37(ギルバート視点)
サフィアの傍にいられたら、それだけでいい。
そう思っていたはずなのに。
サフィアの姿を見ると心臓が激しく鼓動を始めるし、姿が見えないと胸に穴が空いたような焦燥感にかられる。
火の上位精霊がやってきてサフィアに贈り物をしていると贈り物を燃やしたくなるし、サフィアを口説いている言葉を聞くと腸が煮えくり返る。
自分でもコントロールできない気持ちに振り回され、こんな状態は初めてのことで戸惑いしかない。
いったい俺はどうしてしまったんだ。
そうやって俺は生まれて初めて、これほど悩み考えた日々はないというほど頭を使った。
出口のない迷宮を彷徨っているかのような感覚。
それが原因だろう。ある日俺は熱を出した。
サフィアが見てみたいと言った花畑を見るために寄った村でのことだ。
ずいぶんとサフィアは慌てていたようだが、熱など寝ていれば治る。
今までも体調が優れないときは一人で寝ていれば治ったし、今回もそのつもりだった。
誰かの気配がする。
朦朧とした意識の中、近くに誰かの気配を感じたが、それはサフィアしかいないと思い身体の力を抜く。
次いで脇に何か挟まっているのを感じたが、とても冷たくて気持ちがいい。ひんやりとした手が額の汗を拭いてくれるのが分かった。
サフィアが隣にいる安心感に、また俺は眠りについた。
口元に水が垂れてくる。
雨漏りでもしているのだろうか。
不快感に眉を寄せていると、突然鼻を摘まれ苦しくて口を開けたら何かが口に入ってきた。水かと思ったが不味くて吐き出した。毒か?その後も口に入れられそうになるが絶対に飲まなかった。
だが何故?雨漏りにしても毒を飲まされるにしても、一体何があったんだ?
よく働かない頭でようやくその事に気付いた。
ふに。
やっと不自然さに気付いた俺だが、今度は唇に何か押し付けられるのを感じた。
それはとても柔らかく、ずっとこのままでいたくなるような感触だった。
だがそれはただ押し付けてくるだけではなく、優しく下唇を食み口を開けさせるとぬるりとした感触と共に水が流し込まれた。
乾いていた身体に染みるその水も、口内を行き来する感触も、もっと欲しくてその後何度も繰り返されるその行為を俺は大人しく受け入れた。
クチュ。
ただでさえ朦朧としていた意識がさらに曖昧になり、夢見心地で水を飲んでいたが、やがてその行為も終わってしまった。
まだ。いやもっと。もっとあの感触を味わっていたかった。
残念に思いながらまた微睡み出した俺だが、視線を感じてだんだんと意識が覚醒してくる。
目を開けると、そこには心配そうな顔をしたサフィアがいた。
サフィアに喉が渇いていないかと聞かれコップを渡され水を飲み干すが、先ほど飲んだ水の方がもっと甘くて美味かった。
……さっき?
俺は疑問をそのまま口に出そうとした。
「……さっき、俺に……」
何と言えばいいんだ。
さっき俺に水を飲ませたかどうかでいいのか?だがその飲ませ方は一体……。
あの唇の感触。うっとりするほど気持ち良かったあの行為はもしかして……。
言いかけて止まってしまった俺にサフィアが近づく気配がして顔を上げた。
俺の鼻先の近さにサフィアがいた。
一瞬その美しさに魂が抜かれたように惚けてしまったが次いでその唇に視線がいき、もしかしたらという思いが駆け巡り俺はーーー意識を手放した。
これは夢だと分かっている。でなければこうやって人の姿のサフィアを組み敷き、熟れた果実のような唇を貪っているわけがない。
夢とはいえこの様に無体な真似をしてはいけない。
夢なのだからこのまま存分に味わえばいい。
熱に浮かされた頭で理性と本能が対峙する。
だがどう頑張っても本能が圧倒的に有利なのは俺の意志が弱いせいだろう。
ああ、このままサフィアの※※※(自主規制)を※※※(自主規制)して※※※(自主規制)したい。
駄目だ!そんな事できるわけないだろう!
どんどん劣勢に追いやられる理性。もはや勝てる気がしない。
下半身に集まる熱がどうしようもないほど昂っていた。
これ以上は本当に駄目だ。
頼むサフィア。せめて猫に。猫の姿になってくれ。俺はこれ以上自分の本能を抑えるのは無理だ。この夢を現実にしないためにも猫でいてくれ!
夢の中でそう叫んだところで意識が浮上した。
それと同時にドアの閉まる音がする。
……サフィア?
まさかという思いにかられる。
まさか俺は夢の中で叫んでいたことを口に出していたのだろうか。
サフィアが部屋を出て行った。
いつもは俺の傍を離れずにいてくれるのに。ましてや病人の俺を置いて一人にするとはサフィアの性格から考えづらい。
でも俺の心の声を聞いてしまったら。
このどす黒い欲望を知ってしまったら。
俺はふらつく足取りのままベッドを出て窓から外を見る。
いるか分からないサフィアの姿が見えるかと目が外せない。
どれくらいそうしていただろうか。
背中でドアの開く音が聞こえ、のろのろと振り返る。
そこには鍋を持ったサフィアがいた。
一瞬俺の願望が見せる幻かと思ったが、この清廉な魔力は確かにサフィアのものだ。
サフィアは驚いたようにこちらを見てから鍋を置き、俺をベッドへと導く。
俺のことが嫌になったのではと聞いてみたが、どうして嫌になるんだと逆に聞き返された。
じわじわと、俺の胸を歓喜が支配する。
たまらず俺は目の前のサフィアの腹に抱き着いた。
……柔らかい。
さらにその感触を確かめたくて腕に力を込める。
柔らかな身体。拒絶しないサフィア。
このまま寝ることが出来たらもうあんな不埒な夢など見ない気がする。
それがとてもいい考えに思えて俺はそのまま横になり意識を手放した。
頭を撫でられているような気がするそれは、幼い頃に母に撫でられた記憶を思い起こさせ、泣きたくなるほどの幸せに浸れた。




