四話 聖剣の譲渡はひっそりと
「フリーダ様、おはようございます」
「あら、勇者さ……ヒイロ様。おはようございます」
ヒイロとナルが出発の準備をしているところに、聖女──フリーダがやって来た。にっこりと微笑むフリーダは、いつものスカートではなく、動きやすいズボンをはいていて、邪魔な髪もまとめて結っている。
いかにも冒険にでますという格好に、ナルは内心驚いていた。
「ンじゃぁ聖女様も一緒に行くんだな。一人で良いのか?」
「ええ。構いませんわ、ナルさん。どうか、わたくしのことは、フリーダとお呼びください。わたくしは、聖女の勤めではなく、一人のフリーダとして、勇者様に付いて行きたいのです」
「了解。へェ……昨日何があったンだ?」
「……いろいろとございましたの」
三人が集まったのは、王都中央に近いところにある宿屋の前だ。ここから、東外門へと移動して、迷宮までの馬車に乗る。迷宮はどんなところかと話をしながら、三人はゆっくり歩を進めていた。
「死者はいねェらしい。迷宮中でやられても、荷物をいくつか失うだけなンだと」
「ヘェ。……死なないっていうのは、無茶できそうですね。痛くなければ良いんですけど」
「ばーか、痛みがないと覚えねェだろ。いいかァ、ビシビシしごくからな。貴重品を持って入るンじゃねーぞ」
「不思議ですね。これが神の御業なのでしょうか」
東外門では、すでに多くの人が馬車を待っていた。冒険者だけではなく、出店の主人と思われる顔もある。装備を整えた騎士も交ざっており、場は賑わっていた。
そこに勇者と聖女が現れたのだ。
二人に気がついた人々が二人を取り囲み、口々に話しかけてきた。
「勇者様! 聖女様!」
「聖女様、握手してください」
「勇者様、旅のお話を……」
その人々に対処できたのは、ヒイロではなくフリーダだった。彼女は美しい微笑みを浮かべ、ヒイロの前に進み出た。
「聖女であるわたくしが、勇者の旅について申し上げます。勇者の前には困難がありました。悲しみがありました。わたくしたちは、それを詳しくお話しすることは望みません。ここに来た理由は、皆さんと同じです。迷宮を攻略するため。迷宮で勇者を待つという物を得て、魔王を滅ぼすためにここにいるのです」
フリーダの声が響くと、周りの人々が声をあげた。
「じゃぁ、やっぱり、勇者様の為の迷宮だったんですね」
「すごいです。勇者様は本当に凄い!」
迷宮という存在は、人々にとっておとぎ話であり、神話だった。
世界に三つしか存在しなかったという、神秘の存在。建国の王が攻略したという神話のみが残された、不思議なものだったのだ。
どうして現れたのだろうかと、人々は疑問に思っていたのだが、勇者の為だったのだ。勇者が魔王を滅ぼす為に準備された迷宮だった。
迎えの馬車が来るまで、人々は歓声をあげていた。
いざ馬車が到着すると、ヒイロとフリーダ──とナルに順番を譲ってくれた。
「お先にどうぞ、勇者様」
「聖女様。ご武運をお祈りいたします」
「ありがとう。皆さんにも、神のご加護がありますように」
三人は、十人は乗れる馬車に乗り込む。一緒に誰か入るだろうと思ったのだが、パタンと音がして扉がしまると、馬車はそのまま発進したのだった。
○ ○ ○
「ターゲットを捕捉した。これからミッションに入る」
「りょーかいっ」
TWAでのアイテムの譲渡は、そう難しくはない。持ち主が渡して、受取人が受けとればそれで良いのだ。
それだけの事なのだが、セシルたちが勇者に対して行うのは難しかった。
なぜなら、勇者との接点がないからだ。
顔も知らない、名前と噂だけを聞いている相手に、権利を手渡すのは簡単なことではなかった。けれど、聖剣の権利を譲渡しなくては、勇者が剣を振れない。どうにか勇者にアイテムを渡そうと考えられたのが、この迷宮とギルドの出張所である。
現時点での、聖剣の所有者はセシルである。勿論、セシルは聖剣をさっさと押し付ける気でいた。
そのために勇者を待つ。
勇者の風貌は、雑魚ズに聞いて知っていた。勇者が馬車から降りたときに、指を指して教えてくれたのだ。
ギルド出張所で説明を受け、まさにこれから迷宮に赴こうとするそのタイミングを、扉の前で待っているのだった。
その手には、しっかりと手作りのアミュレットを握りしめている。
「あ、あの。ゆうしゃ様!」
現時点でのギルドの扉は、布がかけられただけの簡易バージョンだ。それを捲って出てきた勇者の前に、セシルは飛び出した。
「ゆ、ゆーしゃ様。せいじょ様」
セシルの後ろにはメディエがぴったりとくっついている。じっと勇者を見上げていると、勇者が身を屈めて返事をしてくれた。
連れの聖女と豹人は、一歩離れて様子見のようだ。ラッキーと、二人は手の中の魔術具を差し出した。
「あの。ゆうしゃ様に、"お守り"です。受け取ってください」
「ああ。嬉しいよ、ありがとう」
「せいじょ様にも、おんなじの。──あ……」
勇者と聖女にお守りという名の魔術具を差し出す。
本命はセシルから勇者だ。勇者から伸ばされた手に、セシルがお守りと"権利"を渡す。手に乗せられた魔術具に、勇者が勇者らしい爽やかな笑顔を見せた。
同じように、メディエが聖女に魔術具を手渡した。そのまま、聖女の横に目をやって、びくびくと視線を揺らした。
「どうしよう。二つしかないのに」
「あら……」
「ガキが気にすンな。オレはオマケだからなァ」
じっと豹人に見つめられたのは気のせいだろうか、とメディエはセシルの後ろに隠れた。
「ハービーさんが、魔術をかけてくれたの」
「つ、使ってね」
「ハービーさん? 魔術?」
子供達の言葉に、勇者が"お守り"を見る。
なるほど、渡された物は暖かな光を帯びている。強い魔術が込められた魔術具で間違いなかった。
「その、ハービーさんという方が、魔術を込めてくださったのですね。ありがたいことですわ」
勇者と同じように手の中のお守りを見ながら、聖女が口にした。ナルだけは「ハービーって誰だ?」と首を傾げていたようだったが。
「わたせた?」
「わたせたね」
ニコニコ笑い合う二人には、関係ないことだった。
ちなみに、二人が渡したのは、ロブヌターイーターの殻で作った腕輪だ。それに二人はハートを透かし彫りにしたのだった。
かわいらしいピンクの地に繊細な透かし彫り。これを見たメイドさんは、腕が上がったとべた褒めだった。そんな一品である。聖女はともかく、勇者には嫌がらせと紙一重だったかもしれない。
ハーヴィが喜んで協力してくれたのも、それが理由の一部だろう。
「やったね~」
「よかったね」
ミッションコンプリート。
二人は成功を祝って、笑った。その様子を、ある者は微笑ましく、ある者は気持ち悪そうに見守っていのだった。




