十三話 神と精霊のペットと、雑魚と盗賊
「クスクス。酒の神は豊穣神ですわ」
ニンフ達の里から帰ってきたニンフは、セシル達に言った。
彼女はペットを連れて来ており、それを見たセシルは目を輝かせている。
セシルの視線の先にあるもの。それは、角の生えたウサギである。ウサギが耳を動かす度、鼻とひげをひくひくと動かす度に、セシルは感嘆の声をあげている。
というか、ウサギを驚かさないように声を押し殺そうとして、かえって奇妙な声をあげることになっていた。
「飛んだ!」
殺しきれなかったセシルの声が、部屋の中に響いた。
セシルに見せつけるように跳び上がり、そのまま宙を進むウサギに、セシルの興奮が高くなった結果だった。
ウサギって飛ぶっけ、とメディエは二度見してしまったが。宙を跳ねるウサギは、なんというか──新鮮だった。
今三人がいるのは、王都にある家の一室である。約束通りにハーヴィが家の権利をくれたので、正々堂々と住むことができるようになっていた。
人を雇って改装しようかとも言われたのだが、メディエたちがすでに手をいれている物件であるため、丁重にお断りをしておいた。
キレイさっぱり片付いた部屋と、広く豪華な風呂などなど、見せられないものがたくさんあったのだ。
「う~ん。プラトンが恋しい。オレのモフ──」
ウサギに手を伸ばしては、そっぽを向かれているセシルを見ながら、メディエは呟いた。
残念ながらトラック並の魔犬を王都に入れる事はできなかった。
プラトンが迷宮で受け入れられているのも、結局は"迷宮"という、非現実的な場所にいるからなのだ。そして、その迷宮で、明確な守護を担っているからであった。
プラトンと一緒にいられない事を、メディエは非常に残念に思っていた。
「クスクス。神の依頼よりも、ペットの事が気になるのですか? なかなか剛胆ですわね」
「そういう訳じゃないけどさー。いや、やっぱそうなのかな?」
メディエは首を捻る。
「その連絡をもらってから、神界に行ってみたんだよね。どういう依頼なのかなって確認に? そしたらさぁ、酒の神が片思い中の恋の神に振り向いてほしい! ってゆーか。同じ迷宮中に、同じようなエリアがあれば、自然にはな……し……」
もくッと変な声をあげて、メディエはその場に倒れた。倒れ込んだメディエの体から酒の匂いが立ち上って、ニンフは天井を仰ぐ。
「あらあら。何ということでしょう。人の恋路を邪魔する者は──などと言いますけれど、どうやら神にも当てはまりますのね。くすくす……」
なるほど、とニンフは不可解な酒の神の依頼に納得した。
あの陽気でハイテンションな酒の神が、恋をしていたとは。しかも相手は恋の神である。出来すぎであるものの、納得の行く配分でもあった。
「くすくす。これは里の皆にも教えなくては」
酒の神の恋に加えて、新しい神の誕生も、もう間近である。魔王さえ対処してしまえば、この世界に憂いはなくなる。
五十年──もしくは百年の平穏な時代がやって来るのだ。
嬉しい事は続くのね、とニンフは美しい顔を綻ばせた。
○ ○ ○
フレイルの玉が頭のすぐ上を通過するのを感じて、ナルは足に力を込めた。ぐっとバネを使って飛び上がると、エネミーの頭上を飛び越えて後ろを取る。
すぐさま突き出したナイフは、エネミーの分厚い装甲に邪魔をされ、ダメージを与えることができなかった。
ナイフを弾かれた事で、手に返ってきた反動に顔をしかめる。けれど、ナルの顔は強敵の出現に獰猛な笑みを浮かべていた。
「楽しいなァ、まったく。ここ最近は勇者サマの子守りばっかりで、つまンなかったンだよ! アァ……漸く面白くなってきやがった」
ナルの言葉に、相手は無言でフレイルを振っていた。
ナルが相手にしているのは、石でできた人形であった。人と同じサイズのゴーレムが、その怪力をもってフレイルを片手で振り回しているのだ。縦横無尽に繰り出されるフレイルだけでも強敵なのに、ゴーレムはかなりのスピードで接近してくる。
さすがのナルでも、簡単には手が出せないのだが──彼はその状況を楽しんですらいた。
振り向いたゴーレムの動きを観察し、関節の有無を確認する。人と同じ所に作られたそれらを見てとると、投げナイフを一本用意する。
さて、このナイフが刺さるかどうか──ナイフを投げると同時に、襲いかかってきたゴーレムの攻撃をかわす。
フレイルというのは、攻撃力はあるが、打撃武器である。
動作が大袈裟になり、小回りがきかない。フレイルの先端を、遠心力を使って振り回すのだから、軌道が読みやすいという弱点があった。
加えて、打撃武器とは、全身鎧のような重装備にこそ威力を発揮する武器だ。ナルのような軽装備──革の胸当てのみである──相手では、相性はいまいちだった。
フレイルはむしろ、ゴーレムを相手にする事に、最良の武器かもしれない。
肩の関節を狙ったナイフが弾かれて、ナルはナイフを諦めた。
人形の顔は目も口もないのっぺらぼうで、ナイフが刺さりそうな所はどこにもなかったからだ。
仕方なくナイフを仕舞うと、ナルはフレイルを掴んでいるゴーレムの腕を蹴りあげた。狙うのは肘の関節部分だ。そこ以外はまともにダメージを与えられないだろうと、ナルは判断していた。
ナルの渾身の蹴りだったが、残念ながらゴーレムの動きを止めることはできなかった。
着地するタイミングに、フレイルの攻撃が合わされる。
慌てて体を捻るが、フレイルはナルの肩を掠めてゆく。勢いの付いた攻撃は、かすかに触れただけのナルのバランスを崩し、吹き飛ばした。
ごろごろと転がりながら距離をとると、痛む肩を押さえてナルは立ち上がった。
「チッ。さすがに硬ェな。さて……どうするかねェ」
ナルは、傷を負った腕を動かして調子を確認する。指は思い通りに動かせるものの、腕を上下させると、肩から胸にかけて鋭い痛みが走った。
こりゃァ、どうも動かせねェな、とナルは左手を諦めた。
(となると、次の手は──)
ナルは自由に動く右手に、魔力を集め始めた。
「魔術でブチ壊す──」
「……」
ゴーレムが、ナルとの間合いを詰めて来た。
ゴーレムが腕を大きく振りかぶって、フレイルを叩きつける。正確にナルがいる場所を狙われたそれは、正確である故に、筋を読むのもかわすのも簡単であった。
半身分、外向きに身をずらすだけで、衝撃は半減する。ナルはその勢いのまま、準備した魔術を肘に叩き込む。
火の魔術がゴーレムの腕を崩してゆく。ぼろぼろと砕け落ちてゆく欠片を見ながら、ナルが勝利に唇を綻ばせた瞬間──ナルは正面からの一撃を受けて昏倒した。
薄れゆく意識の中で、ナルはゴーレムが左手を高く掲げるのを見た気がした。
勝ッた! by雑魚




