十話 勇者と聖女とお邪魔ムシ?
なんだこれ。と、ナルは呟いた。
「ヒイロ。そこ罠がありますわ」
「あぁ。ありがと、フリーダ」
「いいえ。お役に立てるなら、これくらいなんでもありませんわ」
やけにキラキラしたフリーダが、 じっとヒイロを見つめる。視線に気がついたヒイロがフリーダと目を会わせて。たっぷり見つめあった後、真っ赤になって目をそらせた。
「なんだってんだァ、この茶番はよォ」
飛びかうハートマーク。迷宮にいるのに、そこだけが違う空気に支配されてるかのようだった。
その空気を嫌がっているのだろうか、エネミーですら姿を見せない。できることならば、自分もこんなところにはいたくない、とナルが逃亡を考えていた時だった。フリーダが奇声をあげて、ヒイロから遠ざかった。
あ、と思う間もなく、フリーダは見破ったはずの罠──落とし穴に引っ掛かって落ちていった。
「フ、フリーダ!」
ヒイロが慌てて穴を覗き込むが、もう遅い。フリーダの影も形もすでに見えなくなってしまっていた。
「なんで、そんなに動揺しなくても……いや。わかるけど……」
この迷宮に入ってから、ヒイロとフリーダには独り言多くなっていた。いや、目には見えない何かと話をしているというべきか。
最初の頃、フリーダがビクビクしきりだったのを思い出す。フリーダはいきなりナルに詰めよると、「ずるい」と叫んだのだった。
「風の神のご加護をお持ちだなんて、ずるいですわ。ヒイロ様だって、だって! どうしてわたくしは、わたくしは──」
「落ち着いてください、フリーダ様。迷宮を攻略するのだから、探索の神のご加護はありがたいものです」
なにが起こっているのか、フリーダが話している言葉の意味が、ナルにはわからなかった。しかし、ヒイロは理解しているようで、的確にフリーダを慰めたのだった。
同行の二人が聞き取れているのに、一人だけ蚊帳の外というのは、仕方がないのかもしれないが、疎外感があった。
「まァ、いいけどナァ」
若者がいちゃつくのは仕方がない。疎外感があるのは非常に残念だが、これも仕方がない。
けれど、よく分からないものに動揺して、想定外の行動をとるのは止めてもらいたかった。
○ ○ ○
「デートコースですか……」
神からの連絡は、ニンフを通じて行われた。
『別にデート専用でなくてもいいんだけど~。でも~迷宮探索のドキドキって、恋のドキドキになりやすいっていうか~。そんなカンジ?』
「なるほど、つり橋効果ですね」
「つり橋効果?」
「ええ。恐怖と、胸の高鳴りを誤認してしまう現象の事をそう言っていました。でもどうして、デートなんですか? カップルをつくってどうするんですか?」
『どう……って。あたしは愛の神だもん、恋人を作って当然だよ。愛の神が祝福する、迷宮ドキドキツアーとか、チョー良くない?』
恋の神の声を、地上ではニンフとセシルが冷静に受け止めていた。
迷宮ドキドキツアー。しかし、それは諸刃の剣になりかねないと、セシルは考えるのだった。
なぜなら、セシルは、夢の国に行ったカップルは別れる、という言葉を知っているのだ。はたして迷宮ドキドキツアーは、鬼になるのか蛇になるのだろうか。
「この国に、恋人のための娯楽が少ないのは確かですわ。隣国には、庭園が一般に開放されておりますもの。いつも美しい花々が今が旬とばかりに、咲き誇っておりますわ。その様は、さすが芸術の国と申し上げるばかりですわ」
「隣国? あれ、そういえば、隣国の話を聞いたことがないけど、どうして? そこの人達は来ていないの?」
何をいまさら、とニンフは笑った。
「魔王に対処するのは、魔王が生まれたその一国のみ、と決められているの。魔王がいる間は、国境は閉鎖状態。入ることも出ることもできないようになっているのよ。かつて、無理矢理その禁を破った国があったのだけれど、翌日には滅んでいたわ。それを行ったのは神々でね。神々は魔王の瘴気を世界に広めたくないのよ。最悪、一国の犠牲で終わらせたいと考えているから、世界から一国を切り離しているの」
さすがは神の業であった。
やる事がマクロすぎる、とセシルは呆れた声を上げた。
「そんな恐ろしい罰をあてる神様がお望みなら、ドキドキできるデートコースを作りましょう。でも、どんなところにするかは考えてくれるんですよね?」
『もっちろんよ! まかせて! 皆の心臓がギュ~ってなっちゃうくらい、すっごいアイデアを上げてみせるから!』
「ええ、楽しみにしています」
作るのはいちゃらぶデートコースだというのに、この恋の女神様は何を作るつもりなのだろうか。
一抹の不安を覚えながらも、セシルは愛想よく返事をした。
今更ながら、神罰をうける気はなかったのだ。
オラクルが聞こえないレアキャラから見た二人の様子でした