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可愛い生き物こと、ただの猫に擬態中のサフィアは未だ顔を赤くしブツブツ言っている男の足元に近寄ると、改めてその頭を擦り付けた。
「!!」
男は反射的に後退りそうになるのを気合いで押し止め、そろそろと足元のサフィアを見る。
一向に止める気配の無い様子に、じっと息を詰めて見守っていた男はゆっくりと息を吐き、ぽつりと呟いた。
「…お前は怖くないのか」
この台詞に男の今までの動物との触れ合い遍歴が窺える。
何かもう、無性にしょっぱい気持ちになった。
きっとこの人この顔面と雰囲気で散々動物たちに逃げられた過去があるんだろうな。この男自身はとても動物が好きそうなのに。
そう思ったサフィアの頭の中にまるで天啓のようにあることが閃いた。
(私、この人の傍にいてあげよう!)
そもそも暇で観光がてら森を出てきただけのサフィアに今後の予定など無い。
当初の目的の人間を見ることも達成してしまったし、特にすることも無いのだ。
ならば今しばらくこの可哀想な男の傍にいてやり、男が今まで出来なかったであろう動物(私)との触れ合いをさせてあげようではないか。
そう決意し顔を上げようとすると、もう一度男の手がサフィアの頭を優しく撫でた。しばらく無言で撫でていた男はやがて振り切るように手を引いた。
「こんなに動物と触れ合えたのは初めてだ。撫でさせてくれてありがとう」
猫相手に律儀にお礼を言うと、男はくるりと後ろを向いて歩き出してしまった。
「ニャ、ニャウ!」
サフィアは潔く歩き出して行った男の後ろを慌てて追い掛ける。
(足、速っ…)
こちらには一切気付かず大股で歩く男について行くと、おそらく宿屋と思われる建物に入って行った。
「オヤジ、とりあえず五日宿泊予定だ」
そう言ってカウンターにお金を置いている間にサフィアは男に追いつき、その足元にお行儀よくちょこんと座った。
「五日だと金はーーーと、おい、ペット連れなら料金は割増だぜ」
「 ? 何を言っている。ペットなど連れていないだろう」
「ならその足元にいる猫はなんだ?」
「…猫?」
男は言われたまま下を向くと、先程の猫が自分の足元に大人しく座っていることに驚き目を見張った。
「お前、さっきの…」
「で?どうすんだ。割増料金払うのか。それともその猫は外に捨ててくんのか」
「捨てっ…」
初めて自分に懐いてくれた動物を捨ててくるなど男には考えられず、もう一度猫を見た後、男は何も言わず割増料金を払った。