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三話 退場する者と生まれる者

『なんともはや、開いた口が塞がらぬとはこの事じゃな』


 闇神殿の隠し通路から勇者達の様子を伺いながら、カラドリウスが小さな声を上げた。


「人の本性とは、そうそう変わるものではない。あの子供もしかり。……分かっていたはずだが?」

『そうは言うがの。腹立たしい事に替わりはないぞ』

「このことも前向きに考えるべきだな。あの子供のおかげで、勇者の歩みが滞りなく進むと思えば、そう悪手でもあるまい」


 二人の前では、聖女が黒司祭について文句を言い続けていた。

 かなりの音量でわめいているため、少し離れていても十分に聞き取れていた。

 その内容は、魔族となり聖女──と勇者──を襲った黒司祭への罵りの言葉だった。そして、それを滅ぼした勇者への賛辞。

 勇者がどう感じているのかは、背を向けているために判断できなかった。しかし、二人のすぐ側にいる黒豹人が厭きてきているのが、ここからでも見てとれた。


『ウムムム。主殿は人が良すぎる』

「ではなく。ああいう手合いには、こちらの言葉など耳に入らぬのだ。己にとって耳に痛い言葉など、聞き流してしまえる。

 そのような者を相手に心を砕いたとして──都合が悪ければ、無視されて終わりだ。そればかりか、諫言を繰り返す者を"悪人"として亡ぼす事もしてみせる」

『スマヌ。主殿は、あの子供のせいで……』


 聖女によって、絞首台に上がる事となった黒司祭の言葉には真実味があった。

 そして、聖女の本質は変わっていない、と黒司祭は言うのだ。なぜならば──


「あの子供は、結局一度も謝らなかったな。私が生きていると。死んでいなかったのだと。私を殺したと勘違い(・・・)をしていたと、それだけをわめいておった」

『…………主殿は殺されたのだ。あの子供の悪意と神官共が、主殿を殺したのだ』

「そうだ。今のあの子供を見よ。なんとも醜悪な事ではないか。付き合わされる共犯者(ナル)殿が気の毒でならんな」


 ヒステリックな聖女の声が響いてくる。

 それに飽き飽きしたのだろうナルが、チラリと視線を向けてくるのに、黒司祭は身を引いた。

 いつの間にか身を乗り出していたようで、しっかり壁の影に隠れ直す。


『まぁ。あれじゃ。これで、あの子供との縁も切れるというもの。しばらくはのんびりとできようぞ』

「そうだな。一度は死んだ身であるが、命続く限り余暇とさせてもらおうか」

『うむうむ。その為にも、まずはその身の瘴気を祓わねばな。いざや──迷宮へ参ろうぞ』


 迷宮にいる協力者が、黒司祭の瘴気を祓ってくれると言っていたのだ。

 カラドリウスの言葉に黒司祭は頷くと、身を潜めていた隠し通路の奥へと姿を消していった。




 ○ ○ ○




「あれ? 何で皆さん、そんなお通夜状態なんですか」

『あー。来たか……』

「はぁ……呼ばれたので」


 神界に広がる空気に、メディエは首をかしげた。

 いつもであればテンション高い酒の神や、恋の神が我先にと話しかけてくるのだが。

 何があったのか、今回はそんな雰囲気ではないらしい。


『呼ばれた──って、オラファーブか……おお、いってこい、いってこい』

『できたらー、説得してくれたら嬉しいなってぇ』


 説得? と呟きながら、メディエがオラファーブを探す。

 眷族になった時からなんとなく居場所が感じられるようになっていたので、その感覚に従って薄霧の世界を進んで行く。


「お、はっけーん。…………ん?」


 神々の中心に座る、ひときわ強い光。

 メディエの感覚ではそれがオラファーブっぽいのだが、だが色が違った。

 前に合った時は、純白のこれこそ"光"といえる光だった。言い方が悪いが、蛍光灯を直視したかのような感じだったのだが。


 だが今は違う。

 それは全く光を発してはいなかった。いや、ある意味光なのかもしれない。

 純粋な黒。ただそれ一色に塗りつぶされたナニカがそこにいた。吸い込まれそうな黒。


『お! 来たか! 相棒が眷族にしたってのは、お前だな。オレとは初めてだよな。オレはオラファーブの半分。創造と破壊を司るオラファーブの半神。全てを破壊し消滅させる者だ』

「あ……」


 破壊神と名乗ったその神の存在に、メディエは圧倒されていた。

 全てを飲み込む黒い光。まさしく漆黒の闇としか言いようのないそれは、それでも輝く光であった。その光の中には、全てがある。ほんのかすかな光すら手放さず、光も闇も命も死も、全てを身の内に抱えている。


 それは、創造神(オラファーブ)の持つ白とは対照的な、それでいて同じ性質の破壊神(オラファーブ)だった。

 創造(おのれ)と同一であるほどに近く、同時にはるか遠く理解しがたい存在だった。


 同じであるのに違う。違うのに同じ──

 全てを飲み込み、破壊し、ばらばらに砕いて──作り直す。



 世界の始まりと終わり。

 原始と終焉そのもの。




 漆黒の光が──巨大な闇が──牙をむき、メディエを喰らい──破壊と創造と秩序が──メディエの意識が──砕けて、弾けて──混ざりあい、変貌し──





 永遠とも思える一瞬を──目をそらすことなく、じっと、闇が、漆黒の光が、メディエを壊して、創り、あまねく世界の──





「……ふ、ふ、ふええぇぇぇん」

『うお! どうした。なんだ?』


 恐怖を認識することもできず、ただ感情の示すままにメディエは声をあげて泣きだした。


 それは、正しく再生の産声だった。

 今ここに、正しく一柱の神が誕生したのだ。


いく=行く=逝く、です。

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