八話 (ナンプレ的)敵は神界にあり
『ようこそ、ウェルカム』
能天気な声をかけられて、メディエは目を開けた。
目を開けた先にあるのは、点滅する光。ちかちかと不定期に輝く光が、ふわふわと宙をただよっていた。
「えーっと……?」
いったい何をしていたんだっけ、とメディエは記憶をたどった。
メディエの記憶の最後は、微笑みを浮かべた美女 の顔だった。彼女は蕩けるばかりの笑みを浮かべて、メディエを見ていた。それなのに、いったい何がどうしたというのか。なぜ、こんなところに一人でいるのか。
『ここは神界だぞ。稀人よ』
『そうそうそうそう。少し話がしてみたくてね。ニンフに頼んで、君を連れてきてもらったんだよ』
『ねー。ナンプレのヒントちょうだいよ。ヒントー』
『あぁ、このクイズというのは、なかなか面白いな。なぁなぁ、もっといろんな種類をくれないか』
「えぇと……しんかい? かみさま?」
メディエの近くに集まって来ていた光が、一斉に胸をはった──気がした。勿論光なので、はっきりとしたことは分かたないのだが 、偉そうにしているのだけは理解できた。
「神界っていうと、ハーヴィさんたちに、ナンプレの答えを教えてた人たちだよねー。ひどいよねー」
『うむむむむ。そう言わず。ヒツジらはテストプレイなのだから、多少の目こぼしをもらっても良いのではないか』
『そうだよー。君たちのオネガイを聞いて、"勇者"を作ってあげたんだからね』
「あ、そうなんだ。勇者は勇者で決定?」
誰がしゃべっているのか分からない為、目の前で光っているのに向かって、メディエは声をかける。
『うむ。そなたらの剣を携える者を"勇者"とし、その証は迷宮で授ける事にする。盗み聞きのスキルも、今後活躍してくれるだろうよ』
「お好きにどうぞ~。この世界の事だし、深入りするつもりはないからね」
『うんうん。で、何がほしい?』
「え?」
思いもよらない言葉をかけられて、メディエは困った。何がほしい、とはどういうことだろうか。
『魔王を片付けたなら、元の世界に帰るだろう? その際に望みを叶えると言ったのだ』
「えええぇぇ~。帰らないとダメなの? 帰りたくないんだけど」
『そうは言うが……そなたらの体は特別製でな。この世界とは規格が合わぬのだ』
「セシルは? もう一人は何て言ってたの?」
肩をおとしてメディエは言った。光たちは何かを訴えるように点滅を繰り返す。
『確かにアレも帰りたくないとは言っていたようだ。だが、アレは……』
「だよねー」
『しかし、問題があるなら、解決すれば良いだけだ。病気だというなら、治せば良いだけのこと』
『人の子の病を治すなんて、簡単なコトよね』
『だよねー。だから、帰る前にもっとゲームをちょうだい』
「え。帰らねーよ?」
『え』
『何で?』
光たちの言葉を、メディエはあっさりと否定した。いやいや、と首を振る。
『だって、病気は治してあげるのに』
『そうだ、そうだ。何の問題もなくなるのに。なんで嫌なんだ?』
「そう言われてもな。病気なのはセシルであって、オレじゃないし」
『え』
『あぁ、事故かなにか? なら、事故の前に戻してあげるよ』
『そうそう。五体満足、ピンピンして──』
「事故でもないし?」
光は苛立ったように点滅を繰り返す。ちかちかと痛いほどだった。
『うーむーむー』
『ちょっと、失礼するぞ──』
光がメディエに覆い被さってくる。巨大な何か、まるで水に入ったかのような軽い抵抗感がメディエを包み込んだ。
ぬるま湯のような光だった。優しく、全てを包み込み、見透かされるような感触。
光は、メディエの記憶と感情に手を伸ばしてきていた。
記憶が読み取られてゆく。楽しい記憶、悲しい記憶。忘れてしまいたい記憶までも覗き込んで、光はメディエから離れていった。
『うむむ、どうしたものか、これは』
メディエから離れた光が、厳しい言葉をこぼす。メディエが戻りたくない理由を見てしまっては、無理に帰すこともできかねた。
『ダメだったの?』
『ならば、もうこの世界に受け入れるしかないだろう。無理矢理帰すのはできんのだろ?』
『うぅむう』
光は困惑の感情を返したのだった。
メディエから離れて、光が集まっている。その集団から二つの光が外れて、メディエの前で揺れてみせた。
光は、微かにピンクと緑色をおびて輝いていた。
「それで、結局、魔王ってなんなの? どんな悪いことしてるわけ?」
『魔王ねー。魔王は悪いけど悪くないのよー』
のほほんとピンクが言う。その言葉を緑が補足した。
『魔王が面倒なのは、周囲に影響を与えるって事だ。"魔王"はネガティブな感情だ。それが世界に現れている間は、世界中の生き物がマイナスに振れやすくなる』
『よくわかんないけど、ヤな気分になったり。いつもなら何でもない事でイライラしたり、落ち込んだり。そういう気分になりやすくなっちゃうんだよね』
「へえ──。なら、何で魔族だっけ──の親玉なんだろう?」
『ニンフから、魔族になる条件は聞いたはずだ。強い感情に支配された者が魔族になると』
『ホントは、感情ならなんでもオッケー。でもでも、喜びって長続きしないから。魔人のほとんどは悲しみや苦しみ、怒りに変化しちゃうの。でも、魔王がいなければ、そこまで追い詰められないはずなんだよ。だから、"魔王"なんて言葉が生まれたんだ』
「へぇ。ってことは、魔王じゃない呼び名があるってことだよな? 何て言うの?」
『えー? 知りたい? 知りたいの?』
どうしようかなと、ピンクが揺れた。緑も即答はしない。だが、緑は少し考えて、是を返した。
『魔王と言われているのは"神"の一柱だ。創造神にして破壊神。全てを創造し、いずれ破壊する者』
『神々の中の神。主神オラファーブこそが"魔王"なんだよ』
「え? えー? え──? それ、いいの?」
メディエの顔がひきつった。
まさか"神"を相手にする事だとは、思ってもいなかったのだ。しかも、相手は主神──神々の最高位である。
そんなのを相手にして、大丈夫なのかと。生きて帰れるのだろうかと、勇者の身を心配してしまう。けれど、身を震わせたメディエに、光たちは笑ってみせた。
『別に魔王をどうこうできる訳じゃないさ』
『そうそうそうそう。ちょっと、チクとするくらいだもんね!』
「チク?」
『そうだ。魔王にとっては、悪夢を見ているようなものだ。だから、ちょっと刺激を与えて、意識する物を変えさせる』
『一度我に返れば、なんでネガってたんだろうって、下らない事だもんね』
「……どんな理由?」
メディエの質問に、ピンクはそっぽを向いた──気配がした。緑も返事をしない。
『知らない方が良いと思うな』
『うん。まぁ──うん、そういうことで』
「わかんないって。で? 理由は?」
ここが食いつきどころとばかりに、メディエが繰り返す。
『うん。うん──うん。知りたい?』
「知りたい!」
『じゃぁ、ナンプレのコツ、教えて』
『じゃなくて。お気に入りのお菓子を食われたから! 大切に隠していたっていう最後のキノコの里を、食べられちゃったんだよ』
「まじか。そんなことで……」
『五十年くらい前も、おんなじ事してたよね。誰だか知ってるけど、地上への影響が半端ないから、止めて欲しいんだけどな』
『百五十年前もな。いいかげん諦めたら良いのになぁ』
「いやいやいやいや。犯人がわかってるなら、対処しようよ?」
『でも、相手は豊穣神だからなぁ』
『つまみ食いのお陰で、地上にチョコレートが生まれたんだぞ?』
チョコレート……とメディエは呟いた。チョコレートは食べたい。久々の甘味に、メディエの心は動いた。
『百五十年前は、チーズ味のポテトフライだった。そのお陰で"発酵"というシステムが組み込まれたしな。盗んだ奴は、いまじゃぁ酒とつまみの神だぞ』
「なに、その後付け設定。普通は、先に現象があるんじゃないの?」
神とは一体──と、メディエがため息をつく。チョコレートにせよ、チーズにせよ、後付けばかりなのはどう言うことだろうか。
『そうはいうけどね。こういうシステムなんだって言うしかないかな。こーゆーのも楽で良いよ』
『システム自体の神格は、最初にいた四柱くらいだぞ。魔術の守護者。地水火風の神々。それにオラファーブの光と闇。これがこの世界の根源だ』
「それ以外は後付けなわけね」
『ちなみに、君もたぶん"神"になってるぞ。神界にいるっていうのは、そういうことだからな』
緑に言われて、メディエは犬ミミに触れる。これはニンフの装備品だ。そなのだから、どんなスキルがついていても驚きはしない。
そう、たとえ偽神というスキルがついていようともである。
「神界に来るしか使えないスキルって、使えないよなぁ」
『そう言われると、ちょっと悲しい』
『もう一人と違って、君はオラクルを持っていないから。話ができないからね。用事があったら、おいで』
『あ──』
緑の台詞が、耳に残った最後の言葉だった。何かを言おうとしたピンクの言葉は、途中で途切れる。
視界がブラックアウトする。目の前が真っ暗になるのを感じて、メディエは頭を押さえて──おそるおそる目を開けると、そこにはニンフが美しい顔に笑みを浮かべていた。
「クスクス……おかえりなさいませ」
「ただいま」
メディエは、ニンフとは対照的に頬を膨らませたのだった。




