三十二話 王都をかけた戦いは、どこまで王都を壊すのか
真昼間の王都で、轟音と共に煙が上がったのを、女達は目撃した。
今朝は、門を守る騎士達が任についていなかった。壁の外から伺い知れる王都の中も随分と静かなもので、一体何が起こっているのかと、女達は不気味に思っていたのだ。
そんな中の爆発騒ぎである。
不安の中、女達は身を寄せ合っていた。
○ ○ ○
気がつくと、一階の天井から上が吹き飛ばされていた。さんさんと太陽の光が降り注ぐ中で、ディーノは茫然とノア達を見た。
ディーノの横に座るエリシスも、突然の出来事に目を丸くしている。
「やだなぁ、そんなに見ないでよ」
「な、何を。いきなり何をするんだ、お前達は」
屋敷を消し飛ばしたのは、言わずと知れたハーヴィの魔術である。彼は、二階に魔獣が潜んでいるのを確認して、全てを吹き飛ばしたのだった。
その暴挙に、ディーノが批判の声を上げるが、ハーヴィは罠をそのままにするほど愚かではない。また、罠を軽く見るほど慢心しているわけでもなかった。
「何って、魔獣を消しただけだよ? ダメだなぁ、ディーノ。騎士団副団長ともあろう人が、こんな簡単に籠絡されちゃぁ」
「残念だが、お前の横にいる女は”魔人”だぞ。加えて、この屋敷で魔獣を随分増やしたようだな」
「あら──ふふふ。嫌ですわ、そんなこと。か弱い女に向かって、何をおっしゃいますの」
ハーヴィとノアの言葉に、エリシスが憂いに満ちた表情を作る。悲しげな声を響かせると、それに合わせるように、ハーヴィ達を取り囲むように金属音が響いてきた。
「えーっと、すんませんね。皆さんに恨みはないんスけど。ウチの副団長の敵になるってンなら、全員で相手しますよ──」
「すまんな。だが、美しい方の敵になるというのなら、始末させてもらう」
ハーヴィ達を取り囲むように現れたのは、武装した騎士達だった。それぞれ、抜き身の剣を手にし、ハーヴィ達に近寄ってくる。
それを見て、満足げにエリシスは微笑んでいた。
「ねぇ、これだけの数を相手にしては、勝ち目はないでしょう? だから、ね。わたくしのものになってくださらない? ねぇ、そうしましょうよ」
「あらあら。人のダーリンに声をかけるなんて、随分節操がないのね」
嘲笑と侮蔑の意味を込めて、ルリが挑発する。
「……いいわ。わたくしが欲しいのは王子様だけですもの。あなたの旦那様は、あなたと一緒に黄泉路に送って差し上げるわ」
「それは困るな。──そなたが、何ゆえに魔族に堕ちたのかは知らん。だが、これほどまでに人の世に干渉し、混乱させるというのならば、そなたは敵だ。神の御心に背いた事を罪と受け止め、大人しく眠りにつくがいい」
「ふふふ。ほほほほほ。これだけの戦力差があって、そのような大言──愚かにも程がありますわ。ディーノ様、どうぞお助け下さいませ」
ノアとルリが剣を抜く。
ハーヴィとリヴが杖を構えて──それが合図だったように、白い煙が周囲にたちこめた。
○ ○ ○
メディエとセシルが手に持つ瓶の中に入っているのは、雑魚Cにも使った麻痺毒である。
二人はそれを、ディーノの屋敷の周囲に撒いていたのだ。毒を含んだ白煙が拡散してゆき──二人の前で、ばたばたと人が倒れていった。
屋敷の周囲には、多くの人が武器を手に集まっていて、その人々が全て麻痺して倒れているのだ。すごい光景である。
二人がいるのは、ディーノの屋敷の隣家だった。その家の屋根から、二人は周りのドタバタを見物していた。
屋根の払われた屋敷の中では、女性を含む騎士達と、ハーヴィ達が正面から対峙している。その周囲を騎士達が取り囲んでいるのも、二人には手に取るように見えていた。
ハーヴィ達からの合図に従って、毒を送る。カゼノヤイバに乗せられた毒が騎士達を取り囲み、体内を犯してゆく。動きがぎこちなくなり、倒れてゆくのを、二人は冷静に観察していた。
ちなみに、この毒は二時間くらい有効であると確認されている。実験対象になったのは、言うまでもなく雑魚達であった。
「これだけかぁ」
つまらなさそうにメディエは言った。
「そうだな、後はノアさんとルリさんに攻撃力強化をかけるのと、ハーヴィさんとお兄さんに魔力強化をかけるくらいか」
「雑魚ズは、気持ち良さそうに暴れてるよなぁ。元気だなぁ~」
メディエが視線を向けたのは、暴れまわる雑魚達だった。彼らは思い思いのエモノを武器に、魔犬を斬って斬って、斬りまくっていた。
溜りに溜まったストレスの解消でもしているのだろう。彼らは一様に、良い笑顔であった。
「いいなぁ──」
呟いたメディエの背後で、ぐるる……と、犬の唸る声が聞こえた。
○ ○ ○
「あははははははははははは。女王様最高ッ! カタリーナも輝いてるッ」
「おらぁ! 次こいやァ、次ィ」
「……うるさい」
三者三様。雑魚達は非常に楽しく、魔犬を相手にしていた。けらけらと笑いながら魔犬を真っ二つにしていく様子に、さすがの魔獣達も攻めあぐねているようだった。
三人を囲む包囲網が、少しずつ広がってゆく。
その包囲網の奥から、大きな影が三人に襲いかかってきた。
○ ○ ○
『何をやっとんぢゃ、ご同胞』
『おや、先日ぶりじゃな、ご同胞』
空の上では、幻獣二羽の会話が始まっていた。
一羽はルリの家のカラウス。もう一羽は闇神殿から飛んできたカラドリウスだった。二羽は空中を飛びながら、相手を睨みつけていた。
そんな中、カラドリウスの視線がカラウスの脚に向かう。そこに取り付けられた筒を見て、カラドリウスの目が限界まで開かれた。
『そ、そなた……その脚に付けているのは……』
『ふふん。気がついたかね、ご同胞。これは──そう、最新型の通信筒。しかもオーダーメイドぢゃ』
『さ、最新型……だと……』
ぐらり、とカラドリウスの体がバランスを崩す。飛ぶスピードすら低下し、ふらふらと蛇行し始めていた。
カラウスに付けられた通信筒は、透かしの細工の施された、銀色に輝く美しい作品だった。幻獣のスピードで飛びながらも揺れないソレは、確かにカラウスのサイズピッタリに作られたのだろう。
それに比べて、己は──と、カラドリウスは、インクで汚れた爪と比較してしまったのだ。
『お……おぉ……。なんと、なんという……』
『今のご主人は良い方ぢゃぞ。美味い果物も貰えるしのぅ。先日の干した桃はなかなかのもんぢゃった』
『く、くだものまで……』
クリティカルヒット──
カラドリウスは思わぬ衝撃に、目の前が真っ暗になって地面に落ちていった。




