表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/101

三話 神託スキルの真実


 夕食をヒイロととった後、ナルは裏通りの隠れ家へ足を運んでいた。

 道を行く人影は少なく、閑散としている。ただでさえ薄暗い道をまっすぐに進むと、一見ぼろぼろの扉を開けて中に入った。


「よゥ、てめえら。──って、いねぇ?」

「あら。ナルじゃない。おかえりなさい。思ったより早かったわね」

「いや、終わった訳じゃァねェんだが」


 ナルの本命は、ウサギの魔人を捕まえることである。そして正々堂々と決着をつけたいと思っているのだ。

 しかし、迷いの森で大神官の話を聞いて、目的のウサギは魔人なのかと、疑問を持ち初めていた。もしも件のウサギが人で、王都に居続けているならば、ナルの行動は検討違いということになる。

 だが──すでにヒイロと聖女を、放ってはおけなくなっていた。あの世間知らずの二人を放置など、気の毒すぎてナルにはできないのだ。

 テントの張り方も知らない、かまどの作り方も知らない二人だ。野営食の作り方も、勿論知っているはずがない。

 ナルは迷いの森で三人になってから、少しずつ旅の仕方を教えている所だった。

 それにしても、とナルは声をかけた。


「あいつら、どこ行っちまったンだァ」

「アラ……知らないの? 郊外にできた"迷宮"ね。あそこに入り浸っているのよ」


 苦笑を漏らしながら留守番の女性が言う。女の手がカウンターをあさり、一つの小袋をナルに見せた。


「戦利品よ」

「なんだこりゃァ。種?」

「カンテイしてごらんなさいな」


 女の言葉に従って、ナルが種にカンテイの魔術をかける。出てきたのは"サトウキビ"の種だった。


「へェ。サトウキビねェ」

「ネルネ老が、砂糖を精製してみたそうよ。かなり甘くて白い綺麗な砂糖ができたんですって。──でも、砂糖が白いって変よね」

「こっちは"シオノハナ"の種か」

「採れるのは塩。やっぱり白くて、苦みが少ない上質の塩が精製できるんですって」

「なんっつーか、食べもンばっかじゃねェか」


 ナルが女に小袋を返す。女はそれを開けて、中から一回り大きな、透き通った種を取り出して見せた。


「"紅芙蓉"の種よ。大輪で透明感のある大きな花が咲くわ。女性に大人気の一品」

「そーかい。そういうことじゃなくてなァ。言いてェのは、つまり──」

「剣にも盾にもなりゃしない──そういうんでしょ? ホント男共は、それしか言わないんだから」


 女は種を丁寧にしまう。そのかわりに黒光りする銀色の(インゴット)を取り出した。インゴットの大きさは拳一つほどだった。表面は艶やかに磨かれ、上面には何かの刻印が押されていた。


「そうそう、こういうのを見たかったンだよ。ん──? 鉄、五割(ハーフ)って、これ刻印か。へェ」

「迷宮が塔だっていうのは知っているわね? これらは、低階層で得られたの。上に行けば、もっと良い物を得られる可能性があるわ。それに、あなたは勇者と一緒にいるんでしょ? なら、"特別"な区画に入れるかもね」

「特別ねェ……」


 ノアは手の中で、インゴットを転がした。冷たい手触りと、ずっしりと感じる重みが、迷宮からもたらされる恵みを 印象付けていた。


「明日から、ヒイロ達と潜るつもりでなァ。ま、なんかあったら持ってくるわ」

「期待しないで待ってるわね。その時には、勇者と一緒においでなさいな」

「ここには酒しかねェだろ。ガキに飲ませるモンじゃねぇぜ」

「あらあら。保護者ぶっちゃって。その時までに、ジュースでも準備しておくわね」

「そうしとけ」


 磨かれたインゴットの表面が、ナルの顔を反射する。ギラギラと強い輝きに、ナルは目を細めた。


「腕の良い鍛冶屋。どっかにいたっけなァ──」




 ○ ○ ○




「勇者様、勇者様」


 小さなノックとかすかな声がして、ヒイロは宿の扉を開けた。

 そこにいたのは、神殿に戻ったはずの聖女だった。彼女は大きな外套をかぶっており、一見聖女だとは気がつかなかった。


「どうしたんですか、こんな時間に?」


 夕食を終え、後は休むだけという頃である。日も落ち、辺りはどんどん暗くなっている。こんな時間に、まさか聖女一人で外出するとはと驚きながら、ヒイロは聖女を部屋に招き入れた。


「遅くに申し訳ありません。その……すこし、お話がしたくて……」

「ええ。どうぞ──」


 部屋に一つだけ用意されているテーブルと椅子を聖女に譲り、ヒイロはベットに腰かけた。


「……どうしても、どうしても確認しておきたいことがあります。王都に戻ってから、あの"スキル"をお使いになりましたか?」

「あのスキル?」


 聖女の言葉に、ヒイロは疑問を浮かべる。それが神託(オラクル)の事だと気がついて、ヒイロは首を振った。


「いいえ、まだですけど。聖女様は」

「使いました。使いました……けれど。その……信じられなくて……」

「信じられない、ですか? ちょっと失礼しますね」


 聖女から視線を逸らせて、ヒイロは天井を見上げる。その方が、聞き取り易い気がするのだ。上を向いたまま目を閉じて、神託(スキル)を作動させる。

 すう──と現実の音にかぶさるように、何かの音と気配が広がってゆく。聖女はその様子を、静かにじっと見守っている。

 その静寂を破るように、ヒイロの頭の中に笑い声が響いてきた。


『勝ったぞ! どうだ、ワシの勝ち。ワシが一番じゃぁ』

『くっ……このナンプレは強敵ですね』

『あぁ~ん。ここの足し算間違えてるよぉ~。もうヤダ。わけわかんない~。泣いちゃう~』

『ああぁ。泣かないで、泣かないでください。ほら、異常気象が──』

『いや~いや~』

『やった! 終わった! 二番だ!』

『い~やぁ~』


 そっと、ヒイロはスキルを解除した。涙目になって自分を見ている聖女に首を振って答える。


「何も聞こえませんでした」

「嘘ですわ! お願い、嘘と言って下さいませ。聞いたと、神の言葉を聞いたとおっしゃって──」

「いえ、だってほら。僕が聞いた神託は、もっと、こう──重厚な感じでしたから。あんなチャラチャラした会話ではありませんでした」

「そうなのです。わたくし……王都に帰ってきて、スキルを使って……あんな、のほほんとした会話を聞いてしまって……どうしたら良いのでしょうか。あれは、あれは本当に神々のお言葉なのでしょうか……」


 力なく聖女がテーブルに項垂れている。聖女のにぎりしめた手は震えていた。


「わたくし……わたくしは……ここ何年も神託を聞いていなかったのです。神託を聞いたのは、大神官様がいらっしゃった間だけでした。大神官様が亡くなられて、神託が聞こえなくなって──それなのに、どうして今、神の声が聞こえるのでしょうか。どうして……神々はあんな……まるで遊んでいらっしゃるような。……神は、慈悲の存在ではなかったのですか? わたくしたちを愛し、見守ってくださっているのではないのですか」

「聖女様……」

「勇者様。わたくしはどうしたら良いのでしょうか。神とは神殿とは、聖女とは──なんなのでしょうか。大神官様がおっしゃったことが正しいのでしょうか。そうであるなら、聖女という存在を守る事にどんな意味がありますの? あなたしか──同じ神託(オラクル)を持つあなたにしか聞けないのです。わたくしはどうすれば良いのでしょうか」


 神殿の定める聖女と聖者とは、神の言葉を聞けるもの──つまり、神託(オラクル)スキルを持つ者という意味だった。

 けれど、それは作られた虚像でしかなかった。神託(オラクル)を持つ者は聖女以外にもいるという。

 ならば”聖女”で在り続けた自分は何なのかと、聖女は涙をこぼした。


「……以前にもお話しましたよね。”勇者”とは何なのだろうか、と。僕は、勇者だけど、その前にただの少年のヒイロです。ただの、神様とお話ができた幸運な少年。世界を旅する事を神に許された……それだけですよ」

「魔王の事は、お役目ではないとおっしゃいますの?」

「わかりません。王都に来るまでは、僕の役目なのか疑問でした。でも、”迷宮”ができてます。”勇者の為の迷宮”が……もしかしたら、魔王を倒せと言われてるのかもしれない、と思い直したところなんです」

「ええ──そうですわね」


 ヒイロは身を乗り出して、テーブルの上の聖女の手にふれた。その小さな手を両手で包み込む。

 戸惑ったように、聖女はヒイロの顔を見上げた。


「あの、勇者様……」

「ソレ、やめませんか。勇者様、聖女様、って言うの。それは役目であって名前ではないでしょう? 僕の名前はヒイロです。どうか、そう呼んでください」

「ヒイロ……さま。あの、でも。わたくしは……」

「どうか、あなたの名前を教えて下さい」

「……わたくしには名前はないんですわ……忘れてしまったんですもの……」


 長い沈黙の後、聖女は呟いた。

 聖女が両親から離れ神殿に入ったのは、随分と幼いころだった。それからずっと、聖女は”聖女”とよばれ続けたのだ。その結果、少女は自分の名前も、両親の記憶もなくしてしまったのだった。


「そう、ですか。なら、名前をつけましょうか」

「え?」


 ヒイロの明るい声に、聖女は目を丸くした。


「お好きな名前は何かありませんか? 花の名前とか、有名人の名前とか。好きな名前を付けるチャンスですよ!」


 そのヒイロの表情には暗いものも、悩み事も何もなかった。その事に聖女は苦笑する。


「ス……スキルのことも、神殿の事も、まったく何も解決しておりませんのに。随分と前向きでいらっしゃるのですね。少し羨ましいですわ。──でも、そうですわね。わたくしも、あなたのように自由に生きてみたい……気がします。ですから、そうですわね……フリーダ。わたくしのことはフリーダと、お呼びください」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ