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 意識がだんだんと浮上してくる。

 

 サフィアは朝の日差しを感じ、目蓋をぴくぴくと動かした。今は何時頃だろう。ぼんやりと覚醒しだした直後、胸元でごそごそと何かが動く気配がした。


 胸元にある何かは確かめるようにサフィアの身体をまさぐり、最後にその胸を揉みしだく。


 「ん…」


 あれ?今彼氏と一緒だったっけ?違う、あの彼氏とは別れたし。いや、そもそもそれ前世の話。

 じゃあ今自分の胸を豪快に揉んでいるのは……


 「っ!?う、おっ!」


 誰かの驚いた声が聞こえたと思ったら、胸元にいた何かが離れ、盛大に何かがベッドから落ちる音がした。


 そこでやっと意識がハッキリしてきたサフィアはゆっくりと目を開ける。

 そこにはベッドから落ちたギルバートが床に尻餅をついた姿勢のまま真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。


 「ん~、ギルバートまだ熱引かない?」


 まだ眠気の残る、気だるげな様子でサフィアはベッドの上に手をついて はいはいしながら落ちたギルバートに近寄る。


 「ま、まて、サフィアっ!」


 酷く焦ったギルバートの声にサフィアは首を傾げる。


 「 ? まだ辛い?」


 「た、確かに辛いには辛いが…」


 「じゃあ早くベッドで寝よ」


 「ベッドで寝る……!」


 「 ? 」


 「あ、いや、もう大丈夫だ。熱は引いた」


 「ほんと?でもまだ顔赤いよ?」


 そう言って熱を計ろうと手を伸ばすサフィアだが、ギルバートは咄嗟に顔を背けその手を回避した。


 そこでぼやけていた頭がはっきりと覚醒した。


 (あ……)


 そういえば昨日言っていたではないか。サフィアには猫でいて欲しいと。


 「あー…うん。じゃあ、私猫に戻るけど、いい?」


 「…猫? あ、ああ、構わない」


 ギルバートの許可を取りサフィアは見慣れた猫の姿になり、机の上の鍋に顔を向け、


 「それ。昨日作ったスープなの。良かったら食べて」


 「すまない。ありがとう」


 「私、気分転換にその辺見てくるね」


 「……も、戻って来るのか?」


 「ギルバートのとこに戻らないでどこに戻るの?」


 それとも戻って来ない方がいいのだろうか。不安に思いながら首を傾げると、ギルバートはホッとしたように息を吐き「気をつけてな」と送り出してくれた。

 サフィアは背中に突き刺さる様な視線を感じながら窓から外へ出た。




 あてもなくブラブラと歩く。

 サフィアはぼんやりと周りの景色を眺めながら人の気配のしない方へと足を進めて行く。

 やがて辿り着いた先は……


 「綺麗……」


 ギルバートと一緒に見ようと約束していた花畑だった。


 辺り一面に咲き誇る花は風に揺られそよそよと動いている。


 「……一緒に見たかったな」


 溜め息と共に涙が一粒零れた。

 あっ、と思うまもなく涙は次から次へと溢れてきた。

 サフィアは涙を拭うことはせず流れるままにした。

 きっと泣くことが一番の薬だ。


 「あー……やっぱり辛いなぁ……」


 好きな相手に求められているのは猫の自分。

 例え猫としてでも求められているのなら、それで傍にいられるなら、もうそれだけでいいではないか。

 そう思う自分も確かにいる。

 でも。それでも人としてのサフィアも求めてほしかった。求めるとは言わなくても許容してほしかった。

 だが猫に戻ってほしいという昨日の寝言が本心なら、きっとそれは難しい事なんだろう。


 「っていうか猫とか人とかの問題じゃないし!」


 そもそも自分は精霊だ。

 精霊と人との恋なんて、いいことなんてない。

 まず寿命が違う。精霊は何百年と生きるのだ。もしギルバートと想いが通じても確実に置いていかれる。

 そして子どもができない。身体の構造が違うのだから当たり前だ。

 そして何より上位精霊としての立場がサフィアを咎める。


 上位精霊は世界の調整役だ。

 魔力のバランスを崩す場所があれば行って正常に戻したり、あまりにも強い魔物が現れれば排除して他の種との均衡を保ったり、同じ属性の精霊たちが好き勝手しないよう見張ったり諌めたりする役目もある。

 これらの役目は何があっても最優先にしなければならない。


 でも唯一と呼べる存在ができてしまったら。


 もし役目と大切な存在が天秤にかけられたら、自分は迷わず役目を取ることができるだろうか。

 そう考えている時点で手遅れのような気もするが、でも今ならまだ踏みとどまれる。


 (これ以上好きになっちゃいけない)


 今はまだ孤独なギルバート。

 でももしこれから先、ギルバートが可愛いお嫁さんをもらったら。そして子どもが産まれたら。


 …やっぱり耐えられそうにないかも。暗く沈む気持ちを抑えられない。でも、もし本当にそんな日がきたら……


 「…ギルバートとは離れた方がいいかなぁ…」


 サフィアの呟きは風に乗って消えていくーーーはずだった。


 「ならば我と来るか」


 目の前に炎が出現し、そこから人の姿のロードラントが現れた。


 「ロードラント…」


 「サフィア。あの人間と共にいてその様に泣くのなら、我はこのままそなたを攫って行くぞ」


 そう言ってロードラントはサフィアの前に跪き、その顔を濡らす涙を優しく拭った。


 「我と来い。所詮 精霊と人間は相容れぬものだ。我ならそなたをその様に泣かせはせぬ」


 そうしてサフィアの首を飾る黒色のリボンをそっと引き抜くと、今度は赤いリボンを結んでやった。


 「そなたの色には我の色が似合うな」


 確かに濃紺の毛色にワインレッドのリボンはさぞ映えるだろう。

 だがサフィアが望んでいるのはこの色ではない。


 「ロードラント、リボンを返して」


 猫の姿では取り返せそうにないからと、人の姿になり手を伸ばすサフィア。

 だがロードラントはその腕を取り、引き寄せてサフィアを抱き締める。


 「ちょっと……」


 「我と来い。サフィア」


 耳元で低く掠れた声がする。

 

 「やだ……、」


 「頼む。サフィア……」




 「……サフィア?」



 ふいに慣れ親しんだ声が聞こえた。

 ロードラントの腕の中で身をよじり、顔を後ろに向けるとそこに、表情の無いギルバートがいた。

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