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(しまったなぁ…)
宿屋のオヤジに割増料金を払い、ちらりとサフィアに目を向けたあと、そのまま部屋へと移動する男を追い掛けながらサフィアは内心で溜め息をついた。
(お金なんて森で生活してたら必要無かったからなぁ)
精霊である自分は食べ物も排泄の心配も無い、全く手の掛からない存在だ。
だから男について行くことも、男の迷惑になる事態だとは考えて無かった。
しかし実際は余分な出費をさせてしまったことにサフィアは落ち込む。
(何か芸でもやればお金稼げるかなぁ)
猫の身で稼ぐなど、それぐらいしか思い付かない。
いや、そもそも簡単に傍にいてあげようなんて思い付いたのがいけなかったのか。ちゃんと相手の了承を得なければただの押し売りと同じだ。この場合押し売り猫か。いや、どっちかと言うと押し売りじゃなくて、押しかけ?押しかけ……女房?え、女房?嫁?
どんどん思考がズレていく間に男は部屋につきドアを開け、そこで動きを止めた。
「………」
「………!」
無言でこちらを睨む男に、また尻尾がボワっと逆立ち一瞬で緊張状態になったが、多分これはドアを開けているから中に入れということなのだろう。
サフィアはその通りに部屋に入り、部屋にある唯一の家具であるベッドにぴょんと飛び乗った。
男もサフィアに続いて部屋に入り、マントを外し剣を壁に立て掛けると、恐る恐るサフィアの隣に座った。
「………」
「………」
無言で見つめ合う男とサフィア。
ーー何だこれ。見合いか。
何か話し掛けたいが猫が喋るわけにはいかないし。困ったなと男を見ながら小首を傾げると、それを見た男の顔がまた真っ赤に染まった。
「あ、あー……、何だ、その、何故俺について来たんだ?」
ーーあなたが可哀想だったからです。
「いや、ついて来たのが悪い訳ではなく、俺は見た通り怖がられる顔をしているからな。大抵の動物は俺を見た途端逃げる。近寄って来るのは俺を敵と認識した魔獣だけだ」
ーー何そのしょっぱいエピソード。
「だからお前が逃げずに撫でさせてくれたことには驚いたが、まさかついて来るとは思わなかった。とても大人しいし、俺に撫でさせてくれるぐらいだから人懐っこいのだろう。毛並みも綺麗だし、きっとどこかで飼われている飼い猫だろうな」
ーー全く違います。
「その、ついお前を部屋まで連れてきてしまったが、飼い主が心配するだろう。そろそろ自分の家に帰るといい」
そう言うと男は立ち上がりドアを開け、サフィアに出るように促した。
追い出される!と慌てたサフィアはすぐさま男の足元に行き、ズボンの裾を噛んで引っ張りニャアニャアと鳴いて抗議した。
「ど、どうしたんだ?」
男が戸惑いドアから手を離すと、サフィアと目線を合わせるように膝を付いてサフィアを見た。
その瞳はサフィアを気遣う優しい目をしていた。
この人、この顔と雰囲気ですっごい損してる!
こんなに優しい人なのに!
何だか今までいろいろ報われなかった分、サフィアが幸せにしてあげなきゃいけない気がしてきた。
そんな使命感が湧き、サフィアは一層強く男の
裾を引っ張った。
「お、おい……」
どうしたらいいか困った男は、とりあえず落ち着かせようと優しくサフィアの頭を撫でる。
サフィアはその手をむずがるように外すと、今度はその指先をペロペロと舐めた。
飼い主なんていないよ!
あなたの傍にいたいんだよ!
届けこの想い……!と必死で舐めていると、
「……もしかして、お前……」
通じた!と喜びに顔を上げたら……そこには般若がいた。
ニャアッ!!と思わず飛び退き、尻尾を足の間に挟みプルプルと震えて男を見上げると、恐がっているサフィアに気付いた男はフーっと息を吐いた。
「悪い、お前に怒っているわけではない。ただ……、その、他に行く所が無いなら、俺と一緒に来るか?」
許可が出た……!!