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四十七話 迷いの森と聖女の葛藤


 勇者一行の目的地は迷いの森である。だが、どこからが迷いの森なのか、実は誰もわかってはいない。ただ、うっそうと茂る木々と、絡みつく蔦。小さな白い花が咲いており、蜜を狙った昆虫がその回りを飛んでいた。

 そんな羽虫の集団に頭を突っ込んでしまい、ヒイロは髪の毛に絡まった虫を追い払った。


(わだち)から逸れると、酷いですね。獣道もわかりません」

「確かに。こうも視界が悪くては、この先になにがあるのか……不意打ちでもされたら厄介です。気を引き締めましょう」

「はい」


 ヒイロとフィオは二人で道を外れて進んでいた。というのも、トルクがこの先に魔族がいるから倒してこいと、そう言ったのだ。

 緑に遮られて、視界は晴れない。

 本当に魔獣がいるのかと、二人は半信半疑で進んでいたのだ。

 それに気がついたのはフィオが先だった。微かな物音──美しい森に不相応な音が響いてくるのに気がついたのだ。慎重に合図を送ると、ヒイロも静かに身を潜めた。


「いるな──この奥だ」

「はい……」


 二人は静かに茂みをかき分ける。そっと覗きこんだ先にいたのは、フィオと同じ鎧を着こんだ一人の騎士だった。

 拍子抜けしたように、ヒイロとフィオが顔を見合わせる。そこにいたのは、死霊との戦いの時に帰ってこなかった騎士の一人だったのだ。

 身に付けていた鎧は所々砕かれ、土に汚れている。新しかったマントも、引きちぎられボロボロになって鎧に引っ掛かっているだけだった。剣は半ばで折れ、無残な姿をさらしていた。腰に吊っているはずの鞘が失われているため、抜き身のまま持っているのだろう。

 騎士達と死霊の大群の戦闘が、どれほどの激戦だったのか、容易に想像できた。


「私が話しかけてみますね。もしも死霊になっていたら、まともな話などできないはずですから。念のため、ヒイロはここにいてください」

「わかりました。お気をつけて」


 ガサリと、大きな音をたててフィオが進む。その音を聞き、騎士もフィオを振り返った。そして、笑顔を見せた。


「フィオか! よかった、無事だったんだな」

「そういうあなたは──ユーフォですね。ご無事で何よりです」

「あぁ。まぁな。だが俺達とはぐれてしまったんだ。まったく、俺達としたことが、情けないったら」

「ん? ──いえ。他の方とはぐれてしまったんですか」


 ユーフォの言い方に引っ掛かったが、気にすることでもないとフィオは流した。

 会話が進んでいることを確認して、ヒイロも姿を見せる。


「ご無事で良かったです」

「ん? なんだ、勇者も一緒だったのか。たった二人で、こんなところにいると危ないぞ」

「ええ、そうなんですけれど。魔術師殿が無茶を言いましてね。この辺に魔族がいるから退治してこい、とそう言うんですよ」

「おかしな言い方だな。魔族だと? 魔獣ではなく?」

「あっ……」


 ヒイロが驚きの声をあげた。

 ヒイロはその言葉に全く気がついていなかったのだ。先ほど周囲を捜索していたときも、ただ魔獣を探していた。


「もう少し、頑張りましょうね」

「はい」


 フィオはヒイロを慰めるように声をかけたあとで、 ユーフォに向き直る。


「魔族ということで、何がいるのか分からないのですが。ユーフォは何か見かけませんでしたか?」

「魔族か。いや、何も見なかった。だが、そんな危険なモノがいるなら、折れた剣一本では心もとないな」

「本当ですね。では、私の予備を渡しておきます。頼りにしていますよ」

「ああ。任せろ」


 フィオから小振りな剣を受け取って、ユーフォは宣言した。

 けれど、どれだけ探しても、魔獣の一匹も見つけることはできなかった。仕方がなく三人は、皆が待っている場所(キャンプ)に向かって歩き始めたのだった。




 ○ ○ ○




(わたくしは間違えていたのでしょうか。でも、何を? ここにいること。勇者様の旅に同行したこと。聖女になったこと。神殿にいること。それとも──大神官様を殺めてしまったこと)


 小瓶を握りしめて、聖女は考えていた。


(もしも……勇者様が言うように、神託のスキルがありふれたものだとしたら。わたくしは……いえ、まさか。それでは神官が、神殿が、神が過ちを犯していることになります。そんなはずがありません)


 胸に浮かんだ不安を、無理矢理押し込めて、聖女は瓶を開けた。


「神の御心のままに──」

「が。飲んでもしなねェぜ。かなり苦ェ煎じ薬がはいってるからなァ。えずくくらいはするんじゃネェ?」


 小瓶を煽ろうとしたところで声がかかり、聖女は驚いた顔を向ける。いつのまにいたのだろうか、ナルが横に座っていた。


「ちなみに、聖女サマがそれを飲むと、神官が二人いなくなる予定。覚悟して飲むんだな」

「ど、どういうことですか。それは……」

「どうって──オレが嫌いだからなァ。テメェやヒイロみたいな子供に責任押し付けて、殺してしまいだ? 虫酸が走らァ」

「わたくしは、子供ではありませんわ」


 キッと聖女がナルを睨み付ける。大切に持っていた瓶は手からこぼれて、馬車の床を濡らした。


「十分子供だよなァ。オレ様が大人しく毒薬を返すと思ってるトコとか? ばっかじゃねぇの」

「それをお返しなさい」


 ナルの手に現れた小瓶を、聖女が取り返そうと手を伸ばす。必死で掴んだ小瓶の横に新しい瓶が現れて、聖女はそれも取り上げようとした。


「もっとあるゼ。ほらほら、どれが本物だろうなァ」

「なんですの。こんな──人をからかうようなこと」

「そりゃァ……オレ様、テメェも気にくわないからなァ」

「え?」


 思いもよらない言葉に、聖女が動きを止めた。その目の前に、小瓶が山と積み上げられる。小瓶とナルを見比べて、途方にくれた声を出した。


「どういうことですの? わたくしをお厭いだというなら、どうしてわたくしに構うのですか。放っておいてくだされば、この身など消えておりましたのに」

「そういうところが、気にくわねェってんだ。ガキが一人前に悟った顔しやがって。

 ……聖女サマ。テメェは自分が恵まれてるってことを、ちったァ自覚しな。沢山の神官どもに(かしず)かれて、美味しいモンを腹いっぱい食べて、オキレイな服を着て、温かな部屋で眠るんだ。これで恵まれてねェとは言わせねぇ。

 そんな、何不自由なく生きてきたヤツが、世をはかなんで自害するゥ? はッ──マジではらわた煮えくりかえるぜ」

「ひっ──」


 ナルの手に押されて、聖女は馬車の壁に背を付けた。ナルの手が、聖女の顔の横を叩きつける。ドンと音がして馬車が揺れて、聖女が身を振わせた。

 聖女の本当にすぐ目の前で、ナルが冷たい眼をしていた。

 恐怖を感じ、聖女の体が震える。それでも、ナルはじっと聖女を見ていた。


「いいか。世の中にはいろんなヤツがいる。メシを喰えなくて死んだヤツ。キレイな服なんて当然着れねェ。数えるくらいの服を丁寧に洗って着回すヤツ。眠るときは数人集まって暖をとる。……これは、テメェがいた王都であったことだ。知り合いが、ほんの小銭と引き換えに売られていくのを、体験したことがあるか? 見た事があるか? オキレイな世界で、オキレイな物しか見てねェ。そんな聖女サマなんざァ。気にくわなくても仕方ねェよなぁ。

 ──が、もっと気にくわねぇのは、そんな聖女サマを祭り上げてる神官(おとな)どもだ。だから、神官(あいつら)の邪魔をしてやることにした。アンタ本人はそう、悪いヤツじゃァねぇし、な」

「わ、わたくしが悪くないって、どうしてそんなこと──」

「本当に本当の悪人ならなァ。セクドの町で(あんとき)ヒイロを単身助けに行こうなんざァ、思うわけがねぇ。だから、アンタは無知なだけなんだろうサ。まぁ──お飾りとはいえ神殿のテッペンが無知ってぇのも、罪だがなァ」


 聖女はセクドの町で、ミーナに攫われた勇者を助けようとした。たった一人で、勇者を追いかけて行ったのだ。

 それを知っているからこそ、ナルは聖女が使い倒されるのを止めようとしたと、そう言われて、聖女は目を潤ませた。

 自分の行動が自分に返ってくる。ただそれだけの事に、泣いたのだった。


「あ──ッ? 何だァ?」

「ど、うか……しまし、たか」


 不意に顔を逸らせたナルに、聖女が訊ねる。泣きながらの声は、ところどころ途切れていた。

 ナルの豹耳がせわしなく動き、外の音を拾っているのがわかる。


「戦闘音? 魔獣か──? いや、だが──魔術? なんだァ、何がおこってんだ?」


 ナルは馬車の扉に手をかけた。


ナルの壁ドン。

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