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一話 迷宮誕生

 王宮は沸き立っていた。それというのも、"新しい迷宮"が現れたと報告があったからだ。

 勿論、真偽を疑う貴族達も多くいたが、迷宮誕生の一報をいれたのが、迷宮攻略組織(ギルド)元王子(ノア)であり、二人が連れてきた精霊(ニンフ)だったことから、嘘ではないだろうと判断した。


 これを受けてポチと数人の騎士が確認に向かったところ、何もない平原のど真ん中に巨大な塔がそびえ立っていた。

 その塔には、豪奢な彫刻で飾られた門があった。だが、その門は閉じられており、その下には巨大な三首の犬(ケルベロス)が座り込んでいる。

 ケルベロスは騎士達に気がつくと、良く通る低い声で吼える。その声に騎士が警戒体制に入る前に、塔の門が開き、中から女性と子供達が姿を見せた。


 ポチはその三人に見覚えがあった。

 女性は精霊(ニンフ)で、子供達は一番新しく最年少の冒険者だった。

 女性は騎士に向かって来る。子供達はまっすぐケルベロスに向かうと、犬の首と背中を撫ではじめた。


「よしよーし。かしこいなぁ。よしよし」

「こんにちはを覚えたね。イイコイイコ」


 そのままかいぐり回すのを微笑ましく見て、ニンフは騎士に声をかけた。


「ようこそいらっしゃいました。新たなる迷宮へ。わたし達の言葉が信じられなくて、確かめにきたのですわね? どうでしょう。信じられましたか? クスクス」

「はぁ。まぁ。……これを見たら、信じざるをえないかなーとは思うッス。でも、あの魔獣──ケルベロスですよねぇ。お子さん達は大丈夫なんすか?」

「あら。問題があるように見えまして?」

「いえ……ねぇッス」


 ケルベロスは、子供達の手を大人しく受け入れている。ごろごろと頭をすりつけているところは、ただの人懐っこい犬にしか見えなかった。


「それに、かわいいでしょう? 門番をしてくれるというのよ」

「はぁ……魔獣が門番ですか。あの世への直行便ですかねぇ」

「あら、あたり。この迷宮の名は”冥府”なの」


 この名前を付けたのは子供達だった。ケルベロスが門番をしているから”冥府”。なんとも安直なネーミングである。


「さて、見ての通り”迷宮”はありますわ。ここは”勇者”の為の迷宮なのですけれど、一般人でも入ってもらって結構よ。もっとも、攻略できるかどうかは別ですけれど。……さて、どうでしょう。少し遊んで行かれませんか?」


 にっこり微笑んで、ニンフが騎士を誘う。ふらふらと付いて行きそうになった者もいたが、ポチがそれを押しとどめた。


「イヤ、止めときます。──このメンバーは荒事は苦手なんで」

「あらそう? くすくす……しかたがないわ。諦めるとしましょう。”勇者”にちゃんと伝えておいてね? ここは彼の為の迷宮なのだと」

「へーい。了解ッス。──ほら、お前達、帰るぞ!」

「挑戦はいつでも受け付けているわ。手が空いたら遊びに来てね。いろいろお楽しみがあるわよ」


 くすくす、とニンフが挑戦的な笑みを浮かべていた。




 ○ ○ ○




 落ち込んだヒイロ達は、まっすぐに迷いの森を抜けた。大神官に教わった道を進めば、出た先は”王都の水瓶”だった。王都からほんの半日の距離に、彼らは放り出されたのだ。

 その見慣れた景色に、ナルがまず気がついた。


「ここは、ロブヌターの湖だなァ。だが、禁漁期でもないのに、人がいねぇのはどういう事だ?」

「え。ロブヌターですか? 美味しいですよね、アレ」

「ロブヌター?」


 ロブヌター漁が解禁されている間は、この湖は人でごった返しているのが普通だが。

 今、目の前の湖には人が誰もいなかったのだ。


「なにか起こっているんでしょうか?」

「わからねぇな。この際だ、一度王都に帰るか……」

「そうですね。──騎士の皆さんの話を伝えた方が良いでしょうし」


 王都を出た時は、五十人近い大所帯だった。

 それが、今はたった三人になっている。騎士の半分は死霊との戦いで失い、魔人に殺され、迷いの森ではぐれてしまった。

 その事を思うと、ヒイロは王都に帰りたくないと思ってしまう。


「仕方ありませんわ。わたくしも、神殿に帰り、神官達の事を伝えなくては……」


 聖女の世話にと付いてきていた神官達も、死んだり、はぐれてしまった。

 しかも、大神官に話を聞いて、”聖女”が、神託のスキルが特別ではないと知ってしまった。聖女もまた、王都に帰りたくはないと思っていた。


 けれど、旅に出た以上報告をしないわけにはいかない。

 仕方がなく、三人は王都へと歩を向け。


 勇者パーティ半壊の情報の代わりに、勇者を待つ迷宮の話を聞いたのだった。




 ○ ○ ○




「死ぬ必要はないと思うんだよな。別に、命をとっても意味ないじゃん。だったら、裸で追い出して、装備と所持品をがっぽりいただいた方がウハウハしねぇ?」

「そうだね。一理あるかな。なら、プラトンが”死んだ時に帰る部屋”を守るように配置しようか。その方が、地獄の番犬(ケルベロス)らしくていいし」

「”エネミー”は情報にするのね? 倒しても”死体”は残らない。そのかわりに、アイテムを落とすようにするのね」


 セシルとメディエ、ニンフが顔を突き合わせて、迷宮を創り上げていた。

 こんにちわ。を覚えたプラトンならば、敗者が送り込まれたら吠えて教えてくれるだろう。もしかしたら、手当もできるようになるかもしれない。スキルさえ覚えたら。

 頼りになるペットを持って幸せだなぁと、メディエは幸せな気持になっていた。


「この迷宮の目的は──」

「勇者に”聖剣”と”瘴気無効のお守り”を押し付ける事」

「この世界のためです。お祭りを成功させましょう」


 三人は手を合わせて、頷いた。


 ちなみに、倒れた相手の装備品と所持品をまるっとがっぽりいただくのは、ノア達の反対を受け、断念することになった。

 所持品の半分──これが妥協点となったのだった。


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