十六話 雑魚と盗賊と新たな幻獣
「おい、てめェら。何か隠してることがあンだろ? 吐け」
いつものたまり場に雑魚ABCが揃っているのを見て、ナルは凄んだ。尻尾は威嚇に逆立ち、いつもは隠している牙までが剥き出しになっていた。
ナルのそんな様子を珍しいと思いながら、雑魚たちはとぼけてみせた。
「そりゃぁ、うまい話は隠すに決まってるだろうが」
「ですよねェ。一体どうしたんですゥ?」
「俺が見つけた、最高の観察スポットは教えんぞ。いくらロリコン仲間といえ──」
「いらんっつーの!」
ナルが手に持っていた金属片を机に放り投げる。
重い音を響かせるそれには、オリハルコン八十パーセントと刻印されていた。
「へ? これはどうしたんですかァ? オリハルコンって、どこまで上がったンですゥ?」
「はっはっはっは。子猫ちゃんの事だから、最上階まで上がったんだろうよ」
珍しそうにインゴットを見る雑魚たちを眺め、ナルは目を細めた。本気で狙われていると、雑魚たちはニヤニヤと顔を歪める。
ここ数日、本気で挑戦してくるナルを相手にできて、雑魚たちの機嫌は絶好調なのだ。
ナルは文句なしに強い。
最高の相手と、本気で殺し合えるのだ。しかも、何があっても死ぬ事はないという。雑魚たちにとって、迷宮は最高の職場だった。
「てめェら、最近は迷宮に入り浸ってるそうじゃねぇか。え? オレもヒイロと──勇者と一緒に迷宮に行ってンだよ。なのに、合わねぇよなァ。
それだけじゃねェ。迷宮のボスに、てめェらと同じ太刀筋の奴が居やがる。どういうことか、説明しやがれ!」
バンと、ナルが机を叩く。
そんな事言われてもねぇ、と三人は顔を見合わせた。
「子猫ちゃんがミーミーうるせえって。オレたちは、あそこに攻略に行ってるわけじゃねぇよ」
「そうですよゥ。あそこには神官様のお知り合いがいるんですよゥ。だから、神官様の情報収集に──」
「ロリだけではない。ショタも良いものだぞ。わたしは良いショタに巡り会えた」
「……アァ? 露骨にごまかそうとしやがって。しかも、オウルはごまかせてねェしよ。攻略じゃねェなら、何しに行ってやがる。えぇ?」
「何って──小遣い稼ぎ?」
雑魚Cの言葉に、AとBは頷く。確かに、給金──現物支給ではあるが──をもらって迷宮に勤めているのだから、小遣い稼ぎで間違いはないのだ。
だが、その三人の様子がナルには気にくわないようだった。
「まぁ、ほれ。オレのお宝でも見てみな」
椅子の上に置いていた袋から、雑魚Cがインゴットと拳サイズの宝石を取り出す。傷が付かないようにと丁寧に並べられたそれらは、ナルにとっては始めてみる物だった。
「コレはなんだァ? 始めて見る」
「これが、最上階の超レア物だ。ヒヒイロカネと、メーズ・エネ・ゴームって名のダイヤモンド」
「ヒヒイロカネだァ? これが……」
ナルの前で輝くヒヒイロカネは、クリーム色の地色に、多くの遊色が表面を彩っていた。まるで波打つように変わる色を前に、ナルの顔が驚きに染まる。
ヒヒイロカネは、ナルの持って帰ったオリハルコンと並ぶ希少金属だった。どちらもまず手に入らない。
しかも、目の前のインゴットの刻印は九十九パーセントだ。
ナルの持ってきた物の何倍も、価値があるものだった。
「しかも、そのダイヤモンドすっげぇカットだな。あの、硬ェダイヤモンドをよくそこまで加工したモンだ。頭が下がらァ」
輝くダイヤモンドは、太陽の欠片にしか思えないほどにギラギラと光を反射させていた。しかも、純白のクリアな石である。ナルから見ても、天井知らずの値が付くのは間違いなかった。
「じゃじゃじゃーん。コレ見て下さいよゥ。良いでしょう?」
ジャンと雑魚Bが見せたのは、厳選した神官様グッツだった。特に、神官兄弟が魔術を込めた"精神耐性魅了無効"の魔術具はBの宝物である。
「これは、神官様が祝福してくれたナイフでェ。こっちは、神官様がプレゼントしてくれた魔犬の素材でなんですゥ」
うふふーと、満面の笑みで素材を並べて行くBに、Cは自分のインゴットと宝石を回収した。傷付かないように、丁寧に布で包むと、袋に仕舞い込む。
あっという間に、机の上は魔犬の素材で一杯になってしまった。
「ヘェ──ケルベロスねェ。なかなかいねぇ大物じゃねぇか。羨ましいなァ」
結局、戦闘らしい戦闘をしないままだったナルが、ため息をついた。
「こちとら大所帯な上に、勇者と聖女のお守りとくらァ。良かったのは、魔族の話を聞けたくらいか。まったく、外れクジばっか引いてンなァ」
「ん? 魔族の話ってのはなんだ?」
「──魔人に会ったのか?」
「そんなところだ。あんまり面白い話でもねェよ」
エールをくれと声をかけたナルは、見たこともないジョッキにエールが注がれて出てきたのにも目を丸くした。
「このジョッキも迷宮物でな。中身を冷やしてくれるんだよ。ま、一回は冷えたエールってのも試してみな」
「へえ──。って、なんだコレ。冷たいばっかで、味がしねェぞ」
「ですかねェ? 結構クセになるんですけどォ。キ──ン、って頭にくるとこなんか最高ッ」
「このジョッキなら、果実ジュースがおすすめね。氷で薄まらないし、ずっと冷たいし。好きな人は好きでしょうね」
同じジョッキでジュースを飲みながら声がかけられる。確かに便利なのだろうが、妙齢の女性の手に無骨なジョッキとうのは、残念すぎる絵だった。
事実、それを見ていた雑魚たちは、 なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「もうちょっと……こう……何かないですかねェ」
「同じ性能で、違うデザインの物がほしいな。いくらこいつが飲んべぇだとしても、ないわ」
「は? 別に形なんざァ、気にすることねぇじゃねぇか。途中で温くなるわけじゃねぇんだろ?」
呑気なナルの言葉に、雑魚たちはため息を洩らしたのだった。
○ ○ ○
黒神官は慌てていた。
何がおこったのか、彼にはまったく理解できていなかったのだ。世界を蝕む魔王──それがいきなり消えてしまったのだから、彼が慌てるのも当然であった。
だが、魔人とはいえ、彼は人にすぎない。神の意思を知ることは、黒神官には不可能なのだ。
そんな黒神官のもとに、神界に呼ばれていたカラドリウスが帰ってきた。
全ての幻獣は神の僕である。主である神に、名指しで呼び出されていたカラドリウスが帰ってきたのだ。
『帰りましたぞ、主殿』
「ああ。神の呼び出しとは、常ならぬ事。この非常事態について、どのような知見をお持ちだっただろうか」
『あー。それが。その。良い辛いのじゃが──勇者が──召喚された方の勇者が、精霊の力を借りて神界に赴き、眠る神に突撃。結果、神は目覚められ、魔王は消えた。そういうことじゃと』
「……なんと……」
カラドリウスの言葉に、黒神官は膝をついた。
「どういう事だ。召喚された勇者? この度、召喚されたのは"聖剣"ではなかったのか? 勇者がいるなら、少年は一体何なのだ?」
『わからぬ。が、近く説明の為に誰ぞをよこす、とのお言葉だったゆえ。それを待つしかあるまいよ』
「そうか……」
カラドリウスの言葉に、黒神官は項垂れた。
○ ○ ○
「あれ? プラトンの種族が変わってる?」
飛び付いた毛皮が今までと違いすぎることに疑問を持ったセシルが、知覚を使う。
それによると、敗者の守護者から、幻獣にクラスチェンジしているようだった。
いつの間に? とセシルは首をかしげ、眷属の眷属か! とメディエは喜んだ。
アイテム紹介
迷宮内専用アイテム。姿がエネミーに変化し、最上階直通階段を使用可能になる。
メーズ・エネ・デュラン:雑魚A所持の宝石。迷宮内でデュラハンの姿に変わる。
メーズ・エネ・レイ:雑魚B所持の宝石。迷宮内でメイスの姿に変わる。
メーズ・エネ・ゴーム:雑魚C所持の宝石。迷宮内でゴーレムの姿に変わる。




