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六話 魔獣と仔犬

 魔術屋から歩いて十分、ギルドからなら十五分ほどのところに、王都の内外を仕切る門がある。この門は東西南北に一つずつあるうちの南門であり、人の出入りを監視しているのだった。

 今回、メディエとセシル──子供二人が難なく外出できたのは、ギルドカードを作っていたお陰であった。


 門を出るときに簡単な注意──遠くに行きすぎると危険だとか、難民が多くいる方向を教えてくれたりだとか、慰問で貴族のお嬢様がおいでだとか、騎士達が倒した魔獣の廃棄場所には近づくなだとか──そういう諸注意を聞き流して、二人は広い草原の中に立っていた。


 昼日中ののんびりとした風景の中、人々は避難民達の方にゆっくりと流れていくか、まっすぐ南にのびた街道の先へと足早に進んでいく流れかに分かれる。

 ちらほらと道なき道を行く者達がいるのは、冒険者(どうぎょうしゃ)であろうと当たりをつけた。二人はそれらの流れから外れて、どんどん進んでいく。といっても、そう城壁からは離れていない。門を出て、避難民達とは逆の方向に、城壁に従って歩いて行っただけだった。


 ──だって、イベントがありそうなんだもん。とはファンタジー本大好きなメディエの言である。


「さて。とりあえずはこの魔術を鍛えてみる、ということで良いだろうか」


 セシルが地面に生えた”雑草”を鑑定しながら言う。

 ようやく魔術解禁になったメディエは、キラキラ輝く光の塊を周囲に侍らせては悦に入っていた。


「おおぉ。いやぁ、前から光り物に弱かったんだよなぁ、オレ」

「……光り物が好き? じゃぁどうして”ムセイブツノカンテイ”にしなかった? あれなら光り物を鑑定し放題だっただろうに」

「ち、ち、ち。鑑定したら欲しくなっちゃうでしょ? ただでさえ窃盗(セフト)持ってんだよ? そんな悪魔のささやき、しないでくれる?」


 思ったよりもまともなメディエの回答に、セシルのメディエに対する評価は少し上昇した。


「それに────オレには解析(アナライズ)知覚(パシーブ)があるからなぁ」

解析(アナライズ)知覚(パシーブ)! 忘れていたな、私も持っているじゃないか……先ほどの店主を知覚してみたのか?」

「あぁ。店主はグレイ・ナイン・ウォーロック、人族、宮廷魔術師。あの水晶玉は、光玉初級継承用魔術玉ってなってたな。ってゆうか、知覚(スキル)思い出したのも必要にかられてでさぁ」

「……つまり、なんだ。該当スキルがあったから、覚えなかったというわけか。しかし、私の”イキモノノカンテイ”では名前しか表示されなかったぞ。今はまだイキモノノカンテイの方がレベルが低いということか。しかし──宮廷魔術師だと?」


 なぜそんな立場がありそうな人が、街中で魔術屋を行っているのか? 二人は首をひねった。


「まぁ、良いか。今はお前の魔術の練習だが。どこまで行くつもりだ?」

「ん~。避難民達から離れるのは、イザという時のため。お貴族様から離れるのも、言うに及ばす──というわけで、ココ! 魔獣の死体置き場でっす!」

「わざわざ死体置き場(こんなところ)を選ぶ、その根性がひねくれているよなぁ」

「何をおっしゃる! ここなら多少ハジケタところで、誰も来ることはない! 故に、ちょっとばかりTWAのスキル使っても良いよね、という理由でっす」

「はいはい。私はそのあたりの雑草を鑑定しているから──」


 途中途中で雑草解析(よりみち)をしながら、ゆっくりと魔獣の死体置き場に向かう二人は、そこで何か小さな動物が動いているのを発見した。それは、一見ただの痩せた仔犬だった。


「お、第一未確定生物発見~。知覚(パシーブ)

知覚(パシーブ)──? 魔獣? どうやら、魔獣の仔のようだな」


 二人がみた知覚(パシーブ)によると、仔犬の名前と職業はハウンドドックで種族名が魔獣となっていた。


「へぇ、丁度イイや。魔術の練習にも、動く的があったほうがやりやすいよなァ」

「本気か? ──スプラッタは好まないので、できれば見えないところでヤって欲しいのだが」

「……その辺もふまえて、サ。ちょっとばっかり慣れないといけないんじゃないかな~、ってわけで。そんな理由がなくて、なんで死体置き場(こんなところ)まで来るかって、ホント」


 メディエが嫌そうに言う。ちらり、と見るその先には、山のように積まれた魔獣の死体がある。漂ってくる腐臭は鼻が曲がりそうになるし、死体にたかっている虫がなんの因果か二人の方にやって来ては目の前を飛び回る。

 はっきり言って長居したい場所ではなかった。


「別に、慣れる必要はないと思うのだが……」

「うん。まぁね。でもさァ、そんなんで今後どうするのよって事で。オレはさぁ、肉なんてスーパーでしか見たことがないから。冷蔵庫ン中で腐らせた野菜しかしらないから──死体(ああいうの)が、なんていうかさぁ。映画見てるみたいなんだよねぇ。もしくは、超リアルなCG。ぜんぜん現実じゃなくて──だから、焦ってる」


 メデイエはじっと自分の手を見つめ、目を閉じて──セシルに向き直った。


「オレは怖い。昨日──じゃねぇな、一昨日か。チンピラを取り押さえたことがあったが、体が勝手に動いちまった。こっちは何にも考えてねぇのに、やり方なんか少しも知らねぇのに、体が動いたんだ。そン時に思ったよ、オレは誰だ? って。まるで自分が自分じゃないみたいだった。

 今日だってそうだ。きょろきょろきょろきょろ、落ち着きなく走り回って、厄介事の種振りまいて──でも、前のオレは違った。臆病だった、周りの視線が気になって、動作の一つ一つにびくびく震えてた──オレは、ここにいるオレは本当にオレなのか? オレは、メディエという名前のオレは、本当に地球で暮らしていたのか? オレは──」


 自嘲するように続けるメディエの手に、セシルは自分の手を重ねる。緊張をほぐすように、ポンポンと数回手を叩いた。


「少し落ち着け──私も、今の自分に違和感を感じている。おまえと同じだ。私は、自分が冷静なのがおかしいと考えている。冷静なはずがない。なぜなら、この”セシル”の体は、あれほどまでに欲しがっていた”健康な体”だからだ。

 私は、健康な体が欲しかった。自分の考えた通りに動く体、根元からしっかり生えた髪、肌色の爪と血の通った肌。お前を追いかけ、こうして捕まえられる筋肉。ずっと渇望していたモノだった。

 それなのに──喜びの感情はある。これは間違いようがない。けれど、それ以上感情に身を任せることが出来ない。以前の私なら、この草原を走り回ったかもしれない。息が切れ体力が無くなるまで、足が棒になって、明日筋肉痛になることが確実でも。自由になれたというそのことを喜んで。

 それなのに、今の私はそれを”ふさわしくない行動”だと判断している。

 セシルは、本当に私なのだろうか。それとも、私ではない”何か”なのだろうか──分からない。自分が分からないんだ」


 二人で自虐的な笑みを浮かべあう。

 お互いに何も分からず、なぜこの世界にいるのかもわからず──もしかしたならば、城から逃げ出した(あの)時に、逃げずに留まっていれば何かが違ったかもしれない、と今更にして思う。


 しかし、二人は城から逃げることを選択してしまった。


 二人の選んだ道は逃亡(ソレ)だ。それならば、腹をくくってどこまでも行くしかない。後悔しても今更──選択をやり直すわけにはいかないのだから。


「と、ゆーわけで。オレは今後の為にも魔獣を倒すぜ」

「……どうしてそうなる」

「何事も練習、練習っと」


 セシルが強く握ってきた手を見て、セシルの顔を見て、メディエは大げさに溜息をついた。


「だって、アレ魔獣」

「確かに魔獣だけれど……うん。魔獣だけれどね。仔犬にしか見えないから」


 二人の見つめる先、痩せた仔犬にしか見えないハウンドドックは、小さな牙をむき出しにして二人を威嚇していた。


「ま、一回挑戦させてほしいなっ──ヒカリノタマ」


 言葉と共に、メディエの胸元から光が伸びてハウンドドックに向かう。自分に向かってきたそれを軽くかわすと、ハウンドドック低い唸り声を大きくさせた。


「ちっ、外しちゃった──ねぇ、セシル。手ぇ外してくれない? 何か狙い付け辛いんだけど」

「ヒカリノタマは胸元から出るのか? だがさっきは手の上に出していなかったか」

「あ、うん。意識したところに出るみたいでさぁ。上手くなったら背中側のフェイントとか、イイかもしんない」


 にんまりとメディエが笑う。そのためにも練習あるのみ──と、ハウンドドックに向き直って。



「おやめなさい!」



 少女の声が蛮行を止めることとなった。


「あなたたち、抵抗できない小動物をいじめるなんて、一体何を考えているの!?」


 キリッとした少女の声に出所を探ると、セシル達のいるところから門側の少し離れた所にウサギの獣人の少女がいて、こちらに走って来ていた──ふんわりと裾を広げた奇麗なドレスを着て、お付きなのか護衛なのか三人も引き連れているのを見ると、おそらく貴族か大商人かの娘なのだろうと思われた。

 その少女が、二人とハウンドドックの間に身を滑り込ませる。


「あ、ダメ」

「危ないよ」

「危ないのはあなた達です!」


 視界を遮られたハウンドドックは、侵入者に警戒してうろうろしている。その落ち着きのない様子を見て、少女は「可哀想に」と呟くと、そっと手を差し伸べる。目の前にせまってきたその手と、セシル達を見比べて──ハウンドドックはかわいらしく鼻を鳴らして、少女の手を一舐めした。


「まぁ、なんて賢いのかしら」


 そのまま手にじゃれつくハウンドドックに、少女の顔がほころぶ。少しの間、されるがままに舐められた後、少女はハウンドドックを──否、仔犬を抱き上げた。すっぽりと片腕に収まってしまう小さな体を、少女は潰さないように優しく抱きしめて、仔犬の軽さを感じて悲痛な表情をしてみせた。


「──子供二人だから、とわざわざ保護に来てあげたというのに、こんなことをする子達だったなんてね」


 少女が腕の中の魔獣を優しく撫でる。


「本当にひどい子供達ね。こんな可愛い仔犬を魔術の的にしようなんて、なんてひどいの」

「え、仔犬?」

「ッ、しまった。まさか……」


 セシルが小さく声を上げる。セシル達が先ほど使用したのは知覚(パシーブ)。イキモノノカンテイではなかったことに気がついたのだ。

 先ほどの店主の例からいっても、レベルによってはイキモノノカンテイは知覚(パシーブ)よりも解析能力が低い。ならば、魔獣のハウンドドックはイキモノノカンテイでは何と解析されるのか。”魔獣”と出てくれるのか、それとも──


 少女はウサギの獣人である。人よりもずっと聴力に優れており、セシルの先ほどの呟きも聞こえていた。それに合わせて腕の中の仔犬を凝視してくる様子に、少女のイライラが募る。

 大人しく謝っていれば見逃したのに、あたしの好意を無駄にするなんてと、少女は心の中で呟いた。


「──反省の気持ちが欠片もないのね。いいわ、あたしだって、あなた達みたいな最低な人と関わりになんかなりたくもない! でも、罰はしっかり受けてもらいますからね!」


 怒りをあらわにした少女の指示で、少しはなれたところで様子を伺っていた三人──おそらくは護衛達が二人を囲んだ。


「捕まえなさい!」


 少女の声に従って、三人が──そのうち一人は女性で、残りの二人は男性だった──そう、大人の男(・・・・)が二人を捕まえようと手を伸ばしてきて。


「や、だ。やだやだやだやだやだ!」

「メディエ!」


 メディエはパニックに陥ってめちゃくちゃに暴れだした。

 暴れる、といってもなんと言うことはない。叫んで、手足をがむしゃらに振り回すだけだ。けれど、その必死な様子に、護衛達に困惑が走った。


「あなた……あたしに逆らうなんて本当に失礼な人ね! 大人しくしなさいよ!」

「待って。メディエは大人の男の人がダメなんだ。前に大人の人に暴力を受けたことがあって……それから、男の人の暴力にはパニックになってしまうんだ」

「なんなのよ、その言い方。あたしが暴力を振るったとでも言いたいの? これは教育的指導よ。いいから捕まえなさい」

「待って、大人しく付いて行くから──」

「あなた達はさっきイヤな事をしたわ。小動物をいじめるなんてひどい事をね。だったら、あなた達もイヤだと思うことをされて当然でしょう? かまうことはないわ、捕まえなさい」


 護衛達が顔を見合わせて、紅一点の護衛が前に出る。おびえるメディエへの配慮だったのだが──


「あなたはダメ」


 少女がそれを止めた。そして、もっとも体格の良い男──いかにも男性的な、悪く言えば男臭い感じのする人族を指差す。


「そう──あなたが良いわ。あなたがその子を連れて行ってちょうだい」


 その宣言に、選ばれた男だけでなく他の二人もが顔を歪ませ、セシルはせめてもとメディエの震える身体を抱きしめた。

 ぼろぼろと泣きながら振るえるメディエを見て、少女は満足そうに笑った。そして、甘えるように腕の中で鳴く仔犬を優しく撫でる。


「あたしの、せっかくの好意を踏みにじったこと、しっかり後悔するといいわ!」





 メディエ達が少女に連れてこられたのは城門の入り口にある建物。そこにはいかにも頑固者という顔をした守衛が、困った顔で待ち構えていた。

 泣いて叫んで暴れまわって──全力で抵抗していたメディエはすでにぐったりしている。それでも少しの怪我もないのは、メディエを運んでいた男が暴れるメディエを大人しくさせるのに細心の注意を払ってくれていたからだと、セシルは気が付いていた。

 そうでなければ、今頃メディエの体は痣だらけになっていただろうから。


 守衛所に入って少女の目が無くなったと同時に、メディエの拘束は解かれていた。

 けれど、彼はただ大人しくセシルの後ろをついて歩くだけだった。そうして小さな部屋に辿りついても、メディエは無言でセシルの背中にくっついて震えていた。


 二人を部屋に案内した守衛は、一緒に入室した女性の守衛に扉の前に立つように指示をすると、二人の前で屈んでセシルに視線をあわせてきた。


「さて、座りたまえ──といっても無駄だろうね? よろしい。さっさと本題に入ってしまおうか──わざわざ避難民の前で小動物を魔術攻撃していたため、精神的苦痛を受けた。という訴えなんだがね。本当かな?」

「それですけれど。私達がいたのは、人の少ない魔獣の廃棄場所です。その時点で避難民達からは離れていますので、”わざわざ避難民の前で”というのは変です。

 次に、あの”仔犬”のことですけど──私たちは、アレが魔獣の死体に寄り添っているのを見ました。だから、私たちは仔犬(アレ)が魔獣だと思いました。殺すつもりで魔術を使いましたが、いけないことでしょうか?」


 正面に立ち話をしてくる守衛の顔を見ると、困ったというよりは呆れているのかもしれない、とセシルは感じた。


「ふむ────忌憚なく言うとだね。キミ達は、貴族のご令嬢の前で小動物を傷つけ、その為に令嬢はショックを受けた、という事が問題なのだよ。

 そういうわけで、一晩守衛所(ここ)の独房で反省してもらうことになる──とはいえ、まだ子供だ。子供に独房を与えるほどの余裕は無いからね。二人で一室に入ってもらうことになるのだけれどね」


 守衛は茶目っ気いっぱいにそう言ったのだが、”貴族令嬢”という言葉にメディエが体を震わせただけであった。


「大丈夫、ここに彼女はいない」

「……犬……はどうなるのでしょうか?」

「ん。あぁ──あの令嬢は動物が好きらしいからね。自分の家ででも飼うんじゃないだろうか」

「…………」

「まぁ、犬のことはキミ達が気にすることじゃない。気にしないといけないのは、この後のことだろう? さ、連れて行きたまえ」


 本当に簡単な、事情聴取とも言えない遣り取りが終了した。

 この遣り取りに、守衛(みな)にとっては貴族令嬢の機嫌を損ねないことが大切なのだ、とセシルは判断した。

 仔犬の正体──危険な魔獣であることも、メディエが少女にひどい扱いをうけ、もしかしたら男嫌いがひどくなってしまったかもしれないことも、守衛達にはどうでもいいことなのだ、と思ったのだった。


 肩を落とすセシルに女性守衛が声をかける。女性に続いて二人がうなだれたまま歩いていくのを、残された男性守衛は苦虫を噛み潰したような顔で見送った。


「なんともなぁ……」


 尋問用に用意されていた椅子に座り、溜息をつく。貴族のわがままに振り回されるのはいつもの事だが、お嬢様が子供相手にしたわがままの始末をつけさせられるのは勘弁してほしいと、願わずにはいられない。


「──ディーノ。すまんな」


 独房に向かった三人のかわりに入ってきたのは、少女の護衛になっていた男──ノアだった。

 ノアとディーノは友人で、今回の事の沙汰をディーノに頼んだのもノアだった。


「これで良かった、と思うのかね?」


 しょげた格好のまま守衛──ディーノが言葉を返す。それに、ノアは首を振った。


「良くはない──良くはないが、何の咎めもなかったと知れば、彼らがより目をつけられるだろう。ワガママなお嬢さんに関わるのは一度で十分だ」

「困ったことだ────ところで、あの子供達の言うことは正しいのかね?」

「残念なことにな。あの娘は自分よりも弱いモノを好む。慰問の帰りに二人を見つけたようだったな。自分よりも小さな子供がフラフラしている、というので保護しようと後をつけていただけだった。特に問題ないだろうと放っておいたのだが、仔犬に魔術を使ったのを見てキレたようだな。

 しかも、猫人の”トラウマ”が悪い方に作用した。娘には、自分に逆らって(・・・・・・・)暴れたように見えただろう────あの二人には運が悪かったと諦めてもらうしかない」


 避難所に慰問に出ていたはずの貴族の令嬢が不心得者を捕えてきた、と聞いた時は驚いたものだった。命知らずな若者がご令嬢に無体を働いたのかと思えば、なんのことはない、魔術の的が生物だったのが不快だというだけだった。

 しかし、その仔犬について、子供が興味深い事を言っていたのが気になっていた。


「それだ。仔犬(・・)の事だが。本当にただの仔犬なのだろうね」

「わからん。魔術では判別できんからな。魔術師(ハーヴィ)が居れば別だろうが、今は師匠に呼ばれていて留守だ。ただ──万が一を考えて、リスクを消そうとするのは理解できる」


 ハーヴィとはノア達パーティの魔術師である。彼ならば高位の魔術が使えるため、仔犬の詳細な情報を得ることができるかもしれなかったのだが──師匠に呼ばれたからと言って、本日は別行動をしていた。


「ふむ。では……最悪の可能性を考えて、あの貴族の周辺を注意するよう指示をしておくとしよう」

「そうしてくれ──こちらはリヴが落ち込んでいてな」

「ん。どうしてだ」

「いや、子供に怖がられて泣かせた上に、あれほど前後不覚に陥った子供を運ばされたら堪らないだろう。子供に怪我をさせるんじゃないかと挙動不審になっている姿は、見ていて気の毒だった」

「そ、それは……罰ゲームだな、可哀想に」


 リヴとは護衛についていた三人の中の一番体格の良かった──つまり、メディエを守衛所まで運んできた人物である。守衛所まで辿り着いたことに一番ほっとしていたのは、実は彼だっただろう。

 今頃は近くの酒場でエールでも飲んで──しかし、今回の出来事が忘れられず暗く落ち込んでいるかもしれない

 気のいい神官であるリヴをがっつり落ち込ませた代償は大きい、とノアは言う。


「多分だが──今後あの家の依頼は受けない。リヴをあれだけ虚仮にされて、ハーヴィが黙っているとも思えん。となれば、王都を出るのもすぐかもしれんな」

「そうか。久しぶりの王都だったのに、羽を伸ばせなくて残念だったな。せっかく再開した友人(おまえたち)と飲む機会もないとは、本当に残念だ」

「一晩くらいは都合をつかせるさ」


 ディーノが気取って肩をすくめるのに、ノアも同じように気取って答える。


 どうせすぐまた、下らない貴族達のごり押しがあるのだ。一つ二つの出来事にそう長時間関わってはいられない。

 今回独房に放り込んだ子供達には可哀想な事をしたが、貴族に逆らってはいけない、という良い勉強(たいけん)になっただろう、と二人は結論付けたのだった。


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