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三十話 勇者と聖女の変化と盗賊を自称する暗殺者


 結局、ミーナの事件はなかったことになった。


 元々は町の薬師の住居だったという家からは、複数の遺体が見つかったけれど、それも公開されることもなかった。

 ミーナのユニコーンは行方知れずである。ただし、大切そうに仕舞われたユニコーンの角が見つかったため、もしかしたら……と考えられている。


 聖女は断りなく部屋を出たことを咎められ、勇者は簡単に誘き出されたことの反省から、今まで以上の訓練を行うこととなった。

 講師はトルク。騎士達と鍛練した後に、トルクと魔術の練習である。


 ヒイロは目が回りそうに忙しくなった。

 それでも、続けている日課がある。


「おはよう、聖女様」

「おはようございます、勇者様」

「今日も、いい天気ですよ」

「ええ、本当に。気持ちの良い朝ですわね」


 毎朝、聖女に声をかけるのだ。聖女から、声がかけられる事もある。

 少年と少女は少しずつ仲良くなっていったのだ。




 ○ ○ ○




「はじめてのお使い──異世界バージョン!」


 テンション高くメディエが叫んだ。道に転がっている樽に上がり、右手を空に突き上げている。


(はじめてのお使いって、精神年齢を考えればいいのに……イイトシして、恥ずかしい)


 そういう仕草は、幼児がするから可愛いのだ。メディエは確かに見た目は子供だが、中身は十八なのである。いくら幼児的な可愛さをアピールしても、わざとらしいとしか思えなかった。


「ただ、食材を買って帰るだけだろうに。どうしてそんなにテンション高いんだ?」

「ふはははは。それは、ですね。笑うしかないという事実に直面しているからデスヨ。セシルも知覚(パシーブ)してみたら、オレの気持ちが分かるかもよ?」

「どうせ、至るところに敵表記がいるというんだろう。魔力を使うだけ馬鹿馬鹿しい」

「あはは──あたりィ。オレ、もう処理落ちしそう……でも、殺意の主が見つからないから、止められないワケ」


 メディエに言われて、セシルは周囲を見る。ぐるりと、全方向を確認するが、メディエの言う"殺意"の欠片も捉えられなかった。


「わからないが……」

「だろうねぇ。相手さんは隠蔽レベルが高そうだモン。かなり高レベルの暗殺者(アサシン)かなぁ。──随分と物騒なことで」


 軽口を叩きながらも、メディエは周囲へ探索の魔法をかけるのを忘れない。

 二人を中心に、放射線状に延びて行く魔力の糸が、メディエに敵意を持つ者を拾い上げる。しかし、この周囲の全員が敵状態では感知のレベルが落ちる上に、取捨選択をするメディエの意識の方が飛びそうだった。


「あっはっはっは。もぅ、笑うしかねぇよ。どうすんの、コレ」


 あまりにもの情報の多さに、メディエが音を上げた。これ以上は無理だった。いや、魔力は十分にあるのだが、精神力が続かないのだ。


「相手は暗殺者(アサシン)?」

「十中八九ね。クリティカル攻撃、首をはねられた──ってヤツね」

「つまり、先制攻撃からのクリティカルヒットが怖いんだな?」


 セシルの言葉に、メディエが頷く。可愛いらしいドット絵のバニーに、一撃必殺を食らったショックを思い出したのだ。

 可愛い外見に騙されて、命を奪われたキャラクターはどれだけいただろうか。あれこそ正に暗殺者の中の暗殺者。キング・オブ・アサシンであろう。


「ふむ──ならば、装備でフォローすればいいのではないか」

「へ?」

「クリティカルを狙うような輩は、筋力は上げていないだろう。素早さや運のよ良さをメインで上げるはずだ。ならば、一撃はそう重くはない。ならば、クリティカル無効か身代わりアイテムを装備してやれば良い」

「おォ! なるほど。先制攻撃さえ凌げれば、アサシンは怖くない。そういうことか! すっげぇ、セシルさん、天才!」


 周囲にかけていた魔術を切って、メディエがセシルに飛びついた。喜色を浮かべてアイテムを探ると、一回だけ死亡を無効にしてくれるアクセサリーが山のようにストックされているのを見つけて取り出す。

 出てきたのは、可愛い系のブレスレットであった。メディエは、そのアクセサリーを自分とセシルの腕に複数巻き付けて「これでよし」と、頷いた。


 そして、釣れたのは一人のアサシン──自称盗賊(シーフ)の男であった。




 ○ ○ ○




「いやー、参った参った。ガキ共、強いなぁ」


 豪快に笑うのは、大剣を振り回す大男だった。その男が目に入った瞬間に、メディエはセシルの影に隠れていた。自然、男と対峙するのはセシルになる。


「褒めてくれて、ありがとうございます……?」

「おうよ。褒めてンだぞ。俺の一撃をくらってピンピンしてるなんて、ただモンじゃぁねぇ」

「そう……ですか」


 確かに一撃はくらったのだ。

 それは、買い物の帰り道、貴族地区に入って、屋敷も近くなって気が緩んでいた時だった。いきなり、横道から叩きつけられた大剣──その一撃が、セシルとメディエを襲ったのだった。セシルは、腕に巻いたブレスレットの一本が、切れて地面に落ちていくのを確かに見ていた。

 そして、死亡無効のアイテムの存在に心から感謝した。


「ちょ、どうするよ? アレ、ぜったい筋力にも振ってるって」

「そうだね。どうしようか? 相手は盗賊(シーフ)──なら、やりようはいくらでも」


 相手は、大剣を振う大男である。どうしてこんなのがアサシンなのか。その体格と存在感で、本当に忍べているのか──非常に疑問である。

 そして、自由自在に振り回す大剣──それに掠りでもすれば、骨の一本や二本は折れてしまうだろう。

 とんでもない相手のようだと思い、セシルは相手の動きをじっと見つめた。


「ンじゃぁ、いくぜ──」


 男が振りまわしていた大剣を構え、セシルに向かって一歩を踏み出す。そのまま、勢いをつけてセシルの懐まで走り寄ろうとして──止まった。


 いつの間にか、男の前に壁ができているのだ。押しても斬りつけても動かない壁──男は、はっと顔を上げてセシルを睨みつけた。


「てめぇ、クソガキ! 魔術師かッ」

「魔術師じゃないと言った覚えはないですよね」

「ほい。投擲(スロー)

「アホか──って、は?」


 セシルの後ろから顔を出したメディエが、小さなガラスの薬瓶を男に投げつける。

 だが、男とメディエの間には、セシルが作った見えない壁があるのだ。メディエが何を投げたのかは分からないが、それが男まで届く事はない。──はずだった。

 だが、小瓶は見えない壁をすり抜け、男の顔に命中して砕けた。割れた瓶から滴ってくる液体を、男は真正面から浴びることになってしまった。


「な、ん……で……」


 ぐらり、と男の体が揺れ、手から大剣が滑り落ちる。

 全身から力が抜け、男はその場に崩れ落ちた。


「……いまいち、決定打にかけると思う」

「だよなぁ。イヤ、殺すなら簡単だけど。生かして捕えるってのは、難しいなぁ」


 今回メディエが投げつけたのは、麻痺用の毒薬だった。これを頭からかぶってしまったため、男は昏倒したのだ。

 けれど、毎回これをするのはちょっと面倒くさい──とセシルは考えてしまった。


(屋敷に帰ったら、ハーヴィさんにどうしてるのか聞いてみようか)


 そういえばハーヴィは、襲ってきたアサシン二人を生け捕りにして帰ったのだ。良い方法を教えてくれるに違いない、とセシルは期待した。


「セシル? ソレ連れて帰るんだろ。もう行こうぜ」

「ああ。そうだね」


 ピアニー伯爵家はもう目の前である。

 セシルは大男を捕えたままの風の檻を引きずると、先を行くメディエの後をついて歩き始めた。


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