七話 王都ギルドにて職員と
セシルとメディエは大量のロブヌターを、王都のギルドに持ち帰った。
王都のギルドには、相変わらず人があまりいない。みな迷宮の方に出ているからなのだが、それにしても人がいないのはなぜだろうと、メディエは首を傾げた。
冒険者はまったくいないのに、カウンターに座っているのはクレイブだった。その横にいるのはニンフ。二人はいちゃつきながら、時間を潰しているようだった。
「あれー。何でクレイブさんがいるの? 迷宮の方じゃなかったの?」
「迷宮か……」
「クスクス……逃げてきたのですわ。クスクス」
分からないことは聞くのが一番。そう思ってメディエは声をかけたのだが、まさかの返事が帰ってきた。
「逃げてきたって、何?」
「どういうこと?」
セシルも声をあげる。よくわからない、と二人で声をそろえた。
「つまりね、ギルド的に迷宮前支店は戦場なんだよ。誰のパーティが良いアイテムを手にいれて帰るか。そのパーティを手中に納めるにはどうすればいいか──貴族や商人達の駆け引きが酷くてね」
「数日前にギルド員になった方々が、我が物顔で仕切りだすのですわ。もう、嫌になってしまって」
ため息をつくニンフの顔は、嫌悪に歪んでいた。あまりにあまりな表情に、クレイブは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「仕事を放置して私を口説きはじめるんですの! まったく、あの方々は仕事をなんだとお考えなのでしょうか。そんな無責任な方になびくなどと、欠片でもそうお考えなのなら、私にも考えがありますわ」
「と、彼女がお怒りでね……。皆が彼女を求める気持ちは分かるけど、それにしてもやり過ぎたかなぁと」
「あぁ~。まぁ、美人さんだしね」
「それに、伝説の精霊だって公表しているから、なおさらだね」
「美人、ですか。まぁ。褒めても何も出ませんわよ。クスクス……」
何もないと言いながらも、ニンフはカウンターの奥へと姿を消す。奥には職員専用の控室があり、お菓子や飲物が常備されているのだった。
「わ~い。おっかし~」
「あんまり食べると、晩御飯が入らなくなっちゃうよ」
セシルの忠告もどこ吹く風。メディエはカウンターの前に椅子を運んできて、長話の準備をはじめる。
どうせ人は来ないと割りきって、セシルにも椅子を進める。セシルは少しためらったようだったが、二三進められて腰を下ろす。
その横に自分の椅子を用意して、メディエはお茶とお菓子を待つことにした。
「動かしてもいいけど。人が来たら、席を譲ってあげてね」
「了解でっす」
「そういえば、僕たちも用事があって来てるんです。えっと、ロブヌターの捕獲を終わらせたので、受け取って下さい」
「ああ、ロブヌターね。ええと……あの桶に、サイズを分けていれてくれるかな?」
クレイブが指差したのは、大きさの違う三つの桶だった。それぞれの大中小と書かれており、メジャーがついている。用意されたメジャーよりも、大きなロブヌターをいれていくようになっているのだ。
後は、それぞれの重量にあった分の金額が支払われる。勿論、サイズが大きいほど、高く買い取ってくれるようになっている。
桶は部屋の隅に並んでいるため、セシルは椅子を降りて、そちらに向かう。
ロブヌターを持っていないメディエは、のんびりとセシルを見ていた。
ふと思い出して、魔術の空間から貝殻と触腕を取り出してクレイブの前に並べる。窓から入ってくる日光を反射した触腕が、美しく輝いた。
「おや、これは……」
「高く売れる?」
輝く触腕を手にとって、クレイブは光にかざした。長く延びた触腕は、重力にしたがって項垂れる。くったりとしたそれを意味ありげにつついて、さざ波のように揺れる輝きに、クレイブは満足の息をはいた。
「傷も少ないし、鱗も揃ってるね。これなら高く売れるよ」
「え? ホント? ラッキー」
「触腕は大人気なんだよ。特に既婚のご婦人方に。ほら、大人のオモチ──」
「言わせねぇよ」
「げふぅ」
メディエの一撃がクレイブの顔面をおそう。がっくりと机に突っ伏した頭の上に、メディエは触腕を乗せた。
言われてみれば、サイズや手触りなど、卑猥に見えないこともない。だが、メディエにはどう見ても蛇にしか見えなかった。いや、蛇にしては随分と筋肉質だ。ガチムキの蛇がいたら、こんな感じかもしれない。
「セシルになんっつーもんを聞かせるつもりだ、バカバカ、ずーっとバカ」
「ん? 聞こえなかったんだけど、なにがあったんだ?」
黙々とロブヌターの仕分けをしていたセシルが、聞こえてきたクレイブの悲鳴に顔をあげた。カウンターに俯せるクレイブと、その頭に乗った触腕を見た。
「何やってるんだか、まったく」
「まあまあ。この巨大ホタテの手だけど、売れるんだって」
「ふぅん……」
それでどうしてクレイブをダウンさせることになるのかとのセシルの疑問は聞かなかったことにする。
納得いかないと言いながらも、セシルはロブヌターの仕分けに戻る。そのかわりに、ニンフの白い手が伸び、触腕をつまみ上げた。
「あらあら、まあまあ。ごめんなさいな。この人ったら、なんてことを言い出すんでしょう。ええ、本当に。……何かお詫びを差し上げたいですわね」
お茶とお菓子の乗ったお盆を、カウンターの空いたスペースに置いて、ニンフはメディエの耳元に口を寄せた。
「女性の下着を集めるのが趣味なんでしょう? 私の下着をさしあげますわ」
「エェー?」
どうしてそんなことに、と首を傾げるメディエの手に、柔らかな白い布がのせられる。メディエは慌ててそれをポケットにしまった。
「スミマセン。なんでこんなことになってるんでしょうか?」
「私の好奇心ですわね。だって、ほら……どんなスキルが付くのか、興味深いじゃありませんか」
どうやら装備品だということも、お見通しのようである。
「つけてみて下さいな。さぁ──」
ニンフは笑っているが、ぐいぐい迫ってくる迫力が怖い。
「えぇと。それじゃぁ、装備してみますけど……」
いつもの猫ミミを外して、渡されたブラをかぶる。ブラはゆっくりと形を変えて、ピンと立ち上がった犬ミミになった。同時に、メディエを目眩が襲う。
くらくらする頭を抱えて、メディエがニンフを見上げると、ニンフは美しい顔に満面の笑みを浮かべていた。
「クスクス……おかえりなさいませ」
「ただいま」
メディエは、笑顔のニンフとは対照的にブスッと頬を膨らませた。文句を言おうと口を開きかけて。
「終わった!」
「ふぅぉ?」
セシルの喜びの声が、クレイブを起き上がらせた。そして──
「犬ミミ! え、なんで。なんで、犬ミミ?」
クレイブは、メディエの頭に乗った犬ミミを見て目を丸くした。




