十二話 恋の庭(恋の神の祝福をいただける庭園)
神からの下命から数日。迷宮の新しいエリアの噂が広がっていた。
迷宮に挑んでいる──暇潰しともいうが──ハーヴィ達も勿論その噂を聞いていた。
「迷宮の中に、新しい場所ができたそうですよ。一緒にいきませんか?」
恋の神の領域だと知っていて兄を誘うところは、さすがのブラコンである。当然、兄の反対には妻がいて、両手に花だとホクホクしているのがハーヴィだった。
「自身の兄を"恋の庭"に誘う者がどこにいる。ルリを誘いなさい」
「恋の神の祝福を受けられるそうですわ。よろしければ、リヴ兄様もご一緒に」
「ルリ。お前まで……」
義妹の言葉に首を振ると、リヴは磨いていた幅広のナイフをテーブルに置く。そのまま次のナイフを手に取ろうとして、ハーヴィの手がナイフをさらっていった。
「どうしてナイフの手入れなんかしてるんですか? これは野営用のナイフですよね」
「ああ。迷宮ができてから、王都に冒険者が集まっているだろう。その為に地方の魔獣を退治する者が減っているそうでな。足を運んで欲しいとの依頼を受けて──」
「受けたんですか?」
リヴの言葉に被せるようなハーヴィの声にリヴは言葉を詰まらせた。探るような弟の声色に、ため息が漏れるのも仕方がないことだった。
「いや。まだ受けてはいない。だが、これ以上冒険者が迷宮に集まるようならば、地方を回るのも良いと、ノアと話をしていてな」
「あんにゃろめ。兄さんに変な事を吹き込みやがって……」
「まぁ、お兄様。仲間はずれだなんて嫌ですわ。私たちにも声をかけてくださいな」
左右からかけられる弟たちの声に、リヴは小さく笑みをつくった。
「いや──魔物といってもたかが知れていよう。せっかくの機会だ。お前達は王都でゆっくりしていなさい」
「お断りですわ」
「絶対にヤですからね。何と言われてもついていきますよ」
「だがな……」
リヴは、結婚当初から二人きりにはなれなかった弟達を不憫に思っていた。せっかくなので、二人っきりの時間をもってもらおうとしての気遣いだったが、切り捨てられていった。
弟がじっと行動を見てくるのを感じたが、リヴは目をそらせた。あからさまに揺れた目が、卓上をさ迷う。
「それで、どちらに向かう予定ですの? 何か見過ごせない物がいたのでしょう?」
「あ、ああ。いや、その。ギルドでダンク達に声をかけられてな。──覚えているだろう。あの、トラブルメーカーのパーティだ」
ダンク達は、地雷ばかりを選ぶパーティとして有名だった。付いたあだ名が"トラブルメーカー"。当然、ハーヴィもその名を知っている。
「彼らは地方を回るのだと言っていてな。なんでも迷宮の問題が解けないのだとか。あまりに解けない問題に、ライガが癇癪を起こしらたしい。それで王都を出るそうだ」
「なら、彼らに任せていたら良いじゃないですか。兄さんが出る必要がありますか?」
手にもったナイフをもて遊びながらハーヴィが言う。ピアニー家の侍従によって、丁寧に手入れされているナイフは、キラリと光を反射させた。
「そうは言うが、冒険者達が王都に集まってきているのは事実だ。そのような状況が長く続けば、辺境の治安がどうなるか……」
「それこそ、ディーノの役目でしょう。彼ら騎士の役目こそ、国を守る事のはずです」
「今の騎士団にそれができると思っているのか?」
「まさか!」
ハーヴィは胸を張って言い切った。だが、言いきる内容は決して良いことではない。
「一応聞いておきますけれど。兄さんはどの方向を考えているんですか?」
「南の──」
「ダメです!」
「いけません!」
ハーヴィとルリの鋭い声が、リヴの言葉を遮る。
言葉が重なったことに二人は顔を見合わせると、視線を絡めた。二人の間を沈黙──というか、無言の会話を交わして。
「兄さん。南はダメですからね」
「絶対ダメですから、お兄様」
二人は声を揃えてリヴに詰め寄ったのだった。
○ ○ ○
勇者の試練が数日におよんでしまい、メディエは試行錯誤していた。
瞬殺される勇者と聖女のペアも、続いて殺されるプラトンも、どちらも可哀想である。
せめて勇者には、善戦するくらい頑張ってもらわないといけない。メディエはプラトンの左右の頭にバッテンのついた轡を噛ませてみた。これで、戦力は三分の一であろうと。
なのに。それなのに、ほんの数分で勇者が殺られたときは、本当にどうしようかとメディエは頭を抱えた。
もちろん、そのすぐ後でプラトンが殺られたのは、言うまでもない。
「ホント、どうすりゃいいの」
「そもそも、どうして一撃なんだろうな」
傷心し、甘えてくるプラトンを撫でながら、メディエとセシルはため息を付いた。
現在、最上階ボスの部屋には"調整中"の文字を掲げている。せっかく登ってきた 勇者には悪いが、今日は雑魚狩りで我慢してもらおう。
「そういえば、雑魚ッチが、豹人と戦ってみたいって。今度負けたときに、ボス部屋の解答を落としておいてね」
猫科の彼は、有名な黒豹人の盗賊だった。彼が最上階まで来ていることを伝えると、雑魚達のテンションは上がりに上がり、誰が相手をするかで口論になっていた。その際手も出ていたようだが、結果どうなったのか、メディエ達には知らされていない。
化物の上には化物がいると、メディエは呟いたのだが。そんな雑魚ッチをいなしてしまうハーヴィはどうなのかとか、考えそうになって思考をそらせた。
「プラトンの防御力あげたいよなぁ~。このまんまじゃ、可哀想だし」
「けれど、プラトンの防具って毛皮だよ。防御力をあげてしまって、毛皮がガチガチに固くなったらどうする」
「え──」
考えたことなかった、とメディエはプラトンを見る。手触りの良いふわふわの毛皮に柔らかそうなお腹──たしかに、プラトンは愛玩であって、戦闘用ではない。
可愛さと硬さ──どちらをとるかと考えて、メディエは迷い無く可愛らしさを選択した。
弾力のあるプラトンのお腹に飛び込んでメディエは思う。このふわもこを失うなんて考えられない、と。
「まぁ、次から黒豹さんの相手は、雑魚ッチに任せたら良いから。後一回だけだし~」
プラトンは顔を伏せ、天を仰ぎ、口を開けてショックをアピールした。
しかし、せっかくのアピールも、お腹にへばり付いたメディエには見てもらえない。
「恋の神様の依頼もウケが良いみたいだし。今日も沢山のお客さんでにぎわってたって。でも、酒の神に同じような依頼されてるのは困るよね。どうしようか、アレ?」
「う──────ん」
恋の神の祝福した庭園は賑わっている。基本は巨大迷路で、ところどころにチェックポイントがわりの休憩所を設けている仕様だ。
そこでは、神の祝福のこもった記念品を受け取れるのだ。記念品になるのは、色形は異なるものの、ペアである何かだった。それこそ、そっくりな小石から宝石の原石。彫刻から生花まで、ありとあらゆる物が恋人達に送られていた。
お守りにしても良いし、加工してアクセサリーにしても良い。それぞれの腕とセンスの見せ所だった。
若いカップルから家族連れまで。皆が楽しめるお手軽な迷宮──というのが、このエリアのコンセプト。一般人を呼び込むのだから、エネミーはでない仕様であることも、人気のになる理由である。
それと同じような物を作れと、酒の神──つまりは、娯楽の神であろう──に無茶を振られているのだった。
「酒がメインで、楽しめるところ……どうしろと?」
「うーん。恋の神とは違って、丸投げなのがひどいよね」
どんなものをつくるか。二人には良い案が浮かばななかった。




