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「はじめまして。俺はジョエル。こっちは契約精霊のクインツ。これからしばらくの間よろしくね」
そう言ってチャラ男ことジョエルはギルバートの肩に乗っているサフィアの頭を撫でようと手を伸ばした。が、ギルバートはすぐに身を引き触れさせなかった。
「触るな。孕む」
「……さすがに猫相手じゃ俺でも無理だよ」
物凄い溺愛ぶりだな。と苦笑しながらジョエルは大人しく引き下がった。
「じゃあ出発しよう」
そうして二人はそれぞれに連れてきた馬に跨り街を出た。
「この辺で一回休憩にしようか」
目的地に向け順調に馬を進め太陽が真上にかかる頃、ジョエルの声掛けにより二人は馬を休ませることにした。
近くの川で馬たちは水を飲み、ギルバートとジョエルは携帯食を取り出し食べ始めた。
サフィアとクインツは馬と並んで水を飲み、二人に背中を向けヒソヒソと話し出す。
「でもほんと、よくあんな禍々しい気を放ってる奴と一緒にいれるよな。俺にはやっぱ無理」
移動中、サフィアはクインツにどうしてギルバートと一緒にいるか、念話で簡単に話しておいたのだ。
「私も最初は恐がってばっかりだったんだけどね。見た目が恐いだけで実は結構優しいんだよ?」
「それはお前にだけだろ…」
呆れた目をしながらため息を吐かれた。
「いや、みんな恐がって近づかないから分かんないだけなんだって。懐に入った人は大事にする人だよ」
「懐ねぇ……」
そう言うと何かを思い出し、クインツはニヤリと笑った。
「確かに。文字通り懐に入ってたな」
「!!……いや、あれは…ギルバートがっ、」
クインツは移動中もジョエルの肩に乗っていたが、サフィアはギルバートの懐に入れられ、マントから顔だけ出して移動していたのだ。ジョエルに死ぬほど笑われた。
「とにかく、ギルバートは優しいの!」
「分かった。分かった」
そう言うとクインツはグイッとサフィアに身体をすり寄せた。
「あ~、やっぱサフィアの魔力気持ち良い~」
「ちょっと、クインツ!」
「上位精霊の魔力って何でこんなに気持ち良いんだろうな」
ゼロ距離のその間合いに、先ほどから感じていた背中に刺さるような気配が冷気を帯び、さらに威力を増した。
「なあ、精霊だってバラして力解放しろよ。せっかくサフィアが近くにいるのにこれくらい近寄らなきゃ魔力が感じられねぇよ」
「クインツ、そろそろマズい……」
ギルバート!とジョエルが呼ぶ声が聞こえたと思ったら、サフィアの身体は宙に浮いた。
「余程死にたいらしいな」
「げっ」
両手で大事そうにサフィアを抱き上げクインツを見下ろすギルバート。クインツの位置からでは逆光でその表情まで見えないが、それが逆に恐い。
ただその身体から湯気が出そうなほどの怒りが立ち上っているのは分かった。
「まあまあ。クインツだって悪気は無いんだし、許してやってよ」
後ろからゆっくり近づいてきたジョエルはギルバートの様子をものともせず軽い口調で話し掛ける。
「いいや。許さん」
「君ほんとに変わったねぇ。ほんとにあの『黒狼』?」
「ジョエル!そいつを俺に近づけるな!」
「お前もこうなるって分かってて何でサフィアちゃんに近づくかね」
「だってそいつの側は気持ち良いんだよ!」
「……へぇ」「……ほぉ」
ジョエルは単純に驚きの声を。
ギルバートは底冷えする声で。
「お前この前もサフィアちゃんを押し倒してたし相当気に入ったんだね。精霊も恋愛したりするのかい?それも精霊ではない相手に」
興味深いね。と自分の精霊をまじまじと見つめるジョエル。
「……サフィアは絶対に貴様にはやらん」
今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな頑固親父の様にクインツを睨みつけるギルバート。
二人の視線を浴びクインツは慌てて己の契約主の肩に乗り、もう休憩は終わりだ!と叫んだ。
明日から数回ギルバート視点です。




