十七話 神は嘘を吐けない──偽神もしかり
初めてタブレット投稿してみました。
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「ねぇ、メディエ。魔王が倒された後の事は、考えてるか?」
勇者による迷宮攻略──もとい、プラトンによる勇者へのスパルタが行われるある日、セシルはメディエに聞いた。
その時はちょうど、染料になる虹色巻き貝を集めているところだった。二人の他には誰もいない。そんな静かな森の中の事だった。
「後って? どういう事?」
「もうすぐ、勇者が聖剣……を、手に入れる。そうすれば、魔王攻略はすぐだ。道を塞ぐものがいないのだから──」
「あ、それは" "あれ?」
セシルは魔王の事──既に目覚めたということを知らないのかと、メディエが話をしようと口を動かす。
しかし、そこから言葉が漏れることはなかった。
セシルはメディエに背を向けていた為、それに気が付かず話を進める。
「その──メディエはどうするのかと、思って──ほら。向こうに戻る時、いろいろ良くしてくれると……神様が……」
「ああ……そういう話かぁ~。う~ん。そうだなぁ~」
正直な所、メディエは何も悩んではいなかった。メディエの望みはこの世界に留まり続ける事だったのだから。
けれど、セシルから漂ってくる空気──いかにも悩んでいます、という雰囲気に戸惑った。
話を合わせようと、「どうしようか、まだ決めていない」と告げようとして。出てこない声に口をパクパクさせた。
「オレは…" "。あれ?」
「どうかした? ……話、ちゃんと聞いているか?」
返事を返さないメディエに、セシルが不満の声をあげる。
「聞いてるって。地球に帰るかどうかって事だろ。聞いてる聞いてる。オレは" "。だからなんだよ、コレ!」
「一人で何言ってるんだ。……もしかして、メディエも悩んでるとか?」
「いや、オレは──その──」
都合のよいように解釈してくれた友人に、言葉を濁す。
なんと返事をしようかと悩むメディエの後ろで、セシルも物思いに沈んでいた。
「神様が、病気を治してくれる……って。健康な体にしてくれるって言うんだ。だったら…………」
「家族の元に帰りたい?」
戸惑うように、喜びを押し殺すようにセシルは言う。
「……ううん。それは──悩んでるんだ。だから、メディエはどうするのかなと、思ったんだよ」
「そっか~。そうだなー、オレは──」
さて、とメディエは考えた。どういう言葉ならば良いか。
どうすればセシルに言葉が通じるだろうか、と考えた。
セシルは帰りたいのだろう。
神様がセシルの体を治してくれるというなら、帰らない理由がない。
だがメディエは違う。
セシルのように簡単な話ではないのだ。それに、この世界での永久就職も決まっている。
とすれば、メディエにできることは、セシルに気持ち良く帰ってもらうことだ。メディエを置いて帰る罪悪感とか、そういうのを感じず、気持ち良く帰ってもらう。
そのためには、ごまかすか、うそをつくか、説得するか──ごまかされてくれるかな、とメディエはセシルを伺った。
メディエは、正面から他人と意見を交わすのは嫌いだった。
同世代ならば、言い返せなくなったら言葉以外でやり返される。小物を隠されたり、無視されたりするのだ。
大人はもっと酷い。はなからこちらの話を聞くつもりなどなく、返事が気に入らなければ叩かれていた。
そんな経験をしていたメディエだから、今回もごまかすつもりだった。
自分の事は当たり障りない範囲で話をふり、相手に気持ち良く話をしてもらう。相手が友人でも基本は同じだ。
メディエはそんな会話しかできないのだから。
けれど、いつものように適当な言葉を並べたところ、言葉ならなかった。
さて──と、メディエは考えた。
「オレの問題は、簡単には解決できないからなぁ。神様とよ~っく話し合わないといけないんだよ。今後の事とか、決めるのはむずかしいよねぇ」
考えながらメディエが言葉を紡ぐ。今回は、途切れることなく文章になっていた。
「そっか。……メディエは、帰りたいと思う?」
「ん~。あんまり。前も言ったように、ここに来れて感謝してるしさ」
「私も感謝はしている。けれど──召喚された時とは、いろいろ変わってしまったから」
「そっか~」
やはりセシルは帰るつもりなのだと、メディエは思った。
真面目な話のはずなのに、ずっと背中を向けているのは罪悪感でもあったのだろうか。
(セシルってヘンなの。オレの事なんかほっといていいのになぁ)
友人からの考えられない対応に、メディエが困惑する。
どうしてだろうと思い出をたどって、一つの事にたどり着いた。
以前にセシルが言った事なのだが、セシルは中学前に入院生活を始めたのだという。その後も、入退院を繰り返し、ほとんど学校にはいけなかったのだと。
ならば、セシルの持つ真面目さや素直さは、反抗期前の子供の素直さなのだろう。それとも、トイレにも友人と行きたいという、女子特有の集団行動故か。
大人に騙された──とセシルは思っている──から他人を疑ってしまうが、それでも本質は子供なのだ。
そう思い至って、メディエは困ってしまった。
「まぁ、神様にも出来ることと、出来ないことがあるだろうし。セシルは、病気を治してもらって帰れるんなら、その方が良いんじゃね?」
「うん。そうなんだけど。……メディエも帰るんだよな?」
「うーん。どうだろうなぁ」
できれば帰りたくない。
いや、絶対に帰りたくないメディエは、言葉を濁す。
セシルはなぜに同意を求めるのだろう。ちょっぴりめんどくさいと思ってしまった。
「まぁ、どうするにせよ、勇者サマが迷宮をクリアしてからのことだし。もうちょっと時間ある──なければ、プラトンに作ってもらえればいいしさ」
未だにプラトンでレベル上げ中の、勇者の事を思う。
魔犬であったプラトンにも勝てなかったのに、そのプラトンが進化してしまったのだ。差は開くばかりである。
勇者の迷宮クリアのタイミングは、プラトンの手に握られていた。
今は精霊が野暮用で出掛けているので、彼女の帰りを待って話を進める予定だった。
ニンフの帰宅を待って勇者に迷宮をクリアさせる。勇者は聖剣をもって、魔王の元を訪れ──これを倒す。
ハッピーエンドまでは、もう少し時間がありそうだった。
「そうか。まぁ、急いで決める必要もないけど……」
「大丈夫、大丈夫。なるようになるって。それより、依頼のカタツムリは取れた? 袋一杯にしないといけないんだろ?」
メディエの持つ麻袋の中には、大小さまざまな巻き貝が詰め込まれている。一人一袋がノルマなので、メディエの分は終了だった。
その言葉に、セシルが慌てる。
朝から考え事をしていたセシルは、ほとんど巻き貝を採れていなかったのだ。
「あ、忘れてた──」
「仕方ないなぁ。今後の事はゆっくり考えるとして。とりあえず、仕事を終わらそうよ」
ちなみに、のんびり話をしているようだが、メディエのスキルには敵が引っ掛かりまくりだ。
それらをちまちま潰しながらの、巻き貝採取である。
クレイブも、馴れたとはいえ随分ハードな依頼を持ってくるものだった。
もっとも、今は冒険者の多くが迷宮に入っているため、使えるものはショタでも使え、という事かもしれない。
「染料か。そういうアイテムも良いかもねー」
「……あんまりやり過ぎないように、ってニンフさんに言われたの、忘れた?」
「いやいや。覚えてるよ! 第一次産業は潰しません」
「何か違う……?」
「まぁまぁ」
よしよし、ごまかせたぞ。とメディエは安堵した。
今後、少しずつセシルを説得していこう、という算段だった。
だが、その気遣いも夕方までだった。
王都のギルドで納品を済ませた二人は、夕食を買い込みながら迷宮へと向かった。
プラトンから報告を聞き、メディエの癒しタイムのためだった。
だが、迷宮で二人──メディエを待っていたのは、思いもよらない状況だった。
プラトンの周囲は、常になく人が集まっていた。
何が起こっているのかと、人混みを掻き分けて進んだ先に、プラトンの腹に埋もれる小さな塊がいた。
ふかふもこもこの体で、ぷるぷると震える仔犬だった。
それを見た瞬間、メディエは力一杯宣言したのだ。
「い──いやぁぁぁ。ナニコレ。チョー可愛いんですけど? オレの理想が、動くぬいぐるみが! ……帰らない。誰が何と言おうと、ぜっっっっっっったいに帰らない!」
「え。嫌、ちょっと待って。確かに仔犬は可愛いけど。そんな、一生を左右する事だよ? もうちょっと考えて──」
人々の注目が集まる中、セシルは仔犬に飛び付きそうなメディエを必死で引き留めていた。
今回の空白" "は"禁則事項"というヤツです。




