三十一話 正気に戻った雑魚ズと幻獣の忠告
「そうだねぇ。周囲の空気を抜いてしまうとか、地面に埋めるとか、手足を落とすとか、武器防具を全部消してしまうとか、かな」
「あぁ、なるほど」
「ちょ……随分とヤル気じゃね?」
近くで物騒な声がする──オウルはそう思って、重い目蓋を振るわせた。
返事の声は高い。恐らくは子供達なのだろう。目を開けて、姿を確認しようとして──
「僕は、重力過多にして潰すのが好きだよ。さっきまで元気に暴れてたヤツを、無理矢理地に這わせて、悔しそうに見上げてくる視線を感じるのが、かいかん──」
「子供に何言ってやがる、サド野郎」
オウルはあわてて身をおこした。
とたんに、強い目眩がおこり、起き上がった体をふたたび倒す。チカチカと目の前に星が光り、こめかみを刺すような痛みに襲われた。
「薬の副作用だな。まだ横になっていろ」
「あ──神官様ですか。俺、ナンでここにいるんです?」
「ふむ……何をどこまで覚えている?」
神官の手が魔術の光を帯びる。発動した回復魔術が、オウルの体を包み込んで癒していった。
オウルの中から、頭痛と全身を被っていただるさが消えて行く。
「あー、ありがとうございます」
「いや。子供達が使ったのは、かなり強い神経毒のようだ。痺れがあれば言うように。ほうっておけば、その個所が使えなくなるかもしれん」
「そこまでひどい毒は使いませーん」
ハーヴィを盾にして、その向こうから子供が文句を言う。副作用なんて、多分ない──と思う、と叫んでいた。
「……何かあれば、遠慮なく言うようにな」
「そうします。で──」
「おおおぉぉ! マジでオウルも来ちゃったんですかァ。え、ナンデ? チョー受けるンですけどォ」
「君が言わないようにね」
タオルを抱えて部屋に入ってきた雑魚Aが、オウルを見て言った。
「はい、これ神官様へ、お届けモノですゥ」
「ああ。助かるな、礼を言う」
「いやァ。神官様のお手伝いができるなら、コレくらい安いものですよゥ」
「……ちょっと、そこの雑魚。調子に乗らないように」
ゾッとするような低い声がハーヴィから発せられて、雑魚Aを襲う。雑魚Aはブルリと体を震わせて、残念そうにリヴから離れていった。
「さて。確認したいのだが。子供達を襲ったのは覚えているか?」
「はぁ? なんで俺が、あんなチビを──襲った。あぁ、そうだ。さっきガキを襲ったんだ。え、俺が? ガキを?」
ひどく困惑した声をあげて、オウルが子供達を見る。彼なりに困っているのだが、その凶悪な顔を見せられたメディエは、そそくさとセシルの背に隠れてしまった。
「そのお子様狙って、返り討ちよゥ。”悪夢”の名が泣くなァ」
「だからって、僕に喧嘩売るのもナカナカ良い度胸だよね。──さて、雑魚C」
雑魚Aは刀使いの盗賊、雑魚Bは短剣使いの暗殺者、雑魚Cに改名したのは大剣使いの自称盗賊である。勿論、全員の異常状態は回復させている。
「誰に言われて子供達を襲ったのかな? 敵対するつもりがないなら、教えて欲しいな」
「あぁ……おまえを向こうに回すつもりはねぇよ。死にたくないしな。だが──あれは──いや。あいつ、可愛いモノ好きだろう。そんな奴がチビを殺せって言うか?」
「アイツねェ」
困惑しきりの雑魚Cの様子に、雑魚Aが乾いた笑いをもらした。
「それを言うなら、コッチは弟様を相手にしたんですよ。正気で受ける内容じゃないですよねェ。殺してくださいって言ってるようなものじゃないですか」
「私が失敗したのは、お前のせいだと言わせてもらおう。いいか、口上を述べる前に斬るべきだ。どうして、暗殺の仕事受けながら、正々堂々と正面から相手にしているんだ。お前の頭も、女の好みのようにしわしわだな」
「脳ミソしわしわって、頭が良いってことだゼ」
音もなく現れた雑魚Bの嫌みを、メディエが切る。じろり、と雑魚Bがにらみつけてくるのに対し、そっと顔をそらせた。
「口の減らん子供だ。だが──少年も良い」
「イヤァ。変態がいるッ」
「ちょっ……と、私を前にしないで。変態の相手は私もヤだよ」
子供達があわてて雑魚Bから距離をとる。必死に逃げても狭い室内の事──しかも相手は暗殺者である。静かに、しかし確実に迫って来るのが恐ろしかった。
「あまり子供をからかうものではない。それより、頼んでいたものはどうだっただろうか」
「あぁ。そちらは問題なく。さすが神官様のお手製だ」
苦笑いを浮かべた雑魚Bが、装備品を取り出す。虹色に輝く宝玉を中心にしたアミュレットは、対精神攻撃用の魔術具の最高級品だった。
竜の魔核を基点に、魔術師と神官の二人がかりで魔術を込めたのだ。現時点で、これに勝るアミュレットは存在しないだろう。
雑魚Bはその効果確認を行っていたのだ。と、いってもやることは簡単。
アミュレットを持たせた侍従を、敷地の外に放り出すだけだ。侍従は、王都を一周して、屋敷に帰ってくる。その時の侍従の状態を確認するのだ。
雑魚Bは身体能力も高く、暗殺者の常識として、高レベルの解析魔術を所持している。今回の判定役には最適だった。
複数回、人と時間を変化させて確認した結果、魔術具の効果は確かだと証明した。雑魚Bはその報告に来たのだ。
「効果は抜群。ただし、数が少ないのが欠点だな。かなり強い魔獣の魔核を使っている以上、数が少なくても仕方がないのだろうが──」
材料が無いのは仕方がない、と雑魚Bが首を振る。
ちなみに、今、ハーヴィ達が持っている竜の魔核の数は、五つほどしかない。魔竜などほとんど狩ることはなく、狩ったとしても魔核を落とすこともまれなのだから、仕方のない事であった。
「別の方法を考えるしかなさそうだね。──さて、どうしようか」
「そういえば、オウル──じゃない、雑魚Cの依頼主って、クレイブさんでショ? ギルドの受付の──」
「……なぜ、それを……」
雑魚Aの言葉に、雑魚Cが口ごもり、視線を彷徨わせる。だってなぁ、と雑魚Aと雑魚Bが顔を見合わせて言った。
「俺達と弟様をヤりあわせたのもクレイブさんですからァ。多分ソウなんだろうなァと思って」
「折角の同士だったのだが。使い捨てにされるとは──残念だ」
「いや。多分、ロリコンは否定すると思うぞ」
雑魚Cは肩を落として修正をいれた。
○ ○ ○
「……ちゅ……う……い……」
エリシスは、目の前でインクと格闘している幻獣の足元を見つめていた。爪先に少量のインクを付け、紙に文字を書く。少しずつ書かれてゆく言葉を目で追って行くのは、かなりイライラさせられるものだった。
「分かったわ。”子供”と”注意”ね。子供に注意せよという事ね。……危険なの?」
エリシスにはカラドリウスの言葉を聞く事はできない。その為に編み出された会話方法が筆談だった。
「”はい”か。強い子供……ね。あぁ、そう言えば、ギルド職員が何か言っていたわね。”特別な子供達”だったかしら──その子のことかしらね」
王都の主要な場所には、エリシスが直接出向いて魔術をかけている。
それは、大店の主であったり、騎士団の詰め所であったり、闇の者が住まう酒場や、魔術屋やギルドであったりした。その時に、彼らから面白そうな話を仕入れてもいた。
その中の一つがギルド職員の言う、”特別な子供達”であった。
彼らは将来有望な子供達であるという。しかも、すでにかなりの力量の持ち主だというのだ。なんといっても、魔犬が溢れる王都において──しかも、住処はスラム内の空き家だ──そんな場所で平然と生きていたのだから。
身を守る力のない者がどんどん姿を消していった中で、たった二人で生き残った強者──それが、猫人と人族のペアだというのだ。
「その件については分かりました。気をつけます──ふふふっ。男の子なんでしょう? 大丈夫よ」
しかし、カラドリウスは”いいえ”と書いた。
その言葉に、エリシスは動揺を見せる。
「”いいえ”?……どういうことなの。わたくしの魔術が効かないとでも? まさか、ありえませんわ」
カラドリウスは、先ほど書いた”注意”という言葉を何度も示す。加えて”危険”と、書き添えた。
「わかりましたわ。十分に注意致します。──それで宜しいでしょう? そんなに気になさるのでしたら、わたくしのペットに合って行かれますか? 上手く進化して、最上級魔犬にまで成長しましたのよ」
エリシスが言うのは、数日前にペットにした魔犬のことだった。
彼女は犬達に栄養と母体を与え、数を増やしていたのだ。しっかりと選定を行い、優秀なモノだけを育てていった結果、魔犬としては最上級の”ケルベロス”にまで進化していたのだ。しかも、一頭だけではない。複数のケルベロスが、エリシスの元に生れていた。
この子達がいるのなら、何の不安があるだろうか、とエリシスはカラドリウスの不安を一笑に付したのだった。
魔犬最上級のケルベロスが三匹。
上級のゲーターや、ナイトストーカーは二十匹以上おり、五十匹以上の中級魔犬が忠実な兵士として控えている。
しかも、犬達に加えて、王都中の男達がエリシスの味方だった。
エリシスに害をなそうとするならば、この壁をかいくぐらなくてはならない。
その上で、エリシスの”魅了魔術”に抵抗しなくてはいけないのだ。
まさか、これをくぐり抜ける者など居るわけがない、とエリシスはカラドリウスの忠言を聞き流したのだった。