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精霊はみんな自分の名前を持って生まれてくる。
中位精霊が人間と契約するとき、名前を教えて契約が成立するぐらい、精霊にとって名前とは大事なものだ。
それは上位精霊であるサフィアも同じである。
ただ各精霊の頂点にいる上位精霊が誰かと契約した記録は無い。
立場上誰か一人に肩入れするのはやはり難しいからだ。
だから今回ギルバートには「サフィア」と教えた。
「サフィア」は名前の一部だ。
契約には全ての名前が必要なので、一部を教えるだけなら問題無い。
別の名前をつけてもらっても良かったのだが、生まれ持った名前以外では呼ばれたく無かった。
「ではサフィア。改めてよろしくな。」
「ミャーウ!」
もう一度ギルバートの顔に頬擦りしサフィアも挨拶を返した。
その後はそろそろ飯の時間だからと、一旦外に出た。
サフィアは当然ギルバートの隣を歩くものと思っていたが、ギルバートはそれを許さなかった。
最初は大事そうに両手で抱えてくれたのだが、さすがにそれは見た目が恐ろしいことになるし、万が一の時に手が塞がっているのは良くないと思い辞退した。
ギルバートはちょっと寂しそうな顔をしていたが代わりに肩に乗ってニャンと可愛く鳴いてみたらすこぶる機嫌が良くなったのでそれで行くことにした。チョロすぎる。
向かった先はギルバートがよく行くという食事処。
店に入った瞬間、ザワついていた店内がシン…と静まり返った。
痛いほど視線を感じるが、ギルバートは気にした様子もなく奥の席へ向かう。
ギルバートが席につくとざわめきが戻るが、みんなこちらをチラチラ見ながら「…Sランク冒険者」「あれが…」とヒソヒソ話す声が聞こえる。
あまり良い雰囲気とは言えないその空気に、思わず尻尾がダランと下がる。
「……あ、あのっ、ご注文はっ?」
顔を上げると、そこにはまだ小学生ぐらいの男の子がいた。
多分この店の子どもだろう。ガキ大将みたいな見た目をしているが、今は見る影もなく身体を小さくして怯えた様子で立っている。
「日替わりの煮込みとエール」
注文を聞いた男の子はすぐ立ち去ろうとしたが「待て」とギルバートに声を掛けられ、ひぃっ、と泣きそうな顔をしながら振り向いた。
「あとミルクを一つ」
「………へ?」
今一人二人斬ってきました。みたいな見た目の男から「ミルク」という単語が出たことが信じられず、男の子はポカンと口を開け、間抜けな顔を晒した。
「だから、ミルクを一つ」
「……っ、あ、えー、ミルク…ですか?」
「ああ。こいつの分だから平皿に入れてくれ」
そう言うとギルバートは肩に乗っていたサフィアをそっと膝の上に下ろす。
そこでハッと何かに気付いたギルバートは慌ててサフィアに尋ねた。
「お前はミルクで大丈夫だったか?」
「ミャア!」
サフィアに食事は必要無いのだが食べることは出来る。
人間と契約した精霊は人間から食べ物を貰い嗜好品として好きになることも多い。栄養になる訳では無いので何を食べても問題無しだ。
これからサフィアは猫としてギルバートと一緒に行くので不自然にならないように何か食べなければならない。
なのでここはギルバートに甘えてミルクを注文してもらうことにした。
そして前世ぶりのミルク。
(おいしー……っひぃぃぃ!)
ペロペロとミルクを堪能中、不穏な気配を感じ顔を上げると、そこには親の敵を見るような顔でこちらを睨みつけるギルバート。
何か粗相をしてしまっただろうかと、恐怖に固まるサフィア。
「悪いっ。これは怒っているわけではなくて……その、あまりに可愛らしかったのでな」
なぜ可愛く思うだけであんな鬼の形相になるのだろう。
よくよく聞いていると、自分の様な見た目の男がニヤけてるいる顔など気持ち悪いだけだから、笑わないように我慢するとあんな恐い顔になるとのこと。
正直どっちもどっちな気がするので、本人の好きにしたらいいと思うサフィアだった。
そうして食事も終わり、帰りに雑貨屋でサフィア用のタオルやクシを購入して宿に戻る頃にはそこそこ夜も更けていた。
「で、では寝るか」
「ミャア」
身体を拭き、寝る支度を済ませた後、いざ寝る段階になるとギルバートは目に見えてソワソワし出した。
顔を赤くし口元をニヤつかせたかと思えば途端に鬼の形相になったり。明らかに挙動不審だ。
「べ、べべ、ベッドは同じでいいなっ?」
ーーおまわりさんこいつです。
日間恋愛ランキングに入りました!
急にアクセス数とブクマの数が増えたな~と疑問に思っていたのですが(^_^;)
読者様に教えていただき知ることが出来ました。
皆様、お読みいただきありがとうございます。




