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四十話 魔術師の目論みと精霊のギルド見学


 勇者の一行も随分と減ってしまった──と、トルクは目の前の一行を見て思った。


(死人の群れと、薬師の娘──まさか、これほど被害があるとは思わなんだが。だが、まぁ、ワシがおるゆえ大丈夫だろう。それに──人が減ったのは好都合と思えなくもないしな)


 好都合──と、トルクは思う。それには理由があった。

 この旅は勇者を鍛える旅だった。それなのに、勇者が騎士達の奥深くに守られているのが、トルクには不満だったのだ。

 ただ、騎士達と剣を合わせ、体力をつけても強くはなれない。実戦が必要なのだと、トルクは考えていた。

 だからトルクは早く町を出たかった。

 神官が何事か騒いでいたが、はっきりいって彼らは付属物──"勇者"の旅に付いてきたオマケ程度にしか認識していなかったのだ。


(ようやく勇者を鍛える事ができる──剣だけでなく、魔術も疎かにはできん。時間も、そう多くはない)


 短い時間で、多くの魔獣を相手にさせ、できる限りの能力強化を行うことが必要だと考えているのだ。

 そもそも、この世界にはレベルは存在しない。スキルとランクはあるが、それらにしても判っているのは極一部だけだった。

 そんな世界で、どうやってレベルをあげていくのか──それはひたすら練習あるのみなのだ。

 剣の一振り、魔力の動かし方。それを無意識で行えるほどに繰り返すのだ。剣の持ち方、力の入れ方、筋肉の動かし方──もっとも強力で効率的なやり方にたどり着くまで、延々と繰り返すのだ。

 何度も。何度も。何度も。何度も──


 産まれたばかりの赤ん坊は立つことも歩くこともできない。

 しかし、赤ん坊は成長する。体が育ち、筋肉を動かすことを覚え、立つこともバランスをとることも出来るようになる。いずれは、意識せずに歩くことができるようになるのだ。

 それと同じ成長をトルクはヒイロに望んでいた。

 強くなることを。

 友人であった英雄のように剣を使い、己のように魔術を使うことを求めていたのだった。

 そのために、利用できるものはなんでも利用すると。それがトルクの覚悟だった。




 ○ ○ ○




「ああぁ──。もう顔を出してくれないのかなぁ……」


 人のいない冒険者ギルドの受付に座って、クレイブは愚痴をこぼしていた。がっくりと顔をカウンターに付けて、目を閉じる。

 先日の女魔人の騒ぎを思い出す。まさか、まさか、魅了なんかにかかるなんて──と、衝撃が強く、顔をあげる気力もないのだった。


 「はああぁぁぁ。僕の癒しが──」


 ちまちました子供達は、言うまでもなくクレイブのお気に入りだった。その子供達に嫌われたのではないか、嫌われたかもしれない、嫌われたにちがいないと、クレイブは朝から鬱々と過ごしているのだ。

 ちなみに、この二日間、子供達は顔を見せていなかった。後始末や魔人退治の準備が忙しかったからなのだが、クレイブは自分が嫌われたからではないかと気落ちしているのだった。


 その時、ぎぎぃ、と扉が軋む音がした。期待に体を震わせて、クレイブはゆっくり頭を持ち上げて──満面の笑みを浮かべて、客を迎えた。


「ようこそ! ……って、アレ? なんで君なのかな? 子供達はどこ?」


 だが、入ってきたのは大男だった。即座に笑顔をひっこめて、クレイブはその場に立つ大男(ダンク)に文句を言った。


「いきなり、何言ってんだ、テメェ」

「クスクス。とうとうボケちゃったの? こんな所に一人でいるからよ。老人の孤独死って多いんですって。しかも、あなた運動もしないし」


 ダンクが若い女性を連れて扉を潜る。長いまっすぐな銀色の髪と、氷の様な冷たい印象のドレスを纏った、いかにも上流階級の女性だった。

 女性は、満面の笑みでクレイブをいじってきた。


「余計なお世話ですよ。どっかの誰かさんにフラれてからコッチ、仕事一本ですからね」

「アラ独り身なの──、嬉しいわ。いつでも家に来てくれて良いのよ。みんな喜んで受け入れるわ」

「”精霊の森”は遠いので遠慮しますよ」

「クレイブ──お前──精霊(ニンフ)に好かれたって噂、本当だったのか」


 呆れたようなダンクの声が、クレイブと女性の間に入ってくる。

 そういえば、どうして彼女がここにいるのだろうか、とクレイブは疑問を浮かべた。彼女は精霊(ニンフ)である。”場所”を守護する彼女達は、基本的に依代である住処から離れないはずだった。


「まぁ、それはそれとして。今は何時だ? 久しぶりの王都だが、まさか数年たってンじゃないだろうな」

「は? え、いいえ。あなたと最後に会ってから、まだ数日しか経っていませんよ。どういうことですか? まさか……」


 クレイブの声に、ダンクが応と返事をした。


「そうだ。俺は──俺達は、精霊の森ン中、ニンフの里に行ってきた」

「ひさびさのお客様ですもの。張り切っておもてなしさせていただきましたのよ」


 クスクスと、精霊(ニンフ)は美しい笑みを浮かべていた。

 その笑顔に騙されそうになるが、しかし──おかしな話だった。”精霊の里”では時の流れが違うのだ。たった一杯のお茶を飲んだため、十年の時間が過ぎてしまったという話は溢れかえっている。

 ならば、なぜダンク達は精霊の里に行きながら、”今”帰ってきているのか。


「どういうことですか──いったい、何が起こっているんですか?」

「あぁ、それな。──えーっと。何から話したもんかなぁ」





 ”魔竜の討伐依頼”を失敗したダンク達は、小さな依頼をこなして糊口を凌いでいた。本来ならばもっと派手な仕事が好きなメンバーだったが、さすがに現状で──貴族に目を付けられた状態で──大きな仕事も出来ず、地味な仕事ばかりをこなしていたのだった。

 ところがある日、ダンクのパーティの一人、天才──もとい、”天災”のライガが一つの依頼を持って帰ってきた。


 その手にもった書類に、パーティは騒然となった。

 今度は一体何が起きるのだろうか──びくびくしながら覗きこんだ依頼用紙には、”薬草の回収”と書かれていた。パーティメンバー達が顔を見合わせる。


「え……っとぉ。どうしてこれを選んだのかな? なんて聞いちゃったりして」

「んー? なんでだろ?」


 ライガが首を捻った。


「すでに申し込んであるのだな? ──前にも言ったが、こういう時には一度相談してほしいと言っているだろう。その耳は飾りものか?」

「んー? うん、ごめん?」


 大きな黒い兎耳を引っ張られても、ライガは首を捻っていた。


「んー? なんかね。光って見えたから? うん。だから、選んだんだ」

「──そうか。光ってたか──」


 答えが出て嬉しかったのだろう。ライガはぴょんぴょん跳ねて、喜びを表現していた。


「光って見えたって、言ったかな? じゃぁ、まさか……今回もなのかな?」

「間違いない。今回も厄介事だ。──まったく、セレといい男共と良い、もっとマシな依頼を選んでもらいたいな」

「俺はまだ一回しかババ引いてねぇよ! ライガと一緒にするんじゃねぇ」

「そうだよ。ネリアちゃんだって、この間変な依頼うけてたもん。自分の事棚上げにするのはダメダメかな」


 ぎり──と三人が睨みあう。

 自分は違う。自分だけはまともだと、三人の目が言っていた。


「おーい、おーい。行かねぇの? 行っちゃうよ?」

「あぁ──待って、お兄ちゃん!」


 気がつくと、ライガはすでに外出準備を整え、部屋を出ようとしていた。

 慌ててセレがライガの後を追い、ダンクとネリアがそれに続く。

 ダンクのパーティはこの四人だった。

 人族で大剣使いのダンク、同じく人族の魔術師であるネリア。兎族の軽戦士兄妹のライガとセレ。

 このバランス的にはいまいちなメンバーで、艱難辛苦を乗り越えてきたのだが──今回出会ったモノは、ある意味平和だった。


 王都の北にある薬草園で出会ったのは、金色に輝く角兎だったのだ。

 それを見た兎兄妹のテンションは最高値をぶっちぎり、ギルドの依頼もなんのその、角兎と共に遊び呆けてしまったのだが──まあ、今後に比べれば可愛いものだった。


「しっかし、最近魔獣多いなぁ。王都周辺(こんなところまで)魔獣出てくるのかよ」

「魔王のせいではないのか? アレは災難のモトだと聞いた事がある」


 ダンクが魔獣を退け、ネリアが薬草を回収してゆく。手持ちの籠一杯に薬草を回収したら、兎兄妹の出番だ。

 最近魔術を覚えたという二人は、”カンテイ”を使ってレベル上げにいそしんでいるのだ。

 今日も魔術を使うだろうと、兄妹に声をかけようとダンクは二人を探して。


「なんでだよッ!」


 空を飛んでいる角兎に、突っ込みを入れた。





「……というわけだ」

「いえ、分かりません。要約してください」

「ニンフのペットの角兎を保護して、里に招かれた。飯が旨かった。で、クレイブに会いたいって言うから、連れて帰った」

「最初っからそれで良いんです」


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