満たしてもらうイメージで流して」
「……分かった」
サフィアを自分の魔力で満たすとは、独占欲が非常に刺激されるギルバートだったがそんな素振りは全く見せずサフィアの手を取った。
「では……行くぞ」
ギルバートが目を閉じ触れた箇所から魔力を流していく。
「……ん、」
自分とは全く違う魔力が入ってくる感覚に、サフィアは眉を寄せて耐えた。
「大丈夫か? 」
「うん……。 他の人の魔力が入るってこんな感じなんだね。 なんか、背中がぞわぞわするっていうか……んん、」
サフィア自身誰かと魔力を受け渡す事など初めての体験だったため分からなかっただけだが、普通魔力を流されてもこれほど違和感を感じる事はない。
ギルバートの魔力が昔、魔獣の魔力と混ざり特殊な魔力に変質した事によって違和感があるのだ。
「あっ…、……くぅっ、」
「サフィアっ」
「ダメ、続けて」
咄嗟に離しそうになるギルバートの手を、サフィアは少し爪を立てて引き止める。
「だが……」
「大丈夫……少し、慣れてきたから」
言葉とは裏腹に、小刻みに身体を震わせているサフィアに胸を痛めながらギルバートは魔力を流し続けた。
やがてサフィアの全身がギルバートの魔力で満たされるとその小さな身体が光り輪郭を変えていく。
ギルバートが触れている滑らかな毛の感触も、つるりとした肌の感触へと変わる。
「サフィア……? 」
「……ふっ、」
光が収まりギルバートの前に現れたのは人間の姿に戻ったサフィア。だがその顔は苦悶の色を浮かべていた。
眉根を寄せ、額に汗を浮かべ、潤んだ瞳でギルバートを見つめるその姿は情事の時の姿と被り、ギルバートはこんな時だと言うのに身体が熱くなるのを感じた。
「こ、今度は、流した魔力を、抜いて……」
「わ、分かった」
「ハァ……、んん……」
ギルバートの魔力が徐々に抜けていき楽になっていく事でサフィアの口からは安堵の息が吐かれる。魔力が抜けていくほど楽になるので「ん……気持ちいい」と小さく呟いてしまう。
そして先程までの苦しさから解放されきつく閉じた目を開けるとそこには……
ギラギラと目を滾らせた獣がいた。
「ギ、ギルバート……」
「もう大丈夫か? 」
「う、うん。 魔力が揺らぐ感じもないし、安定したと思う」
無意識に後ろへ引こうとする身体をギルバートが抑え込む。
「なら……いいな」
何が。と聞ける雰囲気ではないし、聞かなくても分かる。
この飢えた獣の様なギルバートを前にサフィアはなんとか気を逸らせないかとグルグル部屋を見渡すがそんな都合の良い物もなく、観念して再び目を閉じた。
次の瞬間、飛びかかるように押し倒してきたギルバートの身体を受け止めながら、サフィアの頭にジョエルの言葉が思い出された。
ーー長く猫の姿でいると戻った後にギルバートに襲われて大変な目に遭うんじゃない? ーー
全く以てその通りになってしまった。あの時は恥ずかしさから話題を変えてしまったが、対処方くらい聞いておけば良かった。
明日は三日に一度の限定パンが出る日だったのに。と明日の外出を諦め、飢えた夫の腹を満たしてやる事を覚悟したサフィアだった。
◇◇◇
「あれ? サフィアちゃんは? 」
サフィアが人間に戻れた次の日、ギルバートは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で街を歩いていた。
そこへジョエルが通りがかり声をかけたのだ。
「ああ、昨日はすまなかった。 お陰で人の姿に戻れた」
「それは良かった。 ……で、ここにサフィアちゃんがいないって事は俺の言った通りになったわけだ」
「お前は占い師にでもなれるな」
「誰だって予想できた結果だろう……」
やれやれと肩をすくめ、恐らく起き上がれないであろうサフィアを不憫に思うジョエルだった。
「それで愛しのサフィアちゃんを残して何やってるの? 」
「今日はサフィアが楽しみにしてた限定パンが出る日でな。 それを買って来たところだ」
「君、顔に似合わず甲斐甲斐しいよね」
そんな男だったとは思わなかったと揶揄うジョエルに気を悪くする事もなく、ギルバートはそのまま別れを告げサフィアのいる宿へ戻って行った。
軽やかな足取りのギルバートの後ろ姿を見ながら、「俺も今日は誰かのとこに行こうかな」と無性に人恋しくなるジョエルだった。
昨日初めてのレビューをいただきまして、嬉しくて調子に乗って一本書き上げました。
本当に嬉しかったです。ありがとうございました(*´▽`*)




