十五話 飲み会 in神界
メディエは強制的に神界に呼ばれ、そこで書き取りをさせられていた。
メディエの正面にいるのは、赤紫色に光っている酒の神だった。彼は強く光ったり、時には弱々しく点滅したりと、はずかしそうに身をくねらせているように見えた。
『あなたの唇は早咲きの──早咲きの──早咲きの──』
「一輪のバラ」
『早咲きのバラに宿る朝露のごとくにて──いや、やはりバラには問題があるな。バラには刺がある。私は彼女に刺があるなど、欠片も思っていない!』
「花……ねぇ~。前の世界には、こう言う言い方があるんですけど。
立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花──ってね。この世界にもそういうのあるんでしょ? それを使ったらどうですか?」
酒の神の言葉を紙に書き取っていたメディエが、それに目を通しながら言う。
残念ながら、メディエにはこの世界にどんな花があるのか知らない為、フォローができなかったのだ。
『花、か。うぅん──ん──』
「神様なんだから、新しい品種を作って"あなたをイメージしました"とかも良いと思いますよ~」
『ん? いや、私は──というか、ここにいるのは"維持"の随神だからな。"創造"はできないんだ。何かを作ると言うのは、創造の属性になるんだぞ』
そして、唯一創造ができる神は、ふて寝中だった。
「それで世界は大丈夫なんです?」
『……なら、聞くけどな。創造神の仕事って、何? 世界を創った後、どんな仕事があると思う?』
「えぇぇぇー? そりゃぁ、いろいろ──」
何と答えようかと、メディエは戸惑った。酒の神は面白そうに光を揺らしている。
「そうですねぇ~。あ、新しい神をつくるとか! 酒の神様も後で生まれた神様なんですよね!」
『残念でした。神は人から進化するので、間違いだぞ』
「えぇ~。じゃぁ、"迷宮"みたいなのは? アレは新しくつくったんでしょ?」
『いーや。あれは廃棄寸前の、システムを再利用しててな。もともとは、神々の暇潰しのゲームだったんだよ。みんなで迷宮を持ち寄って、誰の迷宮が最後までクリアされないか──って賭けてたんだよ。まぁ、三千年くらいで廃れちゃったけどな』
飽きちゃったしーと、酒の神は言う。
迷宮を造るノウハウは確立していたのか、とメディエは驚いていた。なるほど、図面を引いただけで迷宮ができていたのは、そんな過去のおかげだったのだ。
「へぇ~。創造神って超凄い神様だと思ってました。──仕事……ないんですね」
『うんうん。食べ物で落ち込んでるのを見ると、尊敬の念もなくなっちゃうな。君も気を付けてな』
「はぁ。……どんな神様なんですか?」
『あれ、会ったことない?』
おかしいなぁ、というように、酒の神は瞬いた。
メディエは神界での出来事をじっくりと反芻して、会ったことはないと結論付けた。
「ないですねぇ~。そもそも、ここに来たのは三回目ですし~」
『ふぅーん。興味ある?』
酒の神の言葉に、メディエは頷いた。
「横になってる……?」
『そう。ふて寝中!』
『今日も変わらずダレてるね~』
途中で青緑の光と合流したメディエたちは、創造神がいるという神界の奥に来ていた。
メディエの目の前では、創造神が床にだらーっと伸びていた。ついたばかりの餅のように広がる様は、いかにもやる気が無さそうであった。
『この世界の住人は、創造神の定めた理に支配されてる。で、”自分より上位の神を傷つけれない”と定められているんだよ。だから、無理矢理起こす事も出来なくなっている』
『神界で見ている悪夢が地上に流れて、魔王になっちゃってるんだ。地上には、イイ迷惑だよなぁ』
「へぇ~」
メディエは創造神に近付くと、手を伸ばす。返ってくる確かな手応えを感じて、メディエは感動すら覚えていた。
『地上にいる魔王とは意識が繋がっているんだ。だから、魔王に一撃いれると、神界で目が覚めるわけ』
「へぇー。ね、どっちが頭なの?」
『頭──と、認識した方かなぁ。今は意識してないから、どこも頭じゃないよん』
「ん────」
ぺちぺちと創造神を触っていたメディエは、光をつねってみる。揉んで引っ張ってつねると、光はメディエの意図に従って形を変えた。
「すげぇ!」
『えぇぇぇ~? さ、さわれるの? なんで? どうして?』
『触るな触るな。イイ子だから、ソレから手を放して、コッチ来い、な?』
酒の神と音楽の神──後から合流した青緑の光は、音楽の神だった──二柱の神は、慌ててメディエを止めようと手を伸ばす。
しかし、その手がメディエに届く前に、別の光がメディエの手を止めた。
下から伸ばされた光が、メディエの腕を止め、身を起こす。
『うっさい』
「あ、すみません?」
反射的に謝った後で、メディエは腕を掴んでいる光の出どころを目で追った。
その光は、ふて寝中のはずの創造神から伸ばされている。
『な、なんで……どーして?』
『エ、エ、エ、緊急事態ィィィィィィ』
酒の神の叫びが、神界に響き渡った。
『いやー。食べ物の怨みは恐ろしいって言うよな? オレ悪くないよな? だいたいさぁー、創造神のオレが見つけて取り寄せた菓子だぜ? なーんで横取りされねーといけねーのよ?
あの世界を見つけたのはランダムだったから、もう二度と行けねーし。取り寄せできねーし。
思い出したら腹立ってきたな。おーい、豊穣の。詫びに上旨い菓子を寄越せや』
万色の光が集まる中、その中心部に座った創造神が隣に絡んでいる。
お隣は件の──つまみ食いをした── 豊穣神のようで、必死に手と首を振っているように、メディエには見えた。
他の神々は、困惑半分の喜色半分というところだった。
『もうもうもう~。今、魔王がいなくなっちゃったら、迷宮はどうするの~。わたしの聖域はどうなっちゃうのよ~』
『そうだぞ! せっかく恋の神が作ったアトラクションをどうするつもりだ! 創造神は、後十年寝てくれたら良かったんだぞ』
恋の神がメディエを詰るのに、酒の神が追従する。そうだそうだと声が上がるのは、迷宮を楽しんでいるメンバーのようだった。
「あと十年待機とか、ひどい事言いますねー」
『まったくだ。なんだ? 酒のは恋のにホの字なのかなー? ん? 告白はしたのかなー? まだなのかなー?』
豊穣神から渡されたポテチをかじりながら、創造神が酒の神をからかう。
ポテチは地上からの捧げ物ということだった。他にも酒や果物が目の前に並んでおり、そのまま宴会に突入しそうな感じであった。
『創造神の目覚めを祝って……』
『カンパーイ』
『イエーイ』
宴会はすでに始まっていた。
酒の神が宴会に参加したそうに、チラチラと視線を動かす。けれど恋の神が気になっているのか、移動しようとはしていなかった。
『お、おーっ? 悩んでる。悩んでるね、若者よ!』
「あ、恋の神様も一杯どーぞ」
回されて来た神酒を、創造神と恋の神に注ぐまねをする。二柱は酒杯を取り出すと、メディエの前に差し出してくる。
それに酒を注ぎながら、メディエは疑問を口にした。
「神界でも神酒は瓶に入っていて、酒杯に注ぐんですね。なんか変な感じ」
『あー。それはー、お前がそう思ってるから、そう見えてるだけだな。酒と言えば瓶。飲み物と言えば杯って思ってるんだろうよ。
ンなことより、せっかくだから豊穣神の貢物でも食うか?』
「お。ありです~。美味しそうだなって思ってたんですよ」
差し出されたポテチを、数枚口に運ぶ。上等な油でカラッと揚げられ、深みのある岩塩が振られたそれは、まさに絶品であった。
「ふおおおぉぉー。さくさく、うまっ!」
『あー、まぁ。そりゃぁ御饌だからなー。美味いよなー』
メディエは追加分に手を伸ばそうとして、静かな周囲に気がついた。
酒が入った宴会の席なのに、一言の声も聞こえない。
恋の神と酒の神ですら、呆然と創造神を見ていた。
「う?」
『え。……いいんですか? ソレ……』
『よりによって、御饌を進めますか』
『いーの。いーの。どうせコイツ帰るとこないんだろ? ウチで引き取ってやれや。おーい。後でスキル見てみろ。偽神が常時スキルに入ったから。代わりに今までのは消えたから気をつけろよ』
「う?」
今までに付けてたスキル──なんだっただろうかと、メディエはのんびりと考えた。
ついでに、なんか凄い事を言われた気がする。
ウチで引き取るとは、まさかの永住許可なのだろうか。
『今は眷属神未満だけど、そのうち随神になって、オレに楽をさせてくれな』
「けんぞくしん? ずいじんって何?」
『眷属神っていうのはね。神の使いだったり神と人をつなぐ存在だったりするモノのことよ。あなたの世界にも、おキツネ様とかいたんでしょう? 随神はもっと神様より──なのかな~?』
メディエは地元の神社を思い出した。なるほど、狛犬がいたり、キツネの像があったりした。
その見習いになって、創造神の手伝いをすればいいという事だろうかと結論付けた。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
『ウム。励むように』
『しっかし、びっくりだな。そろそろ新しい神が生まれようというタイミングで、創造神が眷属を得るとはな……』
『うむ! めでたい! のむぞ──』
『イエーイ』
そして、再びの乾杯が行われた。
「ねえ、ねえねえ。新しい神様が生まれる──って、何のことなの?」
空になった酒杯に神酒を注ぎながら、メディエが恋の神に聞いた。
『えーっとね──』
『神は人から進化する、と教えただろう?』
恋の神の言葉にかぶさるように、酒の神が割り込んできた。
あちゃ~、とメディエは頭を抱えた。どこの世界に、好きな女性の会話をのっとる男がいるのか。
助けを求められたわけでもないのに、割り込んで話をしてくるのは──好感度的にどうなのだろうかと、つい心配になってしまった。
「あ……う、うん。さっき聞いたけど……」
『……』
恋の神が無言なのが恐ろしい。無言の圧力というものがあるならば、今感じているのがまさしくソレだった。
『人は生死を繰り返す。良い事をしたり悪い事をしたりして一生を過ごす。そんな輪廻の中で、ある条件をクリアした者が、神となるんだ』
「へー」
『神として認められた者は、最後に人に生まれる。その生の終わりの時に、神として目覚めるわけだ』
『最後に人に生まれるのは、おめでと~と、おつかれ~の意味があるの。神様になっちゃったら、仕事が大変だもん。あああ。ウチも早く新しい神が生れて、お仕事楽にならないかな~』
『その一生だけは、ハメをはずしていいよーっていう、バカンス的な意味もあるんだよー。でも、今回の子は随分と……う~ん、固いなぁ。あの子何の神になるんだろーねー』
三柱で考え込んでしまった。
『ん~ん。やっぱり、母親がヒツジの正体を知ってて、父親が神官だったのがいけないんじゃないかな? 幼少期のしつけのきびしさ、半端なかったモン』
「ヒツジ?」
『そう。"生贄の羊"──っていうスキルなんだけどね。それが、輪廻はお終いだよって合図なの』
「随分と物騒なネーミングだけど……」
『えーでも。次に神になる存在にささげられた赤子──ってわけで”生贄”。で、生贄っていったら羊だよね~って創造神が連想で決めちゃったから』
「へぇ。で、今そんな人がいるんだ。会ってみたいな」
メディエの言葉に、恋の神が笑う。
光の塊にしかみえないけれど、確かに笑ったとメディエは感じた。
『何言ってるの。知り合いじゃない』
「え?」
『あなたの言う、まっちょでゴツイ神官──知ってるよね? わたしたち、彼が生まれてから、ずーっと見守っているの。だから、あなたたちの事もすぐに気が付いたんだよ』
「で、賭けネタにしてたんだ──」
『あはは──ま、あなたは輪廻をすっとばしちゃうわけだし。水に流そうよ』