表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/101

三十九話 黒騎士は姫に執着する


 ディーノの悲鳴のような声が響いた。


「団長──正気に戻って下さい! お願いです」

「正気? 何を言っている? 私は正気だ。ただ姫様をお救いしたいと、それだけではないか」

「ッ──姫様は、もう亡くなっておいでです! あなたが抱えているのは何なのですか!」

「妙なことを言う。姫様は生きておいでだ。そうか──お前達が隠しているのだな。さては、そなた魔王の手の者か」

「団長──私達が分からないのですか」


 必死で声をかけていたディーノの言葉が途切れる。

 二十年前に別れてそれっきりの相手である。判らなくても仕方がないとは思うのだが、それでもショックだった。


「まぁ、副団長(ごしゅじんさま)も年を取りましたしネェ」


 冷静に告げるのはポチだった。紅顔の美少年が年齢を重ねていくのを、ポチは間近で見続けていたのだ。

 二十年の間、ディーノは王都の──国の騎士団副団長として、重い勤めを果たしてきたのだ。


「うるさい! 私はまだ三十代だ!」


 どうしてこんなことにと、ディーノが吠えた。

 二十年──ルーカスがいなくなって、それだけの時間が過ぎている。

 前王は譲位し、王太子であったアレンが王位についた。

 瓦礫の散らばる廃墟だった王都は復興が進み、住民や貴族の家々が建ち並ぶ国一番の都になった。

 絶望に顔を暗く染めていた人々は、生気が宿り、精力的に日々を過ごしている。

 ディーノの立場も、ルーカスの後をひたすらに追いかけていた時とは変わっていた。

 二十年という時間は長い。長すぎた。


「団長──いえ、ルーカス様。もう一度、お尋ねします。どうしても──どうしても王都へ攻め入るのですか。引き返してはいただけないのですか」

「無論だ。私のすべては姫様の為にある。その姫様が救いを求めていらっしゃるのだ。どれほどの困難があろうと、私は姫様をお救いする!」

「そなたを大切に思う者の声も届かぬか──この、愚か者がッ!」


 ノアの怒号が響き渡った。その声に、周りの騎士達が竦み上がる。未だ戸惑いはあるものの、盾を構え直していた。


「大切な人を失って、魔族に落ちちゃったのか。うんうん。理解できるよ。でもねぇ、分かるからこそ──ダメだよね。自分で止まれないなら、誰かに止めてもらわなくっちゃ、だよね。いいよ、止めてあげる。君が育てた、君の後輩達が、君の間違いを正してあげるよ!」


 厳かに宣言したハーヴィが、まるっとディーノに押し付けた。


「少しは手伝って欲しいものだな」

「えー? イイノ?」


 ハーヴィが視線をやる先にいるのは、レナードだ。彼が現宮廷魔術師の頂点にあり、魔術師の指揮をとっている。一応魔術師のハーヴィは、ディーノではなくレナードの下に数えられるのだった。


「構いませんよ。お願いします」

「あのバケモノを相手にするんでー、どんだけ人がいても足りないってゆーかー。有効打があったら、ぜひお願いしますー」

「はいはい。ヒカリノタマ──カゼノヤイバ──」


 ハーヴィの持つ杖から、騎士達に向かって魔術がおくられる。光の魔術は槍に、風の魔術は盾に吸い込まれていった。呼応するように、武器防具が光を放つ──その槍の柄からは清涼なる光が零れだし、その穂先からは色を変える光の刃が長く伸びてきた。光属性、と呟いた騎士がいた。

 風の魔術がかけられた盾は翡翠に輝き、その緑色は常に濃淡を変え続けていた。物理攻撃反射と、魔術師の声が響いた。

 しかも、ハーヴィはその魔術を、騎士全員にかけてみせたのだ。


「げ。さすが──めちゃくちゃですねェ」

「な──んという──反則を──」


 魔術師達から声があがるのを、ハーヴィは平然と流した。数人、首を捻っている者がいるが──ハーヴィの見せた魔術のカラクリを理解できる者はいなかった。




「私の邪魔をする者は、すべて──消え失せよ!」


 目の前をふさぐ緑色の盾に、黒騎士が一撃を与える。

 ぐっと、軸足が地面をえぐるほどの勢いで騎士に剣が叩き込まれる。盾で受けたその力を流を受け流すまでもなく、反動がおこり、黒騎士の腕に跳ね返る。

 弾かれたように黒騎士が距離を取るが、平坦だった地面が波打ち、バランスを崩した。


「よし。間接なら効くようですね。直接攻撃から、間接攻撃に移行。遠回りですが、攻めますよ」

「よっしゃー。りょーかいー」

「嫌味な感じが素敵ですぅ。さすがは、師匠の一番弟子ぃ!」

「それ、褒めてないでしょう!」


 魔術師達が盛り上がりを見せる。

 間接的と決まれば、彼らにできることは多々あった。圧縮した風をぶつけて動きを遅くする事、地面を液状にしてしまう事など。魔術には──嫌がらせのような──小技が沢山あるのだ。

 距離を取った黒騎士が剣を薙ぐ──その刀身に燃え盛る焔を纏わせ、騎士目掛けて放つ。しかし、焔を纏った衝撃波は、リヴとハーヴィの魔術壁に阻まれ、霧散していった。

 攻撃の隙をついて突き出された光の槍は、紙一重で避けたはずの黒騎士の鎧を砕いてゆく。

 黒騎士は確実に劣勢に追い込まれていた。


「姫様をお助けしなくては。姫様を。姫様を。生きている姫様を。私の助けを待っていらっしゃる。姫様を──」


 黒騎士の妄執がまき散らされる。

 鎧を砕かれ、傷を負いながらも、ただ偏に姫の事を口にし続けるルーカスを、ディーノはじっと見ていた。

 かつての上司を、憧れた人を──英雄の末路を刻むように、一挙一動を漏らさないように見続けていた。


「僕達の勝ち、だね」


 ハーヴィが巨大な魔力で風と光の魔術を発動させ続けながら、呟いた。

 黒騎士の攻撃は防ぐ。体勢を崩し、光の槍で攻め続ける──どう見ても黒騎士に勝利はなかった。


「──隠し玉がないかぎりはな」

「隠し玉? ──あっても防ぐよ」


(防いでくれるよ。どこかで見ている子供達がね)

 ハーヴィは憐れみを込めて、黒騎士を見た。




 ○ ○ ○




「ハーヴィさんから連絡が届いたよ。そろそろ終わりにしたいみたい」

「え、ちょ、ま。いまダメ。話しかけないで──」


 神託(オラクル)スキルを使用して、ハーヴィとセシルが話をしていた。その前では、飛んでくる黒騎士の攻撃を受け流しているメディエがいる。


「あの中ボス半端ないって! なんで、こっちにピンポイントに攻撃してくるわけ? 信じられねー」


 言いながらも、ばんばん飛んでくる衝撃波を打ち消してゆく。防御(パリー)スキルとってて良かったと、メディエは本気で感謝していた。

 セシルは安全地帯で、前線(ハーヴィ)との連絡をしながら、指示の通りに魔法を使っている。


「えーっと、今回の目的は騎士さん達に中ボスを倒してもらうんだよね。だったら、騎士の一撃に攻撃魔法を合わせるのが一番かな」

「そうそう。これが終わったら、あの家買ってもらえるんだし──持ち家の為にがんばろう!」



 望遠(テレスコープ)で戦闘の様子を確認しながら、セシルが今回のクリア目標を確認する。

 セシル達にとって、中ボスのクリア報酬は、今まで勝手に住みついていた家の所有権だった。

 ハーヴィの甘言「手伝ってくれたら、あの家あげるよ」という言葉に、上手く釣られてしまったのだった。「このまま家にいてくれても」というルリの好意は、丁重にお断りさせてもらった。

 一日中誰かに監視される生活など、ノーサンキューである。──絶対に監視する。あのハーヴィがしないわけがない、と変なところで信用のある聖人サマであった。

 勿論、今回のオラクルを利用した連絡を考えたのもハーヴィである。

 聖人ってなんだっけ──と、セシルとメディエが遠い目をしたのも、仕方がなかった。


 しかし、どうやらハーヴィは二人の事──彼らが異世界人である事──を、ルリにしか話していないようだった。

 なぜかリヴとノアには秘密にしているのだ。何か企んでるのではないかと、子供達は戦々恐々として────いなかった。いざとなれば王都を出れば良い、国を出ればいいさ、と呑気に構えている。


 今回の事は、風呂場まで作りあげた家を、合法的に手に入れるチャンスである。

 二人は二つ返事で中ボス退治の裏方に回ったのだった。


 だがしかし、これが忙しかった。


 黒騎士が攻撃の構えに入る度に、風か光の光線(レイ)で牽制する。

 ハーヴィの魔術に合わせて、騎士の盾には物理攻撃への耐性強化を重ねがけをし、槍にはヒカリノタマに紛れて聖属性を付与する。

 これ以上ないほどに騎士達を強化しながら、こちらを狙って来る攻撃を捌いていたのだった。


『次にチャンスがあったら終わらせますから──』


 セシルがオラクルを通じて、ハーヴィに連絡をする。


「魔力強化の杖をあげたんだし、自分でやればいいのになー」


 体を動かしながらメディエが文句を言う。──その頭上を、幻獣が旋回していたことには、気が付いていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ