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十四話 王子一行による王道

 ハーヴィたちは、王都を東に向かって出発することにした。

 ちなみに、クレイブたちは西に向かっている。

 南はハーヴィとルリに止められ、北にはニンフの隠れ里があることから、消去法で東に向かうことになったのだった。


 王都を出て、まずは迷宮で顔見知りに挨拶をする。

 ノアのパーティは実力者揃いであることから、集う冒険者たちからはにこやかに送り出された。強力なライバルがいなくなることに、彼らは安堵したのだ。

街道に沿って東へ向かう。


 前回とは違う道を選んで、ノアたちは数日を過ごしていた。

 彼らはその間、商旅の護衛をして先へ進んだり、町や村で問題になっている魔獣の退治を行ったりと忙しくしていた。

 魔獣の巣になった洞窟の話を聞いたのは、ある町のギルドでだった。

 その町のギルドでは、冒険者たちが移動してしまった為に、依頼が多く残されていた。こまごまとした雑用は自分たちで片付けてもらうとして、彼らではできそうにない魔獣退治の依頼を四人は見ていた。


 そんな中にあったのが、魔獣の"巣"の殲滅だった。

 なんでも数日前に、魔獣に獲物を横取りされた若者が、跡を追って見つけたのだという。そこにいたのは、さまざまな蟲の魔物だった。カチカチと甲殻を鳴らして、死肉に群がっていたと証言している。

 世の中に魔物は多くいるが、蟲というのは珍しい。四人はどんなものなのかと、その依頼を受ける事にした。


 そして、実際に現地を訪れてみて、唖然とした。

 目の前にあるのは、壁にびっしりと産み付けられた何かの卵だった。白くぷっくりとしたそれの中に、黒い目がぎょろぎょろと移動しているのが見てとれる。

 それを見たルリは口を押さえて顔を青ざめさせ、ハーヴィは頬をひきつらせた。


「……片付けるから、ちょっと下がって……」

「ハーヴィ、私がやろう」


 ハーヴィが魔術を使おうとするのを遮って、リヴが前に出る。リヴが展開したのは、闇の魔術だった。

 漆黒の闇、何もない"無"が生み出される。目の前の洞窟を埋め尽くした闇は、そこに溢れる卵を全て削ぎとって、消えていった。リヴが使ったのは闇の上級魔術だ。他の魔術では残骸が残ってしまう為に、これを選んだのだった。

 きれいに無くなったのを確認して、ハーヴィがルリの肩を抱く。


「もう大丈夫だよ。いなくなったから」

「……ごめんなさい。ちょっと、気持ち悪くて……」


 ルリの顔は青いままだ。何だか嫌な予感がする、とルリは言った。


「着ている服まで、気持ち悪い気がするの。この服は焼き捨てた方が良いと思うわ」

「うん。じゃ、そうしようか」


 こういう"危険"を感じることに関して、ルリはここにいる誰よりもカンが働く。その言葉に三人は是を返した。


「しかし、相手がアレでは、オレとルリは非効率だな。お前たちに任せて良いだろうか」


 ノアの言葉はもっともだ。一度に多くを相手にできる魔術とは違い、剣技では複数を相手にするのは難しかった。

 特に小さく数が頼みであるような相手は、非常にやり辛いのだ。


「心得た。……たまにはこういうのも良かろう」


 迷宮で前線に立とうとして、失敗したリヴは張り切っていた。あのとき「剣を振るセンスが無い」とキッパリ言われたのを、気にしているのだ。

 同時に、得たはずの戦神の祝福はどこに行ったのか? とハーヴィは首を捻っていたのだが。

 そもそも、ノアたちに言わせれば、魔術師や神官が前に出ようとする方がおかしいのだ。正面から戦士──雑魚たち──を退けるハーヴィのスペックが変なだけである。リヴくらいは"普通"の神官でいて欲しかった。


 だが、今回ばかりは仕方がない。

 そう言い訳をして、リヴとノアを先頭に四人は奥へと歩を進めた。

 奥に進むに従って、道は暗く空気はじめじめとしていた。しかし、道幅は少しずつ広がっており、何か大きなものを引き摺った跡まで残されていた。

 何か大きな筒状の物。それを左右に降りながら、行ったり来たりした跡だった。壁には何か粉状の物が付いていて、それが服や手に付いては真っ黒に汚していた。


 地面に手を付いてそれらを確認していたノアとハーヴィが、難しい顔で話し合っている。その間、リヴとルリは周囲の警戒に当たっていた。

 ぶくぶくに膨れた幼虫を消し去って、リヴは周囲に鋭い目を向けた。

 洞窟の入口には卵があり、中ほどには幼虫がいる。この様子ならば、この先にいるものは成虫だろうと思われた。

 だが、その成虫はなんだろう、と上にも下にも油断なく目をやって。


「蝶か蛾の一種、だね。どちらかはわからないけど……」

「十中八九、蛾だろう」


 ノアとハーヴィが結論を出した。




 ○ ○ ○




 洞窟の最奥で、それは待っていた。己を滅ぼす者を。己の子を害するモノを滅ぼす者を。

 羽毛状の触角で空気の流れを感じ、それに混じる生物の臭いをかぎとる。複数の何かが近付いて来ている方向と確かめると、それは向きを変えた。

 体の半分はあろうかというずんぐりした腹を左右に揺らしながら、何とか向きを変える。退化した羽が壁にぶつかり、小さな石が音を立てて転がって行った。


『テキ──強いモノ──こロセ──テキ──』


 それの思考は、すでに粉々にされてしまっている。己ではない何かに支配される恐怖に、それは狂っていたのだ。


 ただ子を、卵を産むだけの存在がそれだった。

 飛ぶこともできず、逃げることもできず、ただ搾取される側に回ってしまった存在。それが、ようやく最期の時を迎えようとしていたのだった。

 強くなった金属の臭いを感じて、それは、威嚇音を出す。しゃわやわしゃわと前脚を子擦り合わせて、己の場所を知らしめていた。




 ○ ○ ○




 不快な音を辿って、道を進んでゆく。ヒカリノタマに照らされた洞窟内には、至るところにカビが生えていて、壁を不気味な色に染めていた。

 ポンと軽い音と共に、カビから胞子が飛んでくる。その胞子毎カビを焼き尽くして、ハーヴィが舌打ちをした。


「カビが多いね。カゼノヤイバで空気はカットしてるけど、見てるだけで嫌になっちゃう」

「これだけのカビが生えているならば、カビを食べる生き物がいても良いのだが……」


 息絶えた幼虫まで多い尽くすカビに違和感を感じ、リヴが言う。

 それにハーヴィが返事を返す前に、ノアとルリが警戒の声をあげた。


「リヴの疑問の答えがアレだな」


 ノアが指差した先にいるのは、予想の通りに蛾の化物だった。しゃわやわしゃわと脚を擦り合わせて音を発している。

 だが、その体にはカビがびっしりと何層にもなって全身を多い尽くしている。

 それでも、大きく開いた触角が、ぎこちなく震えて攻撃の意思を伝えてきた。


「燃やしちゃう?」

「胞子も残らないほど徹底的にね。終わったら、兄様に浄化していただきましょう」

「ああ。──しかし、この洞窟はなんなのだ? どうしてこんなに都合よく、村の近くに洞窟があるのだろうか」

「あら、兄様はご存知なかったのですか? ここは、観光地として有名な土地なのですけど」

「"試しの洞窟"と言いまして、この奥には、かつて勇者が使ったという剣があるんです。石化した魔物に突き刺さった状態で、ですけれど」

「だが、真の勇者ならば引き抜く事が可能だと伝承に残っている。そのため、血気盛んな若者の間では、人気の観光地なのだそうだ」

「詳しいな……」


 呆れたようなリヴの言葉に、三人は苦笑いを浮かべる。むしろ、どうして知らないのかと言いたげだった。

 彼らは王都を出る時に、観光ガイドマップを購入していた。その情報に従って、行く先を決めていたのだ。ちなみに、この村に来たのは、上質な絹織物の産地だからだった。

 この村の名産は絹で、目の前の魔物は魔蛾である。つまり、養殖されていた蚕が巣を飛び出して、洞窟に住み着いたあげくに魔物化したのだろう。

 いつカビに寄生されたのかは、調べようがなかった。

 魔物が魔カビに寄生されたのか、魔カビに寄生されたから魔物になったのか。どちらなのかは分からない。


 けれど、どちらにせよ──


「ホノオノヤ──」


 ハーヴィの炎が、魔蛾と魔カビの全てを飲み込んだ。





「あれが"勇者の剣"とやらか」


 魔蛾がいた広間から更に奥。清浄な水で結界が張られた先に、その剣はあった。

 なるほど、その台座になっているのは、魔物といわれれば納得してしまいそうな異形のナニかだった。

 くしゃりと潰れた体には、四本の長い腕がついている。憤怒に歪んだ顔からは、長く鋭い牙が唇を突き破って生えていた。倒れ伏す魔物の心臓を貫いて、剣の持ち手が見えている。

 それをノアたちは間近で見ていた。


「なんかね。ノアだったら抜けるかもって、神託を受けたんだけど。君、抜いて勇者になる気はない?」

「ないな。なんだ、この悪趣味な飾りは。どうして柄にドクロが彫られているんだ? 持ち辛いだろうが」

「……リヴ兄様は、この剣に見覚えはありませんか?」

「は? いや──見覚えはないな」

「ある意味で、神官がコレ持ってたら凄いですよね」


 さりげなく使っていた情報収集(オラクル)を止めると、真面目な顔でノアに声をかける。


「本当に良いの? 君だったら"勇者の剣"を抜けるよ」

「だから、抜いてどうする。オレたちは、神託の少年(ヒイロ)を勇者にすると決めただろう。わざわざ対抗馬を出してどうする」

「ああ。その問題もあったんだっけ……そうだね。じゃぁそういうことで」


 満足するまで剣を見た四人だったが、ここには剣以外の何もなかった。すぐに厭きてしまった四人は、さっさと帰ろうと剣に背を向けて歩き出した。


「しかし、アレを見るのが人気の観光なのか?」

「いえ、アレを抜けるか挑戦をするんです。剣の柄を引っ張ってみるそうです」


 清浄な結界により、浄化された空気は澄んでいて、鈴の音のような高い音が遠くから響いている。

 リン──と強く鳴った音が、リヴの足を止める。知っている音だったのだ。

 リヴの脳裏に音が響く。知っている音、身近な音、かつて側にあり続けた音──それは。


「兄さん!」

「え──あ、あぁ。遅れたな、すまない」


 いつの間にか、リヴの足は止まっていた。ハーヴィに腕をとられて、リヴは間近に迫った弟の顔を見る。

 心配そうにリヴを伺ってくる弟の様子に、リヴは鈴の音が遠ざかって行くのを感じた。


「リヴ兄様……何か気になるモノがありましたか?」

「特に何もないようだが」


 周囲を見回すのはノアとルリだった。彼らはまだ結界内にいる為、何かが襲ってくるとは考え辛い。それでも周囲を警戒して、剣の柄に手をおいていた。


「いや。そうではなく、その……鈴のような音が聞こえた気がしたのだが。気のせいだな」


 もう聞こえなくなったから、とリヴが続ける。


「この結界を維持している魔術具、かもしれませんね。清浄な音は結界の力を強めますから」

「あぁ。そうだな」


 名残惜しげに、リヴは後方を振り返る。しかし鈴の音はもう聞こえてはこなかった。


『……バイバイ』


 四人の背後で、勇者の剣が幽かに光を帯びて、消えた。




 ○ ○ ○




『ェエマァジェンシイイイィィィ』


 場所は神界。神の一柱の叫びが響き渡った。


 それと同時に起こったなにか。感じ取った異変に、黒神官は目を見張る。

 闇神殿の奥に眠る魔王──その存在の揺らぎを感じたのだ。


「何事だ? いったい、何が起こって」


 早足に魔王の寝所に駆けつけた黒神官は、そこに広がる空っぽの空間を見て呆然とした。


アイテム紹介

勇者の剣:過去の勇者が使用していた剣。多くの魔物を殺したため、"魔"の属性を帯びてしまった。

この魔剣の傷は普通の傷はとは違い、癒すことができない。加えて、数パーセントのスリップダメージを与え続ける。


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