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二話 迷宮絶賛準備中

 迷宮の前に、突貫工事で作られた小屋がある。その小屋はギルドの出張所であった。それまで、王都のギルド員はクレイブしかいなかったのだが、いつのまにやら事務員が増えに増えていた。


 近くの町から移動した者もいれば、新たに志願した者もいる。その中には優秀な冒険者をスカウトするための、貴族の手の者もいた。クレイブはその全員を受け入れて、王都と出張所に振り分けていた。

 出張所でやることは、多岐にわたる。迷宮攻略メンバーの募集を募ったり、アイテムの売買をしたり、簡単な食事を出したり、迷宮の地図を渡してルールを説明したりする。

 迷宮は"塔"であるため、登るほどに敵は強くなる。トラップも用意されているため、一階を使ってそれらのお披露目をするのだ。


 また、この迷宮では基本的に死なない。死ぬ代わりに、荷物の半分を奪われて、放り出される。出た先は魔獣(ケルベロス)の横だというのだから、心臓に悪い。だが、 この番犬がいるおかげで、窃盗などが起こらないようになっている。それらを丁寧に説明して、迷宮に放り込むのが仕事だった。

 迷宮の周辺では、気の早い屋台が準備を初めている。

 王都からは短距離の馬車が用意され、どんどん人が送り込まれてくる。

 今後、人が増えてにぎやかになってゆくと思われるのが、この迷宮前だった。


「この間はず──っと、上にあがってみたンですよゥ。そうしたら、とんでもない罠がありましてねェ。パックリですよゥ。……お願いですから、あんなわけのわからない罠は、止めてもらえませんかねェ」

「うん? どこまで上がったんだ?」

「まァ──上の方ですよゥ。ハァ」


 グイっと雑魚Aがエールをあおった。

 屋台で出されているエールは温いが、風味は十分で、ツマミも売られている。

 近くの岩に腰を掛けて、差し入れを食べながら、迷宮の感想を言い合っていた。


「ふんふん。それで?」

「もっと具体的にお願いします」


 三人の目の前には、メディエとセシルがメモを構えている。

 二人は、今後の迷宮運営のための評価を聞きにきていたのだった。


「俺が死んだのはアレだ……変なワープに引っ掛かったんだな」

「あぁ。名物イシノナカニイルかなぁ」

「何の名物だ。物騒だな」

「私はアレですねェ。水責め?」

「アレ? でも、水責めのところのクイズは簡単なはずだけど?」

「文字が読めませんでしたー」

「あ。なるほど」

「エネミーハウスに引っ掛かった。まさか、物理攻撃が効かないヤツだけの部屋があるとは思わなかった」

「あぁ。まぁ、普通はパーティ組むから。三人みたいにソロで登る方が変だからー」

「登れと命じたくせに」

「そうデスよゥ。こちとら、攻略後のウハウハしてる冒険者をを獲物にする、しがないシーフなんですよゥ」


 嫌な盗賊(シーフ)である。

 雑魚の言葉をスルーして、セシルがメモを書き終える。セシルとメディエにしか読めない言葉は、秘密のメモを取るのに最適だった。


「ここには魔方陣って、ないんだなぁ」

「知力、体力、時の運がコンセプトだったんだけど、困ったねぇ」

「アレ、どういう仕掛けだったンです?」


 魔方陣というのは、セシルがやりこんだパズルの一つだった。

 縦三マス、横三マスの九マスに一から九の数字を入れ、縦横ナナメの合計を同じにするというルールである。

 それを説明すると、雑魚は無理無理、と手をふった。


「あんまり一般的なパズルじゃないですねぇ。時間制限もありますし。突破は無理でしょうヨ」

「ふーむ。でもさぁ、少しくらい難しい問題があってもよくねえ? 全部解かれてもつまんないし。ハーヴィさんはクリアしたから、神託(ズル)スキル持ちならクリアできるんだろうしー」

「え、弟様はクリアしたんですか?」

「ズルスキルって、なんだ?」


 ズルスキルは神託(ズル)スキルである。

 どうやらハーヴィは、神々が解いた答えを盗み聞いたようだった。彼らのパーティは神々から注目されているようで、罠の前や隠し扉の前では、誰かが声をかけている──そうだ。

 勿論クイズやパズルにはヒントを出し、時にはズバリ答えを耳打ちするという。


 それを聞いた時、メディエは「敵は神界にあり」と唸ったのだった。

 だが、このクイズやパズルは振い分けとして、良さそうである。

 なんといっても、雑魚達に解けないというのが嬉しい。この腕っぷしばかりが強い雑魚達は、エネミーが相手にするには負担が重すぎるのだ。

 もういっそ、何になら負けるのかと聞きたいくらいである。


「勇者の選別には、パズル系を使うとして。即死系のトラップもあり。物理、魔術入り乱れてのパーティ構成なら良いとこ行きそうだね」

「敵が斬りがいがないのがつまらんな」

「うーん。むしろ、皆さんがボスエネミーにでもなりますか? エネミーよりも挑戦者を相手にする方が面白いかもしれませんよ」

「それだ!」


 そんな事が出来るのかと、雑魚達は目を輝かせた。




 ○ ○ ○




 王都に帰ってきたヒイロ達は、まず門番の騎士に見つかった。そのまま駐屯所まで案内される。居心地の悪いまま、目の前のお茶を睨んでいると、ディーノとポチがノックをした。あわてて立ちあがって、二人を迎える。


「あ。皆さんは、たしか……」

「騎士団の副団長様です。王宮でお会いいたしましたわ」

「それと、その腹心サマだな」

「あ……あの、その──」


 ヒイロは失った騎士たちの事を思って、言葉をつまらせた。


「す、すみませんでした!」

「ゆ、勇者様?」


 謝罪と共に顔をおろすヒイロに、慌てたように聖女が声をかける。


「騎士の皆さんは……その……」


 言い辛そうに言葉を濁すヒイロに、ディーノは気にするな、と答える。


「大体の所──セクドの町を出るまでの経緯は報告を受けている。魔術師殿が随分と無理を言ったとね。安心しなさい。君を……勇者とは名ばかりだった君を責めるほど、厚顔ではないつもりだよ」

「はい……でも……」

「私が知りたいのは、その後の話だ。セクドの町を出発して、何があった? なぜ、三人だけになっている?」


 ヒイロ達は顔を見合わせた。少しの戸惑いのあと、ヒイロが口を開いた。


「町を出て、僕達はまっすぐに"迷いの森"を目指しました」




「なるほど、瘴気か──」


 ヒイロ達は、聖女のスキルと大神官の事を除いて、全てを話した。

 はぐれた騎士と再会したこと。

 騎士とトルクが戦闘になったこと。

 強力な魔術により、皆はぐれてしまったこと。

 正体不明の魔人に会って、瘴気の忠告をうけたこと。

 それらを聞いて、ディーノは訳知り顔で頷いた。


「なるほど、なるほど。つまり、彼女の言ったことはこういうことなのか」

「彼女、ですか?」


 誰が何を言ったのか、とヒイロ達は疑問を浮かべる。


「そうだ。今、この王都には"迷宮"が現れているのだ。勇者の為の迷宮がね」


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