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四十五話 聖女の使命と存在意義とありがたくない遭遇


 竜を倒した勇者一行は、会話も少なく先を急いでいた。

 馬に乗った騎士達も気まずげに視線を交わしている。トルクだけは平然と前を向いて馬を走らせているが、魔術師の心のうちを察するのは並の技ではない。自然、トルクにかけられる声もなく、無言の中ひたすらに目的地を目指す。

 一行の真ん中に、皆に守られるように馬車が一台ある。その中には聖女と勇者が向かい合って座っていた。


「そうですか……それは、恐ろしい事ですね」


 アレフの顛末を聞いた聖女が言う。

 王都を出るまでは、聖女にとって魔獣とは、お伽話の悪役のようなものだった。幾重にも巡らされた守りの中で、魔獣の被害を憂いていれば良かったのだ。

 この旅に出て、ようやく聖女は本気で魔獣と向き合ったのだった。

 ツェイは腕をとられ、アレフは命をとられた。二人だけではない。死霊を相手にした多くの騎士達が、帰ってこなかった。その死霊の残骸は、王都まで続いている。

 死骸と恐怖に彩られたその道は、浄化の魔術がなければ呪われてしまうとの噂までたっていた。

 誰が呼んだか"悲しみの道"と呼ばれ始めていた。


「恐ろしい──そうですね。本当に怖い事です」

「その竜は勇者様が退治なされましたの?」

「はい。……不意さえつかれなければ、アレフさんも十分対処できたはずなんです」

「そう、ですの」

「おかげで、今後のトイレをどうするかって、問題になってしまいました」


 茶化すように、明るく聞こえるように言うヒイロに、聖女が小さな笑みを見せた。


「お手洗いなら、ここをお使いになればよろしいのですわ。わたくしだって、事ここにいたって、馬車の中でのうのうとしているつもりはございません。近く、きっとそうなりますから、ご安心なさってね」

「えぇー。そうしたら馬車の中にいるの苦痛になりそうですよ? 臭いとかひどくなりそうですし」


 聖女の言葉にヒイロが笑う。

 二人一組の連れションは恥ずかしいが、許容範囲内だった。実家でも、何度も経験していたことだ。

 聖女のように個室で、という方が珍しい。


「えっと……。今度の休憩の時に聖女様も外に出てみますか? 気分転換になると思いますけど」

「あら、嬉しいお申し出ですわ。けれど神官達が許してくれるでしょうか」


 今回、ヒイロを馬車にいれることですら悶着したのだ。ヒイロと聖女を一緒にしたくないと神官が言い、馬に乗せるにはショックが大きいと騎士が言った。

 結局、トルクと聖女の言葉があり、ヒイロは馬車に入る事になったのだが、神官達の恨みの瞳は忘れられなかった。


「……どうか、彼らをお許しくださいね。彼らは"聖女"を守る事に必死なのですわ」

「? ええ、聖女(あなた)を守りたいんですよね?」


 ヒイロの言葉に、聖女は頷かなかった。


「あの──」

「おじゃまするぜェ」


 疑問を浮かべたヒイロが話しかけようとするのに被さって、元気な声がした。

 動いている馬車の扉が開いて、入ってきたのはナルだった。豹人の身のこなしに、ヒイロと聖女は驚きの声をあげる。


「え? ちょ──どうやって入ってきたんですか?」

「え、え、え?」

「あー、まァ気にするなって。そのうち、ヒイロにもできるようになる」

「いやいやいや。無理ですよ!」


 扉を閉めたナルは、ヒイロを詰めさせてその横に座った。


「さて。あん時ぶりだなァ、聖女様。その後変わりないかィ?」

「あ。は、はい。そちら様もおかわりないようで。良かったですわ」

「オレは変わりなくてもなァ。外はまるでお通夜だぜ。嫌になってここに避難して来ちまった」

「そうですの」


 馬車の窓から見える騎士達は、みな無言で馬を走らせている。溜息をついて、聖女は窓から視線を逸らせた。


「皆さまにはご迷惑をおかけいたしますわね。でも、もうすぐ良い方向に向かいますわ」

「それはさァ。聖女様が左手に持ってるモノと関係があるのかねェ?」

「え? それは、何の事を……」


 聖女はうろたえた。ヒイロは驚いて聖女の手に視線を落とす。

 聖女の左手は強く握りしめられていて、何かをにぎっているのか、何もないのか、ヒイロには区別がつかなかった。


「なんの事をおっしゃっているのか、わかりませんわ」

「そうかァ。ンじゃぁ、手ェ開いてみな」

「どうしてそんな事を言われなくてはいけませんの──」

「いいかァ……何もねぇんなら、手ェ開け。開かないンなら、力ずくだ」


 引かないナルの様子に、仕方がなく聖女が手を開く。そこに握られていたのは、小さなガラスの瓶だ。奪うようにナルは瓶を手に取ると、蓋の封印を解いて魔術をかける。


「──ベル・リアーナ。猛毒だ。一瓶で十人を殺せるなァ」

「違います。わたくしは、他人を害そうとしたわけではありません。それは、ただ──」


 ナルの言葉に、聖女が否定を返す。頭を項垂れさせて、視線をさ迷わせていた。


「自害の為だなァ」

「…………そうです」


 長い躊躇いの後で、聖女が答えた。ヒイロは何を言うこともできず、二人のようすをおろおろと見ているだけだった。


「ナァ、聖女サマ。(ちまた)であんたが何と呼ばれてるか、知ってるか? 少しでも道理を知ってる奴ァ、人形姫って呼んでるんだよ。そんなあんたが、望んでこの旅に同行したとは思えねぇ。ましてや、自害なんてな」

「仕方がないのですわ。わたくしは無力ですから……」

「そんなこと、ありません! 聖女様は立派な──」

「まぁ、いらねぇよなァ」

「ナルさん!」


 なんでそんな事を、とヒイロはナルを咎めた。


「聖女様は、僕が攫われた時も助けてくれたじゃありませんか。セクドの町でも、領主を失って戸惑う市民をまとめてくれました。それなのに、無力だなんてどうして」

「聖女サマがやんなきゃ、おまえがやっただけだ、ヒイロ」


 ヒイロの言葉をナルが切り捨てる。

 勇者の旅に、聖女がついてきた目的がソレだった。神殿の威光を広げるため。勇者という希望すら、神殿に属するのだと示すため。そのために聖女が付いてきたのだった。


「それになァ。以前から気になったたんだけどな」

「なんでしょうか」

「あー、あれだ。あんたは”神の声”が聞こえるから、聖女なんだよな。ンじゃぁ、神と話したヒイロは? 聖者じゃねぇの?」

「え? いえ、”神の声”が聞こえるのは、神託スキルを持つのは、世界でわたくし一人ですわ。わたくしだけが、神の声を届ける事が出来るのです」

「だとよ、ヒイロ?」


 ヒイロは不思議そうな顔をして、聖女を見ていた。

 その視線に気が付き、聖女がヒイロを見返して声を震わせた。


「え? でも僕、神様と話しましたよ」

「嘘……嘘ですわ。嘘に決まっています」

「なんで嘘だって?」

「だってそうでしょう。神託のスキルを持つ者はただ一人なのです。そう決まっているのですもの。わたくしが──わたくしだけが、そのスキルを持つのです。神に選ばれた者──わたくしだけが、神に選ばれた者。特別なのです」


 聖女は顔を青ざめさせて、ヒイロとナルに抗議した。


「わたくしが特別なのです。特別でなくてはいけないのです! だって──わたくしが特別でなければ……大神官様は……」


 ぽろり、と聖女の瞳から涙が零れた。両手で顔を覆って、しゃくりをあげて泣き始める。

 あわてたヒイロがナルを責めた。


「ナ、ナルさん。どうして、こんな事を言いだしたんですか」

「あのなぁ。神託スキルを持つヤツなんて、珍しくねェんだよ。なのに、やれ聖女様だ、聖人様だ──ッて。アホみたいじゃね? だからずっと気になってたンだけどなァ」

「え。あ……珍しくないんですか?」

「あァ。片親が神官なら、確率二割ってとこかなァ。珍しいっちゃァ、珍しい。特に聖女サマの両親は神官じゃなかったンだろ? 天然モノの神託スキル持ちはレアなんじゃねェの」

「ばかな事を言わないでッ! 世界でわたくしだけが持つスキルなのですッ。……出て行ってください。誰か! 誰かこの人達をつまみだして!」


 聖女の叫びに馬車が止まる。神官の手によって、ヒイロは馬車から放り出されてしまった。

 ナルは、いつの間にか──寸前まで聖女と話をしていたはずなのに、人目に触れることなく馬車からいなくなっていた。

 そのナルが、悠々とヒイロに馬を寄せてきた。


「あー、迷惑かけたなぁ。後ろ乗れや」

「誰のせいでしょうか。でも、ありがとうございます」

「かわりに、聖女サマのご機嫌伺い、ヨロシクな」

「……はい……」


 しかたなく、ヒイロはナルの言葉に頷いた。




 ○ ○ ○




 トルクの意識には、神官と聖女の存在はなかった。ただひたすら、前を向き、勇者について考えていた。


(勇者を鍛えなくてはならない。何よりも。誰よりも。世界を救わなくてはいけない。世界を救うために、勇者を鍛えなくてはならない。魔獣を倒さなくてはならない。魔獣を倒して、勇者のレベルを上げなくてはならない。勇者を強くしなくてはならない。ワシよりも強くしなくては。殺さなくては。魔獣を。その為には、魔獣を探さなくては。呼ばなくては。魔獣を呼んで、勇者に倒させなくては。勇者を強くしなくては──)


 トルクの思考はぐるぐるとループを繰り返す。ただ同じことを考え続けていた。




 ○ ○ ○




 プラトンを先に家に帰し、メディエとセシルはのんびりと道を歩いていた。

 人々の熱狂はさめることはなく、騎士達が通った後を追いかけて王宮前まで列をなしている。その横を、身を隠すように歩いていたのだ。

 目指す場所はピアニー家である。とりあえず、家の権利書が手に入るまでは家にいる必要があると、言いくるめられているのだ。

 だが、ピアニー家に辿り着く前に、メディエが足を止めた。


「……なんか、ヤな感じがする」

「え。──特には何も感じないけど」


 前方を警戒してのメディエの言葉を受けて、セシルも周囲を警戒する。しかし、セシルには違和感など何も感じられなかった。


「嫌な感じ──って、どういうの?」

「えーっと……」


 口ごもったメディエの後ろから、聞いた事のない女性の声がした。


「くすくす……。こんな”ヤ”ではありませんか?」

「あー。急にごめんね。彼女がどうしても君達に会いたいって言うから……」


 クレイブの謝罪の声が、続いて聞こえてきた。


ナルの行動は「走っている車に、原付から移動した」とイメージしてください

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