五話 王子一行は迷宮で遊ぶ
ヒュ、と剣が空を切る。
せっかくだからという理由で、リヴが長剣を振っているのを三人は見ていた。ハーヴィは心配そうに、ノアとルリは微笑ましそうに見ていた。
「兄さん、やっぱりやめませんか。危ないですよ……」
「何を言う。せっかく、死ぬことがない迷宮なのだ。新しい事に挑戦してみたいとは思わないのか?」
『ほうほう。ヒツジが剣を使いたいそうだぞ~。戦神~、戦神~。出番だぞ、加護を与えろ~』
『まさか剣に興味を見せるとは思わなかったな。前は本で殴り殺していたのに』
『おいやめろ。また撲殺に目覚められたらどうする』
迷宮に登り始めてから、神々がうるさくなっていた。
”迷宮”という、一種の”異世界”だからだろうか。少し大きな”声”でなされる会話は、スキルを使わずとも頭に響いてきていた。
ハーヴィはハタ迷惑だと溜息をついているが、それで神々が自重するはずもなく。今日も朝から頭痛に悩まされているのだった。
一通り剣を振って満足したのだろう、リヴは剣を止めるとノアに顔を向けて言った。
「斬ってみたい」
「やめてください。兄さん、やめましょうよ。前衛なんて危ないですよ」
「何かあっても死ぬわけではないが。だが、初心者以前の腕で、何を相手にできるとも思えんな」
「ム。そこまでひどいつもりはないぞ」
ノアの言葉に、リヴが顔をしかめた。
「下に降りるのはどうかしら。二階にいるプチプニくらいなら、リヴ兄さまでも相手をできるのではないかしら?」
「プチプニか……それなら、兄さんでもなんとかなるかな」
「二階……」
プチプニと言うのは、下層に出てくる小さなエネミーのことだった。ゼリーの様な丸くぷるぷるした体を持っている、可愛い系のエネミーだ。攻撃力は低く、動きも遅い。それでいて調味料の種を落とすことから、現時点で大人気のエネミーだった。
言うまでもなく、上層に行くほどエネミーは強くなる。ただでさえ弱いプチプニの、さらに”二階”という言葉が、リヴに精神的ダメージを与えていた。
「二階なら、危ないエネミーはいないでしょう? わたしも新しい武器を使ってみたかったから、丁度いいわ」
ルリが見せるのはムチだった。そのムチは、普段見ているものよりもしなやかで、張っている。軽く地面をたたくと、ピシッと気持ちの良い音がした。
「あのお子様は、人の奥さんに何をプレゼントしてくれるのかな~」
「あら。面白いじゃないの。ロブヌターイーターのヒゲから作ったんですって。それに、魔術をこめたのはあなたでしょう?」
「あぁ、うん。まぁ。そうなんだけどね」
ルリの持つムチは魔術具だった。ホノオの魔術を組み込んでいるため、発動させるとムチが炎を帯びるのだ。炎の剣──のムチバージョンと、笑って魔術を込めていたのはハーヴィだ。
まさかそれが妻の手に渡るとは──ハーヴィは自分の悪ノリを後悔していた。
「うふふふ。楽しみ」
ルリはムチを器用に操ると、会心の微笑みを見せた。
『勇者じゃ、勇者じゃ』
『あれがか。ほうほうほうほう。まだまだヒヨコじゃないか。ほれ、ちーっと戦神よ。加護をやっとけ』
『うぅむむむ。しかしな。戦神の加護と言うものは、そう簡単にくれてやっては……ホイ』
「え? 勇者?」
二階に降りてプチプニを探している途中、そんな声が聞こえてハーヴィは立ち止まった。
不思議そうな顔をしたルリと、周囲を警戒中のノアも同時に立ち止まる。上手に剣が振れなくて落ち込んでいるリヴだけが、気がつかずに一歩進んで、別れ道の先に三人を見つけた。そこにいる聖女の姿に、顔をこわばらせる。
その三人はいかにも初心者の風体だった。剣を構えた勇者と、ついて行くのもやっとの聖女。周囲を警戒している黒豹人だけが、慣れた様子で余裕を見せていた。
聖女が何事かを勇者に話しかけ、勇者がそれに言葉を返している。
その聖女の様子を見て、リヴがひきつった顔を綻ばせた。
「どうかしたのか?」
「あぁ、あれが勇者一行ですね。では、アレが聖女サマでしょうか」
「そうだな。思ったよりも元気そうだ。少し前まではひどいありさまだったのだが。そうか──勇者と旅に出たのは良い経験になったようだな」
「──神殿的には、どうでしょうね」
ハーヴィが顔をしかめた。わざわざ聖女を人形にしたてあげた神殿が、今の聖女をありがたく思うだろうか。
あまりにも人間的すぎると、”代替わり”してしまうんじゃないか、とそう言うのだった。
「いや。それはないだろう」
「なんでさ?」
ハーヴィの言葉に否を返すのはノアだ。
彼は、聖女が勇者と行動を供にする以上、神殿が手出しする事はないとそう考えたのだ。
「”聖女”が魔王を倒す旅に同行している、というのは神殿としても良いアピールになる。少なくとも魔王を倒すまでは、聖女の身は安全だろう。──その後は知らん」
「そうね。今の聖女を殺したところで、新しい聖女の目安もたっていないでしょう? 殺すなら、今じゃないわ。次の聖女候補が見つかってからでしょうね」
合わせて物騒な事を言うのはルリだ。聖人には女の”聖女”だけでなく、男の”聖者”もいるというのに、ひどい言いようである。
しかし、どうせなら男よりも女を。それもできる限りの美女──美少女を選びたいというのも、分からなくはなかった。男と女では、求心力は段違いである。
『聖女もかわゆいの。どぅれ、おじさんが一発──』
『どうせなら、もっと良い加護を上げればいいのに。探し物が見つかり易くなる加護とか、フツーいらないでしょ』
『お。一緒にいるのは、オレの加護持ちじゃねーか。ヘイヘイ。風より速く走ってるかー』
びくり、と聖女が体を震わせたのが見て取れた。
きょろきょろと周囲を見て──こちらに気がついたがスルーしたようだ──黒豹人に何かを訴えている。
「……行きませんか」
”探し物が見つかり易くなる加護”を貰った聖女を気の毒に思いながら、ハーヴィは三人を促した。
三人は良くわからない顔をするものの、勇者達に関わるつもりもなかった。促されるままに勇者たちに背を向ける。
その背中に、聖女の声が響いてきた。
「あぁ、神よ! わたくしは、わたくしは──」
『おうおう、喜んでくれて、おじさん感激じゃぁ』
「あぁ、かみさま! 戦神の御加護のヒイロ様と、風神の御加護のナルさん。わたくしには探索の神の御加護なのですか──」
響いてくる声にハーヴィ達四人は顔を見合わせ、頷いた。
思ったよりも悪くない組み合わせだった。これならば、迷宮の攻略もすぐかもしれない、と。




