二話
もう、どうにでもなれ
「よう、待たせたな」
ヘラジカの一言に洞窟内に座っていた殆どの柄の悪い大男たちが立ち上がり頭を垂れた。まぁまぁと場を収めてヘラジカは上座に座る、その左隣に人狼もすわる。座るや否や右隣の痩せた男に話を振る。
「そんじゃあ作戦の最終確認と行くか。オシドリ頼む」
「応」
呼びかけに応じた痩せた男改めオシドリなる男は何処かの地図を広げて話し始める。
「まずは役割の確認だが―――」
何故縄張り意識が強く抗争の絶えない山賊達がこうして顔を合わせているのか。話は一か月前に遡る、人狼が普段通り仕事をしていた時分に突然同業者であるヘラジカに声をかけられて今宵の作戦に加わったのである。作戦と言うのこの森の近郊にはとある豪農の屋敷がありそこを襲い金品を頂こうと言うものなのだが、なにしろ人員も武器も足りないと来たのでヘラジカは二つの山賊に同盟を持ちかけた。一つは参謀を担当するオシドリの山賊団、もう一方は最近気鋭の一匹狼の山賊人狼である。かくして三者の同盟が成り準備に一カ月を要し今宵決行という運びであった。
「最初に我等が屋敷に侵入し門を開けて狼煙を上げる、それが開始の合図だ。当主が雇っている護衛は我等の計略で三方向にバラけるのでソレを狙い我々で個別撃破して金を奪う、いいか?」
「応よ、任せろ」
「分かりました」
「通報を受けた帝国警備隊の介入が不安だがそこは我等の手際の良さが試されよう、特に人狼屋。お前一人に一流の護衛の相手を任せる事になるが大丈夫か?」
オシドリは人狼に目を配る、いかに実力があっても少年一人に一流に護衛をぶつけるのはやはり不安が残るのは仕方ない。人狼は答える。
「問題ありません」
自信たっぷりのその言葉にそれ以上の問答をオシドリはしなかった。
「そうか・・・ならよかろう。では―――」
以後これまで幾度となく確認してきた事項を逐一確かめて行く、人狼とヘラジカとその部下たちは何度も頷く。隊を組み、武具を整え、かくして同盟は豪農の屋敷の近郊に密かに築いた砦兼見張り台を中心に配置に着いた。
満月の背に人狼は孤独に紛れ屋敷の南方に潜む、薄きざわめく若葉が一々人狼の身体に鳥肌を立たせた。左手にきつく握りしめた鞘がギシギシ鳴る。覆面越しに、遠目ながら煙がチラついた、恐らくオシドリの配下が狼煙を上げたのだろう。ここから数えて十分混乱が佳境に入った頃三方向から各自襲撃する手はずである。その光景を遠目に人狼は目を細めて眺める。不意に身体が震えだす、無論初めてでは無かった。誰かを、何かを襲う時、長かれ短かれ必ず罪悪感が脳裏をよぎる。
都合がいい事は分かっている、人も殺した、金も奪った、武器から食糧に至るまで全て奪ったのは当然生きる為に。人狼は自身を押し殺して何時も刀を振るい、戦い、奪う。事を終え得た後物思いに耽り何故自分は人を殺して物品を奪ったのかと考える、くどいようだが生きる為である。今回もそんな事を考えている間に又誰かを殺して今宵も終えるのだろうと何気なく考えていたその時―――
「おっ・・・」
屋敷から怒号が聞こえた、時間である。人狼は改めて覆面を直してちらりと刀身を見て収め走り出す、自分の足なら走って30秒で到着する距離だ。護衛と戦う事を重複してイメージしながら走る結果から言って勝つだろうが油断は禁物なので怠らない。
やがて所定の位置に到着する。軽い身のこなしで塀を飛び越えて侵入する、既に屋敷すでに戦場である。耳を澄ませば剣と剣の火花を散らす音に混じって怒号が聞こえる、どこかしらではもう戦闘が始まっている様である。任務を果たすべく走り出した、しばらく走るとオシドリの読み通り戦力を分散されて散った護衛が三人待ち受けていた。
「おっ。本当にいた」
余りにも作戦通りで思わず感嘆の声を漏らした、声に気づいた護衛は人狼の方を振り向き構えた。
「貴様は・・・! 人狼だな・・・!」
三人のリーダー格と思わしき男が聞いてきた、自分も中々有名なんだなと思いつつ答える筋合いはないのでこちらも刀を構える。四人の間に緊張が走る、先に仕掛けたのは護衛側だった。一番手前の手甲を装備した男が雄たけびと共に突っ込んでくる。五歩手前で人狼は逆袈裟で牽制、ソレを交わした男は掌体をかましてくる。
「危なっ!」
拳一個分の距離でかわし、刀を逆刃に持ち替える、踵を返し大きく弧を描き刀身は男の後頭部を捉える。
「ガはっ・・・!」
一撃で沈めた優越感に浸る間もなく後続が来る。今度はさらに大柄な男だった。一見して肥満だがよく見てみれば筋肉の上に脂肪をのせた格闘向きの身体である。ファイトスタイルは先ほどの男と同じようだ。
「こんのガキャああああ!」
雄たけびと同時に大振りの拳が振るわれる、よけこそしたが一発貰えば脳を抉られて立てないだろう。
「(デブは足を狙うに限るね)」
「ああぁ!?」
おおよそ繰り出されるだろうと言う予想からは外されていたハイキックは人狼の頭部を掠め風を切った。すばやく回り込んだ人狼は―――
「ぎゃああああぁぁ!?」
「すまん、大人しくしていてくれ」
男のアキレス腱を刀で深くえぐった、堪らずバランスを崩した男の鳩尾に人狼は蹴りをいれ一発で落とす。この時戦闘が始まって僅か30秒であった。
「残りはあんただけだ、オッサン」
「小僧が、調子に乗るなよ」
一番奥に構えていたリーダー格の男が抜刀して駆けてくる、振りおろされた太刀を人狼は受け止めてこちらからも仕掛ける。男が弧を描いて人狼目がけて刀を振りかざす、ソレを『陣風』で受け止める、数合打ち合ってみて判断するに実力は男の方が上らしい、現に人狼は打ち合いで最初の位置から二歩ほど押されていた。
「セイッ!」
「うおっ!」
「どうした小僧、逃げるだけか?」
状況は文字通り防戦一方、だが人狼はすでに逆転の手はずを考えていた。相手の水平切りを垂直飛びでかわして空中で足を畳む、そして―――
「グハっ!?」
突然の跳躍に油断した男の顔面には人狼のドロップキックがクリーンヒットしていた、男は白目をむいて倒れた。
「っふぅうぅうう・・・決まったか・・・」
からくりは単純、剣術で敵わなければ体術で敵えばいいのであると判断して天賦の運動神経を生かして攻撃しただけである。結果蹴りが功を奏し人狼の勝利であった。
「・・・・・・、急ごう」
無論護衛を倒す事が目的ではないので作戦で定められた場所へ再び走り出す。
一方その頃、ヘラジカの部隊も人狼と同じく護衛を撃破して次の段階に移行する手前だった。
「上手く倒せたな、行くぞ野郎ども」
「頭・・・向こうから何か・・・?」
部下の指摘でヘラジカはその方向に踵を返し構える。実態が見える。
「ん・・・オシドリ?」
「ヘラジカかっ!? 大変だ!?」
「大変って、何の事だ?」
よく見るとオシドリは手負いらしい、ヘラジカは急いで介抱しながら聞き返す。
「どうしたっ!」
「て、帝国警備隊だ! どうやら待ち伏せていたらしい! 俺の部下は皆やられた! 早くひかなければ全滅だぞ!」
「はぁ!? マジかよ! こうしちゃいられん、野郎ども! 撤退だ―――」
何か、何か鋭い何かが肉を貫く音が辺りに響いた。
寝るってなんだっけ