閑話 幻獣の独り言
プラトン独り言
ボス=主人=群のリーダー=メディエ、
己=プラトンです
魔獣と呼ばれる種族は、二つに分けられる。生まれた時から魔獣であるモノと、所以あって魔獣になったモノだ。
後者はともかくも、生まれながらの魔獣は強い。強く生まれ、より強く進化して行く。
もちろん、進化に限界はあるものの、より強い個体を生み出すことで子孫を強くして行くこともできる。そうして、己の血族を高みへと押し上げて行くのだ。
それで言うなら、己は成功を得たといって良い。
"最高位の魔犬"という中途半端な存在から、幻獣へと進化することができたのだから。
主を選んだのは間違いではなかった。
もっとも──そう。主人が恐ろしいと感じたことも、無いわけではないのだが。
己が生まれたのは、鼻の曲がりそうな匂いの中だった。
あれは一種のフェロモンだろうが、あれほどの匂いの中に魔犬をおくというのは嫌がらせ意外の何者でもない。
もっとも、あのころの記憶はあいまいで、本当にそう思っていたのかは思い出せない。
今にして思えば──という事である。
もしかすると、それなりに幸せだったのかもしれない。何も考えず、恐ろしいことなど何もなく、ただのんびりとした生活を甘受していたのだ。──己が兄弟を食らい、力を貯めながら。
その生活が終わったのは、突然のことだった。
ある日突然、当時の飼い主が己ら兄弟を外に出した。そして、思うままに食らえと言ったのだ。
その時、目の前にいたのは数人の人族だった。強い力を持った彼らからは、旨そうな匂いが漂ってきていた。兄弟は喜びの咆哮をあげ、それらに駆けて行った。
その後ろ姿を見ながら、確かに引かれる強い匂いを感じながら、それでも己は動けなかった。
なぜならば、微かな匂いが──目の前の人族など比べ物にならないほどの上等な匂いが、どこからか漂っていたのだ。
顔を上げる。風の向きに注意しながら、匂いの主を探す。
目を閉じて風を探ると、上の方から吹き付けてくる風を感じた。
確かな匂いに、ヨダレが滴り落ちる。
獲物の背後に忍び寄る。身を屈めて、いつでも飛びかかれるように準備をしていた。
獲物にジリジリと近付いて、ある程度まで近付いたところで、恐怖に身が動かなくなった。
獲物だと思っていた。
それなのに、本能が恐怖を叫んでいた。
逆らうなと。恭順しろと。そうしなくては死ぬのは己だと、訴えていたのだ。
「あれ、何かいる──」
獲物の一人が振り向いた時、己は恐怖に負け、腹を見せた。
ぽふ、と軽い音と衝撃がする。背中に意識を向けると、かつて獲物だった主人がマウントを取ってきたところだった。
「おまえが幻獣になったのって、オレの眷族になったって事だよな。もふもふもレベルアップしたし、良いこと──だよな?」
何かを考え込むように言うボスに、力強く鳴いて答える。
大丈夫だと。これほど強くなれたことに感謝していると。
「うん。……ありがと」
幻獣に進化して良かったのは、ボスと話ができるようになったことだろう。
神とその眷族となり、直接会話をすることができるようになったのだ。
そう。幻獣とは、"神のペット"という位置付けなのだ。永久を生きる神を慰める存在。ただの生物では、すぐに死んでしまうため、主と同じ時間を生きる友。
幻獣となった己には、もはや"死"が訪れる事はない。永遠ともいえる時間を、ボスと共に生きるだけだ。けれどボスは時々難しそうな顔をする。そんな時は、悲しみの感情が流れ込んで来るのだ。
子供を産もう、と思う。
どこか寂しそうなボスも、小さな赤子を抱けば喜んでくれるだろう。
背に乗ったまま顔を埋めてくるボスに、とびきりの喜びをあげられるように。
生まれてくる子供の容姿は、親がある程度決めることができる。
己の中で、最もボスが気に入っている物。それは毛皮だ。己よりももっともっと、もこもこふわふわの毛並みの子供にしよう、と心に誓った。
そうすれば、己の毛の防御力をもう少し上げてくれるかもしれない。




