41(ギルバート視点)
ようやくサフィアへの想いに名前がつき、出口のない胸の奥で燻る想いがサフィアへ向けて開けた気がしたというのに。
…俺はサフィアから、猫の姿のサフィアを求めているのだと思われていたとは。
あにまるせらぴーを求められているのだと思ったと言うサフィア。『あにまるせらぴー』がどういうものか分からなかったが、とにかく猫のサフィアに癒しを求めたと思っていたようだ。
確かに猫のサフィアを撫でるのは好きだし実際癒された。だがそれ以上にサフィアに頭を撫でられ、同じ人の姿で眠りについた夜のことが忘れられない。あの瞬間はサフィアを撫でる以上の幸せを感じたのだ。
そしてサフィアを愛してるというこの気持ちを自覚した。
だから真実求めているのは人の姿のサフィアということなのだが……一体どの様に説明したらいいのだ。
もう素直に好きだと言えばいいのだろうか。
だがサフィアは独りの俺に同情して一緒にいてくれているんだ。俺に想いを告げられても迷惑なだけだろう。
そもそも人間と精霊では恋愛関係が築けるとは思えない。ならば今まで通り同情を誘い一緒にいてもらった方がいいのか。だがそれではまた同じことの繰り返しだ。また『あにまるせらぴー』とやらが必要だとサフィアは思うだろう
俺の頭は高速回転し、どうすればサフィアが離れずにいてくれるか。そればかり考えた。
だがいくら考えても答えは出ず、結局俺は当初の予定通り一緒に世界を見て回ろうとしか言えなかった。
そしていつもの日常に戻ったある日、次に行く場所を珍しくサフィアが指定してきた。
「森?」
「うん。ここから東にあるロザムド村の近くにある森なんだけど、そこで嫌な気配が日々増してきてるって下位精霊たちが報告してくれたの」
猫の姿のサフィアの周りには小さい光の玉がいくつも浮いている。報告をしてきたという下位精霊だろう。
「その嫌な気配の中に水の気配もするって言うんだよね。だから行って確認したいんだけど…」
「分かった。その森へ向かおう」
すぐさま了承し、準備を整え俺たちは森へ向けて出発した。
やめて欲しいと言われてもサフィアを懐に入れての移動だけは譲れなかった。
……本当に嫌な気配だ。
俺たちは森の入り口に到着した。
森に到着する前から何やら不穏な気配が漂ってきているのは感じていたが、この場所に立つと足元から禍々しい気配が這い上がってくるようだ。
そしてその気配は森の奥へと続いている。
「ここに来るまでにずいぶんと膨れ上がってるわ」
サフィアが眉間にシワを寄せながら森の奥を見つめている。
「ギルバート、私ちょっと中の方まで行ってみる」
サフィアが肩から飛び降り森へ向かって歩き始める後ろを俺も続いて歩く。
「ギルバート?私一人で見てくるよ?」
「サフィアを一人で行かせるわけないだろう。何があるか分からん。俺も一緒に行く」
本当は行かせることすら嫌なのだが、これが上位精霊の務めだと言われたら否定はできない。
もう一度サフィアを俺の肩に乗せ、俺たちは森に足を踏み入れた。
森の中は禍々しい気に満ちていた。
生き物の気配は無い。まるで魔物の腹の中にでもいるかのような感覚。
「これは凄いな」
「ほんと。息苦しいくらいの気配だね」
歩くにつれ色濃くなる気配。
「これ以上は人には辛いと思うから、防御膜張っとくね」
水の膜に包まれたと思ったら一瞬のうちに膜が消えた。だが先ほどまでの息苦しさがなくなりサフィアの清廉な気配に包まれている感覚に息をつく。以前ジョエルの契約精霊に張ってもらったものより強い魔力を感じる。
「すまない。楽になった」
「どういたしまして」
そうしてさらに歩き続け、俺たちはこの気配の発信源と思われる場所へたどり着いた。
その場所は目に見えて空気が淀み、もはや森の姿はなく、暗闇だけがあった。
「これは……」
何かを言いかけたサフィアは、それきりその闇を見つめたまま黙り込んでしまった。
どれくらいそうしていただろうか。
サフィアが肩から飛び降り、その身体が光に包まれ人の姿のサフィアが現れた。
「サフィア……」
「ごめん、ギルバート」
何かの決意を秘めた顔で振り返るサフィアに俺の中で警鐘が鳴り響く。
駄目だ。
「私……」
言うな。
「ここで……」
頼む。
「ギルバートとお別れする」
俺の中の何かが壊れた音がした。




