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今回の話を1話に納めたくて詰め込んだらいつもより長くなってしまいました。

お時間のあるときにどうぞ。

 「苦しい」と声が聞こえる闇の中心からは「逢いたい」という想いが感じられた。


 そこには苦しさも寂しさも怨嗟の声も何もなく、ただひたすらに誰かを想う純粋な愛情のみがあった。


 亡くなった人間を思う、精霊の愛。


 これは自分だとサフィアは思った。

 このまま自分の想いを告げても告げなくても、ギルバートの傍に居続ければ行き着く先はこの精霊と同じだと直感した。


 この精霊の様に、いつかギルバートのいない寂しさから呪いを放つ様な存在にはなりたくない。

 それに、この精霊だって望んでそんな存在になったわけでは無いはずだ。

 ただ寂しくて。寂しくて辛くてどうしようもない苦しみを味わった結果だ。

 もうこんな苦しみから解放してあげたい。

 

 この闇の中に精霊はいない。恐らく消滅した精霊の呪いがどこかに残り、それに少しずつ周囲の負の感情が集まり長い時間をかけ巨大化していったのだろう。

 今ならまだ自分だけの力で何とかなる。

 ギルバートは安全な場所に転移させた。これなら上位精霊の力を存分に使うことができる。

 

 サフィアはゆっくりと深呼吸をすると一歩足を踏み出した。


 途端、足元から黒い影が這い上がってくる。

 纒わり付く影を魔力で弾きながら歩みは止めない。


 歩みを進めていくと、だんだん周りの景色が黒一色に塗りつぶされていく。


 「クッ……」


 黒以外何も見えなくなると、重たい何かに押さえつけられるような圧迫感が増した。


 寂シイ。悲シイ。憎イ。苦シイ。辛イ。助ケテ。


 耳ではなく頭に直接響く声。

 圧倒的な負の空気。この声を聞いてしまえば並の人間では正気を保つのは無理だろう。


 それでもサフィアは怯むことなく中心部へと歩き続ける。

 近づくほどに強くなる怨嗟の声。

 上位精霊のサフィアですら耐えきれなくなってきた頃、それは現れた。


 「あれは……」


 ぼんやりと青白く光り、人の輪郭を描いている。

 顔はよく見えない。けれどそれが誰なのか、サフィアにはよく分かっていた。


 「……先代様」


 人間と恋に落ち、最期には他の上位精霊たちによって消滅させられた精霊ーーー先代の水の上位精霊がいた。


 「……だぁれ?」


 淡く光る輪郭だけで、依然として顔は見えない。


 「貴女の次代の水の上位精霊です」


 「私の……?」


 輪郭だけなのに首を傾げたのが分かった。


 「はい。貴女の役目は私が継いだので、もう精霊として存在する必要はないんです。これからは自由ですよ」


 サフィアはなるべく優しく話しかけ、じりじりとその距離を縮めていく。


 「精霊……自由……」


 慎重に距離を縮めサフィアの手が届きそうな所まで近づいたとき、無いはずの精霊の目が自分に向けられたと感じた。


 「 っ!!」


 精霊の輪郭をしていた光から何かが伸びてきてサフィアの両腕を掴んだ。


 「精霊……私は…水の……」


 ぎりぎりと腕を掴む力が強くなりサフィアの顔が歪む。


 「あの人は? あの人はどこ……?」


 顔らしきものがサフィアの顔に近づいてきて、息のかかりそうな距離で問い掛ける。

 

 「そ、れは……」


 「……私の愛しいあの人は…? ああ、そうだった…あの人は…もう…」


 青白い光がだんだんと黒く染まっていく。


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!! 」


 黒く染まったそれは、叫び声と共に大きく膨れ上がった。


 「いない!あの人はもういない!! 私を置いて逝ってしまった!!」


 その嘆きがサフィアを包む。

 サフィアはあらゆる毛穴から嘆きが入り込んでくるような感覚に襲われ思わず叫び声を上げるが、開けた口からも何かが入り込んでくる苦しさにサフィアは固く目を閉じた。

 その瞬間、サフィアの脳裏にいくつもの情景が浮かんだ。


 とても綺麗な水色の髪の女性と、その髪に優しく口付けを送る栗色の髪の男性。

 二人が手を繋いで歩く姿。丘の上で静かに寄り添う姿。暖炉の前で二人で毛布に包まる姿。

 どの場面でも二人は優しい微笑みを浮かべていた。

 だが男性はだんだんと年老いていく。それを寂しく見つめる女性。

 やがて男性は自分で歩くことができなくなる。寄り添う女性の姿は変わらず美しい。

 男性がベッドで女性に何かを囁く。それを最期に男性は二度と目を覚まさなかった。

 女性は一人残され、プレゼントされた髪飾りを毎日握り締め男性を想った。

 女性の心を占めるのは男性への愛しさと寂しさ。

 だがその心にある日ふとした感情がよぎる。

 

 何故、私だけ。


 あの人と同じ人間であれば、後を追うことも出来たのに。

 あの人と同じ人間であれば、これほど長い時を孤独に過ごさなくていいのに。

 

 その思いはやがて憎しみへと変わっていく。

 女性は黒く塗り潰された心に支配されていった。


 憎イ……!!


 そして憎しみが呪いへと変化し世界に混乱を招く事態となっていく。


 その記憶を走馬灯の様に見せられたサフィアの心も黒く染め上げられそうになるが、一瞬だけ水の気配を感じ我に返る。


 「はっ……」


 荒く呼吸を繰り返し先ほど感じた水の気配を探して目を凝らす。


 小さく。本当によく目を凝らさなければ分からないほど小さく光る何かを見つけた。


 必死に手を伸ばしそれを掴むと、それは薄いベールを纏っているように呪いで覆われていた。

 サフィアは力任せに引き剥がすと、それは力強く輝き始めた。それと同時に怨嗟の声ではない、別の声がサフィアの中に流れ込んできた。



 『君は本当に綺麗だ』


 『僕なんかが君に触れていいんだろうか』


 『ここからの景色を君と見たかった』


 『こうして君と二人で毛布に入るのも悪くないね』



 それは二人が幸せだった時間。

 何よりも大切だった日々。

 だがやがて迎えた最期。


 『…君を残して逝くことだけが心残りだ。だけど覚えておいてほしい。僕は…僕の心は君と共にある。僕の身体がなくなっても、僕の心はずっと君と一緒だ。……愛してるーーーアリア』


 

 大きな風のうねりを感じてサフィアは目を開く。

 そこは相変わらず真っ暗な闇。

 手の中にあったのは……髪飾りだった。


 きっとこれが呪いの元なのだろう。

 精霊が大切に持ち続け、呪いを放ったときにも手放さなかった髪飾り。

 長い時間で精霊の力がほんの少し移ったのだろうか。そこへ呪いに晒されたことでさらなる力を蓄えることになったのか。

 髪飾りに移った呪いが長い時間をかけ周囲の負の感情を集め、またあの惨劇を繰り返そうとしている。


 ーーーそれだけは絶対にさせない。


 そのために一人、この場所に残ったのだ。

 サフィアは決意を新たに顔を上げた。


 「先代の後始末は、今代の私がつける」


 サフィアは目を閉じ集中し、周りの闇を包み込むように自分へと集める。


 「くぅっ、」


 呪いそのものである闇が大人しく集まるはずもなく、大きな反発にあいながら、それでもサフィアは無理やり掻き集めるように闇を包む。


 ゆっくり。でも確実に。取りこぼしのないように。


 サフィアは額に汗を滲ませながら、徐々に闇を自分に集めた。


 「ぐ、…ふぅ、」


 全ての呪いを自身に集め終わったサフィアは苦しさに膝をつく。


 (…苦しい…ダメ、集中…うぅ…)


 サフィアは歯を食いしばりながら浅い呼吸と共に魔力を放出していく。

 

 (もう少し……)


 徐々に浄化されていく呪い。

 だがいくら力を込めても浄化されない呪いが手に残った。

 髪飾りにこびりつくように纒わり付く闇。

 元凶であるこの呪いだけがどうしても消せない。


 (私の力だけじゃ無理なの…?)


 でも他の上位精霊に助けてもらう選択肢はサフィアにはなかった。


 (私が…私が助けてあげたい…!)


 上位精霊が人間と契約を交わすことは無い。

 上位精霊の力は世界のために使うものであり、誰か一人のために使うものではないとされているからだ。

 

 それなのに結ばれた契約。

 精霊がどれだけその人間を愛していたかサフィアには痛いほど理解できた。

 だから同じ水の上位精霊として。人間を愛した精霊として。この終わりはサフィア自身でつけたかった。


 (もっと!もっと気合い入れなさい!サフィア!)


 自分に活を入れ、サフィアは限界まで力を解放する。

 限界以上に解放したため、目の奥がチカチカとして意識が朦朧とし出してもサフィアはやめなかった。


 「うぅ…ああぁぁぁぁぁっ!」


 最後とばかりに自身に水柱を立たせ持てる全ての力を解放すると、ミシリと胸の奥で何かに亀裂が入った音がした。だがそれで手の中の髪飾りの呪いは完全に祓われた。


 水柱の中でサフィアの視界を埋め尽くす水。

 いつもなら安心するその景色もサフィアの目には入らなかった。


 見えるのはただ一人、先代の上位精霊の姿。


 『懐かしい…水の魔力…』


 「…先代様」


 サフィアは無意識に髪飾りを先代の精霊アリアへと差し出した。


 『これは…! …ああ、やっと逢えた!』


 アリアは大事そうに胸に髪飾りを抱くとその姿がキラキラと輝き始めた。


 『あの人がいない世界が悲しくて、寂しくて…どうしようもない辛さに心が負けてしまいました。そのせいで他の精霊たちや貴女にも迷惑をかけてしまって…本当にごめんなさい』


 「……いいえ。愛する人を亡くすことがどれだけ辛いか。私には想像するだけで恐ろしいです」


 『……ありがとう。貴女も、人間を愛したのね』


 「……はい」


 お互いに涙を浮かべて微笑み合う二人。


 『これで私もやっとあの人の所へいける。本当にありがとう。でも、そのせいで貴女は……』


 アリアが痛ましそうにサフィアを見る。視線の先のサフィアは魔力を使い果たし、その身体が透けていた。

 

 「覚悟はできていました」

 

 力を限界まで解放したとき精霊の核に亀裂が入り、サフィアは精霊の姿を維持できなくなっていた。


 「精霊として居続けても、ギルバートと結ばれることはありませんから。もし結ばれることがあっても、私も貴女と同じ道を辿る事になると思うから…だから、いいんです」


 『…そう。でも貴女はそれで良くても、相手はそう思ってないんじゃないかしら?』


 「え?」


 『その魔力…あなたのものではないでしょう?』


 そう言われてサフィアは自分の手首を見る。

 そこには猫の姿のときに首につけていたリボン。

 ギルバートがサフィアを心配して守りの魔法をかけてくれていたそれは、今では淡く光り、サフィアとは違う魔力を発していた。


 『ずいぶんと禍々しい魔力ですけど…守りの魔法という事は、貴女を心配してかけてくれたものでしょう?』


 「は…はい」


 禍々しい魔力と言われ、そっと視線を外すサフィア。


 『でも核を失った貴女は精霊としては生きていけません。……だから今度は人間として、愛する人の傍にずっといてあげなさい』


 「…………え?」


 ポカンと口を開けてサフィアはアリアを見た。

 アリアは悪戯っぽく ふふふと笑うと、サフィアの頭に手を置いた。


 『私の最後の力を使って貴女を戻してあげます』


 アリアは「さすがに精霊までには戻してあげられないけどその方がいいわよね」と軽く笑い優しい光がサフィアを包んだ。


 「え?っあ、あの、」


 『私の分まで幸せになってね』


 その言葉を最後に、サフィアは光の渦に飲み込まれた。

 アリアの『今いくわ。ルイス』と言う台詞が聞こえてサフィアの意識はぷつりと切れた。


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