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十一話 迷宮クリア寸前の落とし穴

 他の人々が真面目に迷宮を攻略している中、勇者たちは今日も裏道を上がっていた。

 すでに最初のボスはクリアしており、それからも数体のボスエネミーを攻略していた。小ネズミの群れ、力自慢の雄牛、美しい声の鳥女まで。そのありさまは多岐にわたっていた。

 そして、今。三人は最上階のボスの扉の前で困っていた。いつもならば、扉の前に立てば開くはずの扉が開かない。どうしてだろうかと、三人が周囲を探し回った結果。扉の前の石碑に目を向けたのだった。

 今までのボスにはなかった石碑である。

 どんなことが書かれているのかと、それを見て。


「勇者の証をみせよ──なんだァコリャぁ」


 ナルが首をひねった。


「勇者の証、ですか。それは、このバラバラになって落ちている数字の板と関係があるんでしょうか」

「勇者の証ですか……」


 三人の足元には数字の書かれた数字盤(プレート)が散らばって落ちている。ついで、石碑の下部に、縦九マス、横九マスの 枠が書かれていることに気がついた。枠の中にはいくつかの数字が書かれており、石碑の完成を待っているのだ。

 この仕掛け(ナンプレ)自体は下階から出てきているものの、この問題は激難レベルだった。しかも、探索を行わず、ボスまっしぐらで来ていたヒイロ達にとっては、初見の問題になる。

 三人はどうして良いのかわからず、顔を見合わせた。


「この問題を解くことが、勇者の証になるのでしょうか?」

「さてなァ。それこそ、お前達が聞いている電波──幻聴? は、何て言ってンだ?」

「それが、ここでは何も聞こえなくて……」


 この階層に上がってからは、神の声は聞こえなくなっていた。

 ここまでは煩いくらい──それこそ、階段を登る間も、ボス戦の間も、ずっとおしゃべりが聞こえていたのに、だ。


「欲しい時に役にたたねェな、オイ」

「使ってみますわ。お待ちになって……」


 ナルの言葉に、フリーダがオラクルを使用する。スキルを使用しなくても聞こえて来る声に、しばらくオラクルを使っていなかったことを思い出した。

 数日ぶりに使うスキルは、なんだかいつもと違うところに繋がった気がした。


「神よ、どうかお言葉を──」

『よくここまでたどり着きました。勇者よ……』

「ヒイロ。スキルを使ってくださいませ」

「うん」


 顔を綻ばせたフリーダに言われて、ヒイロもオラクルを使用する。スキルを使った二人だけに、声が響いてきた。


『勇者よ。あなたが為すべき試練へと誘いましょう。石碑の裏に突起があります。それを引き抜きなさい』

「わかりました」


 指示されるがままにヒイロ達が移動する。ヒイロの指示で三人が石碑の裏に回ると、そこには確かに突起があった。ただ、突起の上には、"全削除"と刻印がされている。

 そう、これは嵌め込まれた全てのプレートを押し出す為の突起(リセットボタン)だったのだ。

 だが、今回ヒイロがそれを引っ張ると、カチリと音がして手の中に突起が落ちてきた。

 その先はくねくねと降り曲がった、異様な形をしている。


『さあ、その鍵で扉を開けるのです。そして、試練に打ち勝ってみせなさい』


 言われてよくよく見れば、扉の飾りに欠けているところがある。そこは、手の中の鍵がぴったり嵌まりそうな形をしていた。

 ヒイロは手にもった鍵を、そこに近づける。ゆっくりと近付けたところ、ふわりと鍵が浮き上がって、扉に吸い込まれていった。少しの間をおいて、扉がゆっくりと開いてゆく。

 誰も触れていないのに開いて行く扉の向こうで、三つの顔をもつ魔犬が、荒い息を吐いて三人を待ち受けていた。




 ○ ○ ○




 ピン・ポーンと、軽快なチャイムが鳴った。

 メディエはモフを堪能しているプラトンの腹から顔を上げ、セシルは愛の神から送られてきた図面から顔を上げた。


「勇者が最上階に来たみたい。合図(チャイム)だね」

「オケー。じゃ、コレ原稿ね。よろしく」


 プラトンから離れたメディエが、セシルに紙を渡す。びっしりと書かれているのは、勇者への連絡内容だ。

 最上階のボス部屋は、開け方によって違う部屋に繋がるようになっている。ナンプレを解けば、雑魚ズが守る報酬の部屋へ。鍵を使えば、勇者の試練の部屋へと進むのだ。

 鍵のありかは神託で告げることにしている。挑戦者が最上階でオラクルを使えば、その連絡(チャイム)がセシル達に届くようにしているのだ。


 その連絡が届いたのだと、セシルはオラクルを使用すると、勇者とコンタクトを取り始めた。

 目を閉じてぶつぶつと呟くセシルを横目に、プラトンはメディエに額を擦りつけると、静かに迷宮の門をくぐっていった。

 勇者の試練。そのボスはプラトンである。

 プラトンはこれから迷宮を登っていくのだ。最上階ボス部屋までの直通の裏道を作っているので、走って上がれば十分に間に合うだろう。


 勇者へと神託(でんぱ)を送り始めたセシルを見て、メディエは今後に思いを馳せた。

 勇者が最上階にたどり着いたということは、本格的に魔王を倒しに向かうということだった。魔王を殺す必要はない。眠り続ける本体に一撃をいれればいいだけだ。反撃も何もないはずなので、問題なくクリアできるだろう。

 そうしたら、メディエ達の冒険(ゲーム)もお仕舞いになる。


 その後について、メディエは悩んでいた。


 セシルは帰るだろうと、メディエは考えていた。

 彼を──否、現実の"彼女"を蝕む病気を癒してくれるというのだから、セシルに文句はないはずだ。


 だが、メディエは帰りたくなかった。

 この世界で自由に生きていたかった。誰も傷付けず、誰にも傷付けられず、思う存分ペットをモフって暮らしたかったのだ。

 けれど。はたして、神々はなんと言うだろうか。受け入れてくれたら良いのに、と悩むメディエの前に黒い塊が落ちてきた。

 慌てて距離をとると、それは気を失った聖女と勇者だった。プラトンに負けたために、迷宮の外に転送されてきたのだった。


「早ッ! 弱ッ!」

「ちょっと……これ……」


 唖然とするセシルとメディエの前に、今度はプラトンが転送されてくる。

 きゅうと目を回したプラトンを見て、メディエが声をあげた。


「強ッ!」

「ね、猫人の彼、強いね……」

「ん? 猫だっけ?」

「え。尻尾が猫科だったけど」


 自由自在に動く、しなやかな細身の尻尾を、セシルはしっかりチェックしていた。メディエは、理想の(ペット)を手に入れたため、そこまで周囲を気にしていなかった。

 それにしても、勇者が先に殺られた以上、プラトンを倒したのはその猫科の男しかいない。そう考えながら、メディエは気絶したプラトンの頭を撫でた。

 簡単な引き算である。勇者のパーティは三人で、勇者と聖女が負けたのだから、残るは彼だけなのだが。

 その男はずいぶんと細身だった気がする。細身の彼が一人でプラトンを相手にして──瞬殺したのだろうか。何と強いのだろうかと、メディエは震え上がった。

 彼は軽戦士か盗賊か。どちらにせよ、雑魚ズ並みに強いのは確かだった。

 最高位の魔犬を相手にして、逃げるどころか喜んで追いかけ回す戦闘狂を思い出して、メディエは遠い目をした。


「その、三人目の情報が欲しいね」

「だよなぁ。雑魚ッチ、何か知らないかなぁ?」


 待つ事数分。敗者──勇者と聖女──を迎えに来た男の耳が、猫ミミでないことに気が付き、セシルはショックを受けていた。


「ま、丸い……?」

「何ミミだよ、アレ? ライオン? トラ? ピューマ? しっかし大型猫科か……そりゃ強いわ」


 しっかりと身の入った長い尻尾と、先端が丸くなったミミ。それは猫ミミではない。違うものだった。

 感激に身を震わせる二人の横で、大型の犬(ケルベロス)が恐怖に身を震わせていた。


A.豹の英語表記はパンサーです

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