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「ここがプロームの街かー」
森を出て人の街に行くことを決めたサフィアは、森から一番近いプロームの街へとやって来た。
女の一人歩きは何かと問題が起きやすいと考え、もちろん猫の姿でだ。
「前世ぶりの人間…!」
転生してからずっと森の中で過ごしていたから、この世界の人がどういった容姿をしているのか知識としては知っていたけど実際にサフィアが自分の目で見るのは初めてだ。
みんな彫りの深い、あちらの世界でいう西洋人のような容姿をしている。
サフィアはキョロキョロと周りを見渡しながら街の中を歩いて行く。活気に溢れた賑やかな街だ。
街の入口から中心部へ向かう程、野菜や果物を売る屋台から武器屋や魔法具を扱う店などに移っていく。
魔法具など、まさにファンタジーだと目を輝かせて店の中をさり気なく覗いていたその時ーーー
「…猫 ? 」
「 !! 」
いつの間にか真後ろに誰かが立っていた。
この姿なら危険は無いだろうと油断していたとはいえ、ここまで近づかれて気付かないとは不覚。
バッと振り向きその人物を見た瞬間、サフィアは雷に打たれたような衝撃を受けその場で固まった。
(……こ、怖っ)
そこにはとんでもない強面の男がいた。
しかも身長も高く体格も良い。
そんな男が眉間に皺を寄せ、怒ったような顔でこちらを睨んでいる。
(な、何この人めちゃくちゃ怖い!)
「……に、逃げない…か?」
あなたが怖くて動けないだけです。
蛇に睨まれた蛙のように、サフィアはその場を動けない。
その様子を見た男は恐る恐る、サフィアに向かって手を伸ばす。
緊張と警戒で尻尾の毛を逆立て、サフィアはこちらに伸ばされる手を目で追う。
そして触れるか触れないか、微妙な力加減でそっとサフィアの頭に手を置いた。
「…………」
「…………」
私今、頭頂部にありえない程の汗をかいている気がする。
男は何も言わず、サフィアが触れても逃げないことを確かめ、ほんの少し触れる手に力を入れる。そしてそれでも逃げないことに安心し、ゆっくり頭を撫で始める。何となくだが、男の雰囲気が柔らかくなったようだ。
男の雰囲気が柔らかくなり、最初の衝撃が抜けたサフィアは改めて自分を撫でる男を見つめる。
短髪の黒髪に黒い瞳。羽織った黒いマントから長剣が出ているのが見える。おそらく冒険者だろうと当たりをつける。
「とても柔らかいのだな」
「…なぁう」
この男は顔も怖いが、何より雰囲気が怖い。
多分魔力が高いのだろう。ただ魔力が高いだけでここまで恐怖を感じたりはしないのだが、何故かこの男の空気と合わさるとピリピリした本能的な怖さを感じる。
精霊でも中位以上でないとこの雰囲気に慣れず、男を見た瞬間逃げ出すことだろう。
だからこの男は今まで動物と触れ合ったことがないのではないだろうか。前世と同じく犬や猫が当たり前にいるこの世界で。
触りたいのに触れない。それはちょっと可哀想だ。でも普通の犬や猫では逃げ出すのも当然。
だったら自分がこの身を差し出し、思う存分愛でられてやろう。
そう考えたらサフィアは自分の頭を撫でる男の手の平にスリっと頭を擦りつけた。
「……!!」
今度は男が雷に打たれたように硬直した。
多分動物に懐かれたことがない男にはこれだけで衝撃だったんだろうなと、さらにこの男が可哀想に思えてサフィアは擦り付ける頭に力を入れた。
しばし呆然とサフィアを見つめる男だったが、次の瞬間、顔を真っ赤にさせ慌てて撫でていた手を引いた。
自分から撫でにいく分には構わないが、相手からガツガツこられるのは嫌だっただろうか。
首を傾げ男を見上げると、男は片手で顔を覆い、何やらもごもごと呟いていた。
「か、可愛い……。何だこの生き物は」
ただの猫ですけど何か。