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if あだ花は王都に咲く

もしかしたらの話。リヴ一人称です。

私=リヴ、弟=ハーヴィ


 気がついた時には、手遅れだった。

 (ハーヴィ)(ルリ)を追い出し、私に敵意を向けてきていた。

 ノアは──彼が準備してくれた食べ物や飲み物には毒が混ざっており、かといって他に口に入れる物を得る事もできなかった。

 仕方がなく解毒しながら食べていたのだが、この数日で私達を本気で排除するつもりになったようだった。


 私にできたのは、ただ、ルリを王都から逃がすことだけだった。それでも万全ではない、彼女には同じく王都から逃げた女性達を守って欲しいと、頼んでいるのだが。無事に合流してくれるだろうか──。

 腹に焼きつくされるような熱さを感じる──あぁ、これはノアの剣だ。ノアの剣が、腹を裂いているのだ。


「”神の娘”を逃がしたな」


 ノアの声音には、まだ甘い響きが残っている──神の娘──ルリを逃がした事には、何か意味があるのだろうか。

 私にとってルリは”神の娘”などではなく、幼少から世話をした妹であり、弟の妻(いもうと)である。ただそれだけだったけれども。


「……ねぇ、兄さんも最愛の方に会ってみない? とても美人で、包容力があって、優しい方なんだよ。今呼んでくるから、待っててね」


 呑気な弟の言葉には、苦笑するしかなかった。

 今、私は死にかけているのだ。ノアが、私を殺そうとしているのだから。

 さて、弟が帰ってくるまで生きているだろうか──


「なぜ、抵抗しない?」


 ノアの言葉に答える事が出来なかった。


 勝てないから、というのが一番の理由だろうか。私ではノアに勝つことはできない。勿論、弟にも負けてしまうだろう。

 私にできることは、ただ──


「……癒せ。癒しの魔術は使えるだろう? かの方が来るまでに、無様な傷を癒しておけ」


 無茶を言う。常ならぬノアの言いようには、呆れるばかりだった。

 ノアの剣で負った傷の癒しなど、できようはずがない。それは、持ち主である彼が一番よく知っているはずだ。


 それでも、魔術の発動の為に、目を閉じた。

 体の中に魔力を集める。全身をめぐる魔力を、ただ一か所に集め、魔術として練り上げる。

 まばゆいほどの光が、体の中心に集まるのが感じられた。

 あと一言で具現される、光の魔術──神の奇跡。


 あぁ、これが最後とノアを仰いで──


「おまたせー。さぁ、兄さん! 最愛の方を連れてきたよ!」

「ふふふ。はじめまして、神官様。わたくしエリシスと申しますわ」


 弟が老婆を連れて帰ってきた。


「は……?」

「は? じゃないよ、もぅ! そりゃぁ、こんな奇麗な方を見るのは初めてかもしれないけど! でも、もっと言いようはあるでしょ!」

「リヴ──貴婦人に対して、失礼な物言いだぞ」

「あら。お二人とも、そんなにおっしゃらないで。宜しいのですわ。──神官様」


 そっと触れてきた女性──エリシスの指は冷たかった。まるで骨と皮のように皺だらけの、乾燥してひび割れた指をたどると、若い女性が着るような美しいラインのドレスがある。

 けれど、そこから見える顔は醜悪そのものだった。柔らかみのない角ばった顔には、異様なほどに輝く青い瞳がはめこまれていた。


 あぁ、なんとちぐはぐな存在なのだろう!

 弟は、ノアは、この存在に何を見たというのだろうか。


「おいたわしい事……お悩みが強いようですわね。でも、もう大丈夫ですわ。きっと大丈夫」

「そうか……大丈夫、か……」


 大丈夫──そう、か。大丈夫なのか。

 エリシスと名乗った彼女が何者なのか、私にはわからない。

 けれど、この異形の存在が、弟達を変えてしまった原因ならば──


 冷たいと感じたエリシスの指が、温かく感じられる。

 閉じぬ腹の傷からは血が流れ続け、指先から凍えてきているのだ。冷たくなった指には力が入らず、小刻みに震えていた。

 心臓の鼓動が体全体に響き、一拍ごとに頭痛が増してくるようだった。

 痛みに思考が支配されてしまう前に、やることをやっておかなくてはいけない。


「大丈夫だな? 私が居なくとも。お前は──お前達はもう、大丈夫なのだな?」

「兄さん? 何を言ってるの?」

「無論、問題はない」

「お二人は大丈夫ですわ。わたくしがおりますもの。あなたも、わたくしを愛してくださるなら、このまま……」


 そうか──もう良かったのかと、感じたのは安堵の気持ちだった。

 ずっと傍にいなくてはいけないと思っていた。”兄”と呼んで慕ってくれるから、傍にいて守らないといけないと思い込んでいたのだ。

 けれど、いつの間にか二人とも私の手を離れていたのだ。

 気がつかなかった──気がつきたくなかったのかもしれない。


 けれど二人はもう手を離れて行ったのだ。

 ならば、私にできる事は一つしかなかった。

 体の中にある光を解放する。魔術として光に方向性を持たせて、世界を染める。


 ありとあらゆるものを浄化し、在るべき姿に戻す”神の奇跡”を、ここに──


「二人に──いや、皆に(オラファーブ)のご加護のあらん事を願う。”カミノキセキ”」


 王都の全てを浄化せしめる奇跡を、神よ──オラファーブよ、具現せしめよ。








 あたたかな涙が頬に落ちたのを感じて、目を開けた。

 ぼろぼろと、涙をこぼしながら私を覗き込んでいたのは弟だった。必死に魔術を展開しているのが、魔力の流れで理解できた。

 弟は、傷を癒そうとしているのだった。


 微かな笑みが漏れる。

 無駄なことだと分かっているのに、それでも弟は魔術を止めない。

 仕方がないので弟の手を取って、傷口から外させた。


 ああ──弟の手のなんと温かなことだろうか。

 比べて、私の手は氷のように冷たく凍えていた。彼の世とはこれほど冷たい世界なのだろうか──


「兄さん、兄さん──ごめんなさい。ごめんなさい──謝るから。だから、死なないでッ」


 弟はそれでもなお、私を癒そうと魔力を送ってくる。

 無駄な事だった。

 この傷は癒えない。

 ノアが使ったのは魔剣だった。決して癒せぬ傷を負わせる魔剣──それで傷付いた体は、人の業では癒す事はできないのだ。


「ハーヴィ。私のたった一人の弟よ──愛しているよ。幸せになりなさい」


 ノアの姿が見えない事、それだけが気がかりだった。

 けれども、強い眠気が全てをあいまいにしてゆく。

 弟の声も体温も、私の小さな疑問も──意識も無意識も混ざり合い、全てが一つになって──私という意識は消えた。


Q.王都でリヴが死にます。回避方法は?

A1.ノアの剣が魔剣の場合、回復できずに死亡します。先に回収しましょう。

A2.エリシスに会わなければ良いのです。先に倒しましょう。

A3.勇者が王都から出なければ、彼らは王都には現れません。

A4.逆に考えれば良いのです。最終決戦前の経験値が増えます。

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