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昔話 姫様と騎士の物語

黒騎士=ルーカス一人称


 それは、国王(アレン)がまだ王太子だったころの幸せな物語。


「騎士様──ル、ルーカス様……」


 小さな声で名を呼ばれて、私は振り返った。

 その時は、王太子(アレン)に呼び出されたために、己の執務室から王太子(アレン)の部屋に移動している途中だった。

 部下達を連れていたのだが、呼びとめた相手を確認した部下は、あわてて最敬礼を取っていた。

 私を呼びとめたのは、王族──現王のたった一人の娘、ティアラ姫だったのだ。

 姫様は変わりなく愛らしかった。その可憐な姿を見るのは十日ぶりになる。柔らかな金髪がゆったりと結われ、薄緑色のドレスによく映えていた。

 姫から動かない目を無理やり下ろして、そっと身をかがめて礼をとった。


「これは、姫様。いかがなさいましたか」

「あの──お兄様が、ルーカス様と会わせて下さるとおっしゃったから。お待ちしておりましたの。──ご無事でよかった」

「──姫様は、閣下が前線にでていらっしゃるとお聞きになり、心配なさっておいででした。姫様は、随分とお気鬱になられたのですよ」


 なんと可愛らしい事を言ってくれるのだろうか。わざわざ私を待って下さっていたというのだ。なんと光栄なことだろうか。

 しかし、ティアラ姫の傍に使える侍女には責められてしまった。

 確かに、王都近くまで迫ってきた魔獣退治の指揮に出ていたが、まさか心配してくださっていたとは思ってもいなかった。


「ご安心ください、姫様。私は強い。たとえどれだけの魔獣が攻めて来ようとも、この身に傷の一つもつけられようはずがありません」

「あ……は、はい。分かっておりますわ……」

「閣下! そういう問題ではないのです。特別に思う相手ならばこそ、無事と分かっていても心配してしまうのが恋心ではありませんか!」

「だ、だめよ。ノーラ。やめてちょうだい」


 侍女の言葉を、顔を赤くした姫が遮る。

 あぁ、私の姫様のなんと愛らしいことだろうか。人目が無ければ抱きしめてしまいたい──どうして、騎士団長の服にはきらきらと飾りがついているのだろうか。これでは、姫様を抱きしめられないではないか。

 もっと柔らかな生地で、ボタンも装飾品も少なくして──襟飾りや勲章など取っ払ってしまえれば──


「聞いておいでですか、閣下!」


 この侍女は口うるさいので嫌いだ。

 女性とは、姫様のように美しく、優しく、淑やかに、愛らしくあるべきではないのだろうか。

 

「ノーラ、ノーラ。仕方がないわ。でも……ルーカス様はわたくしを守ってくださるわ。そうでしょう? ルーカス様」

「もちろんです。物語の”姫と王子”のように。どんな魔女に呪いをかけられても、どんな魔竜に連れ攫われても──必ず、必ずお助けいたします」

「はい! 信じております。ルーカス様は、わたくしの王子様ですもの」


 なんと純粋で愛らしい姫様だろうか。このような方が婚約者である幸運を、私は常に神に感謝し続けている。

 勿論、何があろうとお守りいたします──




 ──だが、その約束は叶わなかった。

 守りの堅いはずの王宮から、姫様が攫われてしまったのだ。外敵など、魔獣など、一匹も侵入させていないはずの王宮で──姫様は攫われてしまったのだ。


『どうして、どうして姫様のおそばにいて下さらなかったのですか! 姫様をお守りすると誓ったあなたが!』


 侍女は半狂乱になって、私を責めた。


『こんなことになって──すまない。妹の行方は探させている。本当に……すまない』


 王太子は沈んだ声で、私に謝罪した。


『姫と同時期に公爵夫人も姿を消したというぞ。なにか関係があるかもしれんな』


 魔術師の友人が情報を持ってきた。


「姫様を──姫様をお救いする──」


 その為に、持つもの全てを捨てたのだった。

 家も、一族も、騎士団長の地位も、友人も──全てを捨て、一振りの剣と共に旅に出たのだ。


 数え切れないほどの魔族を屠った。人里だけではない、知恵ある竜や精霊達の里にまで足を運び、姫様を探し求めた。

 魔王の座する南部の神殿近くまで、足を運んだ事もあった。

 それでも、姫様は見つからなかった。


 東に行けば竜の里のある火山があり、南に行けば越える事の出来ない厳しい山脈と魔族の領域があり、西には湿原と巨大な谷が広がり、北には緑豊かな湿地帯が広がっている。

 その全てに行き、姫様を訪ね歩いた。

 それでも、姫様は見つからなかった。




 一年かかった。

 姫様を見つける事が出来るまで、魔獣に守られた洞窟の存在を知るまでに、一年──かかってしまったのだ。


「姫様──」


 洞窟の奥深く。

 その一室だけ、人の住めるように手を入れられた部屋の中に、その人は眠っていた。

 人が住めるようにとはいえ、洞窟は洞窟である。大切に敷かれた絨毯と、その横の小さなテーブル、ふわふわの布団の敷かれたベットだけが、そこにある全てだった。


 ベットの上で、姫様は眠っていた。


 頬はこけ、目は落ち窪んでいた。風を受けてふわりと揺れる金髪だけが、かつての面影を覗かせていた。美しかった薄緑色のドレスも埃にまみれ、くたくたに汚れてしまっている。


「姫様。助けにまいりました──姫様──おそ、く……なって……」


 抱き上げようと首と腰に手を差し入れると、軽い音がした。パキンという音と共に、姫様が三つになってしまわれた。


「──姫様──ひめ、さま──」


 優しく、丁寧に──力を入れないように気をつけて、頭を持ち上げる。

 水分が抜け乾燥しきった顔からは、もはや生前の面影を得る事など、できはしなかった。


 苦しかっただろうか、怖かっただろうか──私を、恨んだのだろうか──


 あぁ、姫様。恨んでください、私を。

 あなたをお助けできなかった私を。

 あれほど約束したのに、あなたをお救いできなかった、間に合わなかった私を、責めてください。

 姫様──


「姫様──姫様──」


 愛した姫様は、左腕にすっぽりと収まるサイズになってしまわれた。生前と変わらず、揺れる髪が愛おしく感じられ、優しく梳いた。


「あぁ──姫様──」

『……ルーカス様……お助け下さい。ルーカス様。わたくしはここに──』


 姫様の声が、聞こえた。

連れていた部下が、現団長&現副団長だったり

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