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九話 海老喰いと薬師


 陽気な日差しの中、メディエとセシルは小さな声で相談をしていた。


 親切な先輩冒険者達とはずいぶん前に分かれている。彼らは自分達を置いて行くことを気にしながら、最後まで昨日の事を謝りつつ、森の奥に姿を消していったのだ。

 あの二人は超普段着であった。そんな装備()で入って行って良い所なのだろうか、とギルドから聞いた情報との齟齬(そご)にメディエたちは頭を悩ませたのだった。


 しかし、今はそれよりも重要な問題がある。それこそが”ロブヌターイーター様の捕まえ方”である。


「イーター様は何を感知しているのか? 匂いか、温度差か──視覚か」


 二人の中でロブヌターイーターはロブヌターの中のロブヌター。その名もロブヌターイーター様になっていた。


「匂いじゃないな。水中にいるんだからな、地上のオレ達の匂いをかぎとれるわけがない」

「そう。同じように、温度でもない。温度差というなら、あちらの……浅瀬の方に行くはずだ」

「となると」

「そう、視覚」


 二人は真面目な顔で頷いた。


「どこまで認識してんのかね……ってのもあるなぁ。色は? 形は?」

「加えて、イーター様のジャンピング毒針アタックは危険だと思う。できるなら空振りさせて、上陸してきたところを一気に叩きたい」

「そうだよなぁ──────ところで、オレには(トラップ)というスキルが、ある」


 真面目な打ち合わせは、その言葉で終わりを告げた。


「なら、後はどうやってごまかすか、だな」

「だよねぇ。こんなよわっちィ二人組が、ほいほい魔獣をゲットしてたら絶対、目立つよな」

「……それなりに形を整える必要がある、ということだが」

「とりあえず、あの二人の名前を借りるのは決定だよな。何か聞かれても二人に教わったから、と言おうぜ」

「そうだな。間違ってはいないな」


 まさしく悪だくみであった。


「キング様──じゃない、イーター様の髭を使って、釣り竿作ってみねぇ? 合わせてヒカリノタマの魔法で撒餌っぽいのを揺らす」

「釣りになると、捕れる量が減るんじゃないか?」


 セシルはイーターを見て、そのハサミを見て、首を振った。


「少なくても良さそうだな。むしろ、一人一匹しか運べないんじゃないか」

「マホウノクウカンだっけ。あれ覚えないと、なんにも運べないよなぁ。TWAのスキルを大っぴらに使う訳にもいかねぇし」

「火の魔術はコンロに、風の魔術はナイフ代わりに、か。使いこなせば便利そうだな」

「光はどーよ。使い道をちょっと考えてくれない?」


 こう、ちょっと変わった使い方をして、周囲を驚かせた後「今のはただのヒカリノタマの魔術──の応用サ」と言ってみたいメディエである。しかし、その応用方法がイメージできなかった。


「そもそもヒカリノタマで何ができる? 基本がわからないのに応用は無理だろう」

「そっか。いや、セシルさんなら何か良い方法考えてくれるんじゃないかなって思ってさ」


 メディエがイーターの髭をひっこぬこうとするが、抜けない。セシルがナイフで切ろうとするが、切れない。

 上手に間接部分の柔らかなところを捻って、ナイフを突き立てて、ようやく髭を根元からはがすことができたのだった。


「使えない、な」

「こんなに硬かったら使えないね」


 長さだけはたっぷりある、硬い髭を触った二人が言う。本当ならばここにイーターの身をくくりつけ、餌にして大物を釣り上げようと思っていたのだが。

 この硬い髭に結ぶなどということはできそうになかった。


「だめか」

「じゃぁ、やっぱり。最初の予定通りにしよう」




  ○  ○  ○




「大漁!」


 と、メディエは満足そうに笑った。

 彼が掘ったいくつかの(トラップ)の中には、ロブヌターイーターが落ちている。何度も何度も当て続けたヒカリノタマと棒での滅多打ちによって、彼らは例外なく死亡していた。

 勿論知覚(パシーブ)にて死亡を確認済みである。

 危険を冒さないのがメディエたちの信条であった。


 メディエとセシルは、二人がかりで必死にロブヌターイーターを穴から押しだそうとしていた。

 これほど深く掘らなくても良かったかなぁ、とは押し出しに苦労するメディエの言であった。


 そこに、声がかけられた。


「こんにちは。坊や達。がんばるね」


 二人が穴の中と外から声の主を見る。それは、白髪混じり──というより、ほとんど白髪の優しそうな垂れた目をしたおじいさん──おじさんだった。


「私はネルネという。王都で薬師をしています。このロブヌターイーターは君達が捕まえたのですか?」

「そうです」

「食べてみようかなって。おじさん、食べたことある?」


 メディエが穴の中から声をかける。

 おじさん──ネルネはちょっと戸惑って、首をふった。


「食べる……魔獣を? いや、おじさんは食べたことありません」

「そっか。初挑戦だね! 人類の進化とは挑戦することッ」

「そうだね。楽しみだね」


 その様子をこわばった顔で、微笑ましく見つめたのち、ネルネは本題に入った。


「……君達は、このロブヌターイーターを食べたいのですね? じゃぁ、おじさんに食べれないところを売ってもらえないでしょうか?」

「食べれないところなら、良いよ」

「そうだね。えっと、ハサミを食べるつもりなんで、それ以外のところだったら売りますけど、それでいいですか?」

「ああ。おじさんが欲しいのは胴体の部分ですから。見せてもらってもいいでしょうか」

「どうぞー」


 穴の中のロブヌターイーターをどうやって見るのか、と思っていたら、ネルネは魔術を使ったのだった。


「ツチノツチ」


 ネルネの魔術によって、穴の中からロブヌターイーター達が浮かび上がってくる。

 その様子を目を見開いて見ていたメディエ達だったのだが、ネルネの使った次の魔術には飛びあがるほどに驚いたのだった。


「カゼノヤイバ」


 ネルネの発動した魔術は、浮き上がったロブヌターイーターの体を押して動かしていた。ゆっくりと丁寧に動かされたそれらは、ネルネの前に音もなく並べられたのだった。

 今回二人が捕まえたロブヌターイーターは、小さいもので一メートル──メディエよりも小さいサイズから、大きいもので三メートル──ネルネの三倍くらいはある。

 それらを軽々と穴から押し出せたのだ。目の前で見せられた魔術の便利さに、二人は拍手喝采したのだった。


「すごいすごいすっごい!」

「なるほど、魔術も使い方次第、とはこういうことですね」

「魔術には決まった使い方はありませんからね。何ができるかは己の創意工夫次第ですよ。君達だって、ヒカリノマホウでロブヌターイーターを騙していたでしょう?」


 ネルネは楽しそうに子供達のアイデアを褒めたのだが、そのかわりにメディエが口をとがらせた。


「ちぇーっ。バレテーラ」

「明日には、ロブヌターイーターに手を出す者が増えるかもしれませんね──注意するようにギルドに連絡をしておきましょう」

「? 連絡、ですか?」

「ええ、そうですよ。弱いとはいえ、ロブヌターイーターは魔獣です。素人が覚悟もなく手を出して良い相手ではないのです。ですが──子供(あなた)達が成功してしまいましたからね。腕自慢の大人達がこぞってロブヌターイーターを相手にしようとやってくるでしょう」


 大人なのに無邪気なことで困る、とネルネは頭を振った。


「その人達は捕まえたイーターをどうするんでしょうか? 食べないのですよね?」


 せっかく大勢で捕まえるのに、食べないのかとセシルはもったいなさそうに言う。

 繰り返すが、メディエ達にとっては食べ物でも、一般常識では食べ物ではない。

 これは、日本人がエスカルゴを食べ物だと言われた時、昆虫食について聞かされた時、欧米人が生魚や海藻が食べ物だと言われた時。

 食の文化が違うもの同士が出会った時におこるのは、困惑であり嫌悪である。


「………………もちろん、ロブヌターイーターにも使い道はあります。たとえば、私はかれらの持つ”毒”について研究を行っています。これを利用することで、よりよい回復剤(ポーション)を作ろうとしているのですよ。

 他にも、毒針──そう、攻撃の時に飛ばしてくる針ですが。これを加工すれば練習用の突剣(レイピア)にもなります」

「加工……」

「残りはどうしているんですか?」

「………………捨てています」

「!!?」

「な、なんてもったいない!?」


 それは、子供たちにとっては大問題だった。

 非難の目を向けてくる子供達に、ネルネは大きな咳払いをして気を散らさせる。


「コホン──そういう理由から、私はこれらのロブヌターイーターが欲しいのです。特に毒線部が、ね。いただけますか?」

「さっきも言いましたけど、食べれない胴体部分なら、持って行ってもらっても良いです」

「どうぞー。あ、でも。この一番大きいヤツの尻尾! これ記念にしたいから、切ってくれない?」


 大きい奴、といってメディエが指差したのは、三メートルあるロブヌターイーターだった。その尻尾だけでもメディエの頭よりも大きい。


「それは構いませんけれど」

「うふふ~。集めて魚拓にするの」

「なるほどなるほど」


 海老の尻尾の現物を集めるのは、魚拓になるのだろうか? 否、なるまいとセシルはツッコミを入れたかった。

 しかし、なぜかネルネが納得しているようなので、声を挟めなかった。むしろ、自分の感性がおかしいのかと首をかしげる事になってしまったのだった。


 ネルネはさっくりと尻尾を落とすと、ついでのようにハサミも切り落としてくれた。これもカゼノヤイバを使用しての事であった。非常に便利な魔術である。


「ふおー。魔術便利~~」


 大きな尻尾を受け取って、メディエはご機嫌だった。ついでのように他数匹の尻尾とハサミも受け取る。


「残念ですが、毒針は飛んで行っていましたよね。私が回収してもいいですか?」

「いいよ、ね?」

「はい。使い道はありませんからから。どうぞ」

「うん。ありがとう」


 手早く回収したロブヌターイーターの毒線を瓶に詰めて、ネルネは満足そうに頷いた。そして、改めてロブヌターイーターを見る。


「子供サイズが一匹、大人サイズが二匹、巨大サイズが一匹。ただし、すべて毒針無しですか──銀貨で十五枚が相当でしょうね」


 言って、ネルネはポシェットから財布を取り出すと、十六枚の銀貨をセシルの手に握らせた。偶数でなければ二人で分けられないだろう、というサービス料込みの買い取り価格である。


「え、こんなに?」

「うわぁ、茶色じゃないや。銀色だぁ」


 困惑するセシルと、セシルの手の中を見て目を輝かせるメディエに、ネルネは苦笑した。なるほど、銀貨は子供のお小遣いには高額すぎたようだった。


「君達が相手をしていたのは、どんなに弱くても魔獣だったということです。

 あの──小さなロブヌターイーターが銀貨一枚くらいです。その銀貨一枚あれば、君達は一日生きることができるでしょう。それが魔獣なのですよ」


 はい、とセシルが神妙に頷いた。


「そのお金は正当な報酬です。でも、街中ではちゃんと隠しておいた方がいいですよ。最近はタチの悪いスリの被害が多いと聞きますからね」


 そう言って、ネルネは作業で乱れた服を整える。毒の入った瓶はすでにマホウノクウカンの中に仕舞われている。


「では、私はこれで失礼しますね」

「ありがとうございました」

「ばいばーい」


 笑顔で手を振ると、ネルネはロブヌターイーターの毒針を探しに茂みに入って行った。

 いい年をしているだろうに、なんともアグレッシブな人である。


「ところで、ソレどうするつもりなの?」


 セシルが指差すのは、メディエがまだ持っているロブヌターイーターの尻尾だった。


「ん~。加工するつもり。何ができるかはヒ・ミ・ツ」

「ウザイ」


 メディエの茶目っ気いっぱいのウィンクは、冷たく打ち捨てられた。


「ところでさぁ。あのおじさん、身をどこにやっちゃったんだろうね?」


 ネルネが毒線回収を行っていた場所には、何も残されていなかった。

 地面に残されているのは、ロブヌターイーターのハサミと尻尾だけだったのだ。


 二人はネルネが解体しながら魔術で処分していったのを見ていなかった。解体済のイーターを見て「ちょっと一口食べてみる」とか言われないように、ネルネがこっそり消していたのだった。

 それを知らない二人は首をひねり──仕方がないので、残された物を回収していくしかないと結論付けたのだった。




  ○  ○  ○




「おおおお、お前が言ってたあのガキ共な。大物釣ってたぞ」


 夕方の王都でへべれけに酔っぱらっている男が、ようやく現れたメイド服に声をかけた。

 本格的な仕事はこれからだというのに、こんなことで大丈夫なのかとナルは眉をよせる。と、ともに部屋に充満するアルコール臭に、耳がそっぽを向いた。


「出奔した王子様に会って、魔術師(ハーヴィ)ペアからロブスターイーターの捕まえ方教わって、山のように捕まえてはネルネ老に売りつけてた。いや~、見てて笑った笑った。なんでイーター食うンだよ? っつーか、食った後踊ってたのは、幻覚かなんかだったんかなぁ」


 ぎゃはは、と笑う姿も下品である。大口をあけて、うまそうに欲し肉を噛みちぎってはエールで流し込む、なんとももったいない飲み方をしていた。


「昨日は昨日で、神官様に腕ェ抑えられて泣いてたってサ。神官様はその後自棄酒(やけざけ)ヨゥ。あの神官様を落ち込ませられるなんて、尊敬するワ。アニキって呼びたいくらい」


 そういう男は、件の神官に仕事の現場を押さえられて、教育的指導を受けたことがあった。それ以来、かの人を恐れながらも敬っているのだった。その行動がちょっぴりストーカーじみている気がしなくもないが、気のせいだろう。


「ちょー気の毒ゥ」

「神官様がな」

「はァ? どんな状況だったんだ? ソレ」


 ナルが首をかしげる。神官がその外見故に子供に怖がられ、最悪泣かれるのはいつもの事だが、子供を捕まえたというのは穏やかではない。しかも、その後落ち込んでいたのが神官とは?

 しかし、ナルの疑問は流された。


「たまにいるよなぁ。会うヤツ会うヤツ大物のヤツ。本人は平凡なんだけど──なぁんか持ってンだ」


 しみじみ、と酔っ払いが言う。そういう特別な奴らに手を出したら、しっぺ返しをくらうのは自分たちだと分かっているのだ。

 往々にしてそういう奴らは運が良い──いわゆる天啓を得ている者たちだ。だから、そういう相手には慎重にならざるを得ない。


「ガキ共はシロだろぉよ。となると、やっぱりウサギちゃんじゃねぇの?」

「ウサギ──だが、あれ以来目撃証言を得ようにも得られねぇっつーの」


 ナルの言葉には嫌悪が混じる。仕入れた情報によると、どうやらウサギは本物のウサギの獣人ではないようなのだった。それ故に、探そうにも探しきれない。それがナルをいらだたせているのだ。


「ウサギ。衛兵が言ってた。ウサギの貴族の家を警戒」


 ぽつり、と普段は声を挟むことなく静かに飲んでいる仲間から声がかけられた。


「なんだと?」

「ウサギ。魔獣入れた? 疑いあるから。厳重警戒対象」

「あ、ソレ神官様のヤツだ。ウサギモドキ絶対殺すって弟様が叫んでたし」

「ちょ……その話、詳しくしろや!」


 ようやく得られた手がかりになりそうな話に、ナルは喰いついたのだった。


貨幣イメージ


王金貨:千万円 インフレ

 金貨:十万円

 銀貨:一万円 魔獣一匹の最低金額

半銀貨:五千円 一日の生活費

 銅貨: 千円 初期魔術購入金額

半銅貨:五百円 おかし一個ワンコイン

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