閑話 最弱転生─バグスキルで迷宮を生きる─
四魔将の一人、白翁のその後。
我=白翁=トルクの師匠です。
「お前ら、コッチこーい」
天から声が降ってくる。その一見威厳のない声は、強い力に溢れていた。その力を感じて、我が身を震わせ──?
はて、身を震わせるとはどういう事であろうか。
まとまらない思考を無理矢理つなぎ止めて、我は目を開く。そっと周囲を見回して、仰天した。
なんと、我の体ほどもある"ゼリー"が、目の前で揺れているのだ。そのゼリーの中に光る"珠"の色まではっきりと分かるほど、それらは我の近くにあった。
なんと不可思議なモノであろうか。百年近く生きておるが、これほど珍妙なモノを見たのは初めてである。
(触れても良いだろうか?)
好奇心に押されて、手を伸ばそうとして──違和感に気がついた。
手が伸びないのだ。
それだけではない。足にも違和感がある?
これはなんだと口にしようとして、言葉が出ないことに気がついた。
言葉──?
いや、口すらないのだ。では、どうやって呼吸しているのだろうか。
どうしよう、何がどうなっている──とパニックになっていた我は、ゼリー達が移動している事に気が付かなかった。たくさんいたゼリー達がいなくなったのにも、まったく気がついていなかったのだ。
(我の体は一体どうしてしまったのか)
思うように動かない体。
手も足も、口すらない体。
がっくりと肩を落としてその場でたれていると、足音を立てて巨人が帰って来た。
巨人の一歩一歩により、大地が振動している。たれて表面積が広がっている我の薄皮が、さざ波のように揺れていた。──ん? 薄皮……。
「お? 居残り一匹はっけーん。お前、なんではぐれてんの?」
(うん? なんと、ゼリー達がいなくなっている? 皆どこへ──)
「なんか潰れてるし。大丈夫かなぁ……」
のんびりした言葉とともに、巨人が腕を伸ばしてくる。
我の柔らかな体内に巨人の指が突き立てられ、我は宙に持ち上げられた。──ん? 柔らかな体……。
いや、気のせいだ。気のせいに違いない。
手足と顔がなくて、プルプルの柔らかな体──
気のせいだ。気のせい。
「しっかし、このプチプニ。やる気ないな~」
巨人の指の間から零れそうになる体を、なんとか確保した。
巨人は──いや、もう認めよう。認めるしかあるまい。
この巨人は"人"なのだ。
そして、我が小さくなってしまったのだ。しかも、さきほどのゼリーと同じ体になって。
突きつけられた現実に、目の前が暗くなりそうだった。
「あれ、なにか問題があった? それは──」
「なんか、はぐれてたんだよ。潰れたまんま、戻らないし。いじめられたとか?」
(失礼な。この我がいじめられるなど、あるはずがない)
いつのまにか、巨人が増えていた。その者もまた、強い魔力に溢れた声をしている。声には力が宿りやすいとはいえ、この二人の潜在能力が非常に強いのが分かった。
ので、いじけた。
我は、長い長い時間をかけて、魔力を増やしてきたのだ。なん十年も、ひたすら修行を行っていた。
その結果、国で一番と言われる魔術師──王宮魔術師長にまでなったのだ。
それなのに、目の前の二人はその努力を軽々と飛び越えている。弟子の時も思ったが、運命はえこひいきが酷すぎる。
恐らく、この二人はトルクよりも才能があるのだろう。弟子よりも強い魔力を発している。
一目で理解できてしまった事実がショックで仕方がない。
トルクと初めて会った時も衝撃的だったが、今回はそれに輪をかけていた。
知らなければ、気がつかなければ良かった──本当にそう思う。
(神に愛された者とは、なんと羨ましい。……けッ)
いや本当に、言うことがそれしかなかったのだ。
我ながら屈折していると思いながらも、他に出来ることもなく、巨人の手の上でだれる。嫌がらせのように、指の間から零れてたれてやった。
「うわわわっ~」
「何やってんだか。あんまり遊んでるんじゃないよ。次の仕事もあるんだから」
「ふえーい。ってゆーか、ちょっとは心配して欲しいなー」
「誰が迷宮で、私達に危害を加えられる? ……寝言は寝てからどうぞ」
随分とうらやましい自信である。かなり羨ましい。
誰が私に危害を加えられる? ──ウム。言ってみたいモノである。
そんなことを考えていたからだろうか、たれすぎた体が音を立てて床に落ちてしまった。
うわっと驚きの声をあげて、 巨人がたたらを踏む。
数歩離れた今こそが、逃げるチャンスと体を揺らして──美しい手に掬い上げられた。
白い手に、ピンクのマニュキアが映えている。見るからに女性の指だった。
「クスクス。プチプニに逃げられるなんて、恥ですわね」
「むー。なんか、コイツ頭良くない? 逃げるヤツなんて、初めて見たんだけどー」
「自分がトロイからって、他人のせいにしないの」
我を拾ったのは、それは美しい女性であった。
さらさらの銀髪に、長い睫毛に彩られた青い瞳。薄い唇は赤く色付いて、目が離せなくなるようだった。
美しい女性──けれど、どこか人と違うような違和感を感じる。その違和感が気持ち悪い。
「あら、この子──」
「なにかしらありましたか?」
「ええ。この子は変異持ちですわ。……何かの魂が入り込んでいるみたいですわね」
な、ん……だと……
つまり、特殊スキル持ちに進化したというのだろうか。
我、すごい。我の時代、始まったな。
「どうしましょうか。記憶を消すのは簡単ですけど」
「そーだな~。意思の疎通は出来るのかな?」
「ふむ。よし、肯定なら前後に、否定なら左右に揺れてくれ。反応がない場合、意志の疎通は不可能と判断する」
我は慌てて体を前後に揺らした。
せっかくの第三の人生なのだ。こんなところで消されるなど、たまったものではない。
「肯定……のようですわね」
「うん。あんまり考えたくなかったんだけど、そうみたいだ」
「じゃぁ、消すのは止めようか。んー? そうだなぁ。……今後、どうしたい?」
「そんな、答え辛そうな質問をするなんて──さては、サドですわね」
くすくす、と笑う声に合わせて、体が揺らされる。
落とされないようにと慎重にバランスを取りながら、今後について考えてみた。
我が欲しいもの。それはただ一つ。
自由、だ。
強くなれれば、なお良いというもの。
我は必死で体を震わせた。
我は、この迷宮に一人だった。
我の前に道はなく、我を支える者はおらず、我に従う者もいない。
動く度にプルプル震える体で、我は思案した。
迷宮主──あの巨人達は、この迷宮を作り上げた、神の遣いであった。それならば、神々のヒイキ──寵愛も頷けるというものだ。
強い力を持つものには、大きな役割があるということだな。
それは同時に、こんな貧弱なゼリーである我には、何のしがらみも存在していないという事だった。
それは、自由であり孤独である。
理解していてもなお、求めずにはいられない。
全てを手にいれる事ができるか、何も手には残らないか。
これから我が生きるのは、そんな無情な世界である。
だが、無情であると同時に、世界とは優しいものだ。
第一の人生。人であった時に得ていた魔術の才。
第二の人生。魔人となった時に得た形態変化。
第三の人生。ゼリーの体と、捕食吸収。
これらを使えば、この迷宮で生きることは簡単だろう。
元々、我が魔族となったのは、死から逃れる為であった。迫り来る老いと、死の恐怖に耐えきれず、永遠を願ったのだった。
黒司祭の依頼で、王都に向かった事だけは覚えている。そういえば、いつ、どのようにして、我は死んだのであろうか。
いや。現状を思えば、ささいな事か。
死の恐怖を思えば、今の状態は願ったり叶ったり、というところだろう。
この迷宮があるかぎり、我は生き続ける。
そしてこの迷宮は、魔王がいる限り存在し続けるのだ。
最高の人生の始まりに、我は神に感謝を捧げた。
白翁は、実は形態変化で"封印のプレート"に化けていました。
メディエのアイテムボックス中で割れた時に、実は死亡していたというオチです。
転生先に本人は満足。




