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 「ーーー、ーーーィアっ」


 遠くで誰かの声が聞こえる。

 その声は悲痛なほどの必死さで誰かの名前を呼び続けている。早くこの声に応えてあげなければいけない気がする。


 「ーーーフィア、サフィアっ!」


 パチリと開いたサフィアの目に飛び込んできたのは、視界いっぱいのギルバート。


 「 !! …ギ、ギルバート?」


 「サフィアっ!!」


 ちょっと寝起きにギルバートのどアップは衝撃が半端ないなとサフィアが身体を硬くするが、ギルバートは構わずサフィアを抱き締めた。


 「…良かった。ほんとに…良かった…」


 絞り出すように呟くギルバートにサフィアも胸が熱くなって抱き締め返した。


 「ギルバート…」


 「ほんと、サフィアちゃんが無事で良かったねぇ」


 「これで鬼のようなコイツを押さえる必要が無くなったな」


 後ろから聞こえた声にサフィアは慌ててギルバートの背中から手を外すが、離れそうになるサフィアを留まらせるためにギルバートは腕の力を強めた。


 「ぐふっ、」


 「おいギルバート、そんなに強く抱き締めたらサフィアちゃんが圧死しちゃうよ」


 せっかく無事に戻ってきたのに。と言う言葉を聞いてギルバートは腕の力を緩め、今度はサフィアの顔をじっくりと見詰めた。


 「おー、おー、見事に離れねぇな」


 「そりゃ死んだって言われたサフィアちゃんが戻ってきたんだから、当然でしょ」


 「あのギルバートがなぁ…」


 「そうだよね。あのギルバートがねえ…」


 「……お前ら、うるさいぞ」


 そこでやっと口を開いたギルバートだが、視線だけはサフィアから外さなかった。


 「あれ?そんなこと言っちゃう?ここまで付き合った俺らに?」


 「お前が全力で暴れるから引き止めるのに苦労したんだぞ」


 そこまで聞いてサフィアはギルバートの腕の中で身をよじり後ろを見た。


 「クインツ……ジョエル……」


 「久しぶりだね。サフィアちゃん」


 「全く、あんな無茶な命令すんなよ。命がいくつあっても足りねえだろ」


 そこには笑顔のジョエルと呆れ顔のクインツがいた。

 周りをちらりと見ると、遠くに町並みが見える草原の中にいるようだ。


 サフィアはそこでギルバートを転移させたときにこの二人の元に送ったのを思い出した。さらにクインツにはギルバートがサフィアの元に戻らないように引き止めてほしいとお願いしたことも思い出した。


 「ご、ごめん二人とも」


 咄嗟のことだったのであの時はサフィアにも余裕がなかった。最初に頭に浮かんだクインツの元にギルバートを押さえておいてほしいとお願いだけして一方的に送りつけたのだ。とはいえSランクのギルバートを押さえておけと言うのは中位精霊のクインツには無茶なお願いだっただろう。二人とも傷こそないが(治したのだろう)服はボロボロで全体的に薄汚れている。


 「いや、可愛いサフィアちゃんのお願いだからね。俺は女の子のお願いは断らないよ」


 なんてことないとウィンクしながら軽く答えるジョエルにサフィアは小さく笑った。

 

 「まあ、あれがサフィアの最後の命令だと思えば聞いてやらない訳にはいかねえからな」


 ジョエルの肩でうんうんと頷きながらクインツが言うのを聞いてサフィアはハッと顔を上げた。


 「最後って…」


 「ん?お前人間になったんだろ?もうサフィアから精霊の気配は全く感じねえし」



 …………。


 …………。


 …………。



 「えぇ――――っ!!」


 「うわっ、うるせえよ!」


 思わずクインツが耳を手で塞ぐが、サフィアにはそれどころではない。


 「えっ? 嘘、あれ本当だったの?」


 目を白黒させて身を乗り出すサフィアだが、その身体を抱き締めるギルバートの腕はサフィアを決して離さない。


 「あれ、先代の上位精霊だろ?」


 その台詞で始まった話によれば、転移させられて来たギルバートがサフィアの元に戻ろうとするのを二人がかりで妨害していたら、突如サフィアの魔力が感じられなくなり、クインツはサフィアが死んだと思ったそうだ。

 それをギルバートに告げたらギルバートは固まって動かなくなり、どんどんと顔が青白くなって最後には手にしていた剣で自分の首を斬ろうとした。今度はそれを二人がかりで止めるはめになり大変だったそうだ。

 そうやって何とかやめさせようと押さえつけていたら次は突然水柱が立ち、中から先代の水の上位精霊とサフィアが現れた。

 なんでもサフィアを引き渡すのに、サフィアの手首に結ばれているリボンの魔力を追ってきたそうだ。


 先代は今回の事の顛末を話すと気を失っているサフィアをギルバートに差し出し、精霊としてのサフィアは死んだ。だからこれからは人間として生きていくと言い、すぐに消えてしまったようだ。


 「俺も訳わかんなかったけど、今のお前を見たらすぐ分かったよ。サフィアに精霊の魔力は全く無い。……まぁ人間としては優秀な魔力持ちだろうけどな」


 たぶんサフィアを人間にする際に力を注ぎすぎて、人間にしては豊富な魔力量になっているようだ。


 「私が…人間…」


 「サフィアが…人間…」


 ギルバートと二人、呆然と呟くと今度は視線をお互いに合わせる。


 「ギルバート…」


 「サフィア…」


 二人の間に甘い空気が漂い出すと、それをぶった切るようにジョエルがパンパンと手を叩く。


 「はいはい。続きは二人だけでやって」


 俺たちもいるの忘れないでよと、呆れた声に二人ははっとして視線を外す。


 「じゃあ俺たちはもう行くよ」


 「ジョエル。クインツ。すまなかった」


 「サフィア。精霊じゃなくなってもお前にならまた会いに行ってやるよ」


 「うん。ありがとう、クインツ。ジョエル」


 お互いに別れを告げ、ジョエルとクインツはすぐに背中を向け歩き出す。それをサフィアとギルバートが見送ると、ギルバートが優しく微笑みながらサフィアを抱き上た。


 「俺たちも行くか」


 「…う、うん、それはいいんだけど、あの…」


 「なんだ?」

 

 「恥ずかしいから、降ろしてほしいんだけど…」


 そう言うサフィアはギルバートにお姫様抱っこをされている。このまま歩き出そうとするギルバートにサフィアは待ったをかけた。


 「駄目だ」


 それを無視してギルバートはサフィアを大事そうに抱えて歩き出す。

 それだけは聞き入れられないという強い意志を感じ、サフィアは諦めてギルバートの胸に顔を埋めて恥ずかしさをやり過ごすことにした。

 耳を赤くしてギルバートの胸に顔をすり寄せるサフィアに心の中で嬉しさに目眩を起こしそうになりながらギルバートはニヤつきそうになる口元を必死に引き締め、街への道を足早に歩き出した。

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