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二十七話 身バレと過去を思う人


「えー、非常に残念なお知らせがあります」


 開口一番、ナルは言った。ツェイの部屋に押しかけていたヒイロと騎士達は、話を止めてナルを見る。一体何を言い出すのかと訝しげだ。


「さっき見ちまったンだけどよ──王都から付いてきていた薬師の女の子な。あれ、厄ネタだったぞ」


 は? と騎士達が疑問を浮かべる。薬師──王都からついてきた薬師の少女とは、誰のことなのか。

 ここにいる者の中には、その少女を見た事がない者もいる。

 首を傾げて記憶を探ったり、こっそり隣と話し合ったりしていた。


「そんなオンナノコいたっけ?」

「あぁーいた、気がするな。ほら、薬師の──」

「行方不明になっていたと言う少女のことですか?見つかったんですね、良かった」


 ちらほらと少女の事を思い出す者達の中で、ツェイはその少女が行方不明だということを覚えていた。

 行方不明(それ)を覚えているとしたら、ツェイしかいないだろう。彼女が不在だからこそ、ツェイの相棒は使者として出向いたのだから。


「それが、良くないンだって。あの女なぁ、最近町中で見つかっている、白骨死体と関係があるっぽいんだよな」

「は?」

「えぇー。いや、さすがにないよなぁ」

「えっと……あの連続白骨事件の正体は”死霊の大群”の一部だろう、ってトルクさんが言ってましたよ?」

「その後、何か進展があったんでしょうか?」


 そう、たしかトルクはそう宣言をしていたのだ。今も、周囲の警戒を強めるという理由で、町を見回っているはずだった。

 ナルは何かを言おうとして、口ごもる。頭に手をおくと、そのまま髪の毛をかき回した。


「あ──その。なんだ。信じられねぇとは思うんだけどな。見ちまったんだよ、ゲ・ン・バ。アノお嬢ちゃんが神官を殺して、骨にするところまで、バッチリと!」

「げんばぁ?」

「疑うわけではありませんが……彼女はただの少女でしょう? 不可能です」


 騎士達は疑いの声をあげ、ツェイは否定した。疑うわけではない、といいながらの一刀両断だった。

 普通に考えるならば、いくら神官がひ弱だとしても、成人男性である。どれほど弱いといっても、少女に殺されるほどダメダメではないだろうとの考えてのことだった。


「だよなぁ、普通に考えて無理だよなぁ」


 ナルは騎士達の反応に頷く。アレは目の前で見ない限り、信じられる光景ではない。


 けれど、ナルが見た光景は、現実のものだった。

 死体の上で踊る少女も狂っていたし、その後の光景──男の死体がほんの数分で白骨化してしまうなど、自身の目を疑う光景である。

 少女が立ち去った後も、ナルはしばらく動く事が出来なかった。自分の目の前に転がる骨を、じっと凝視していたのだ。 


 そして、理解してしまった。

 この町で見つかった骨──それは、彼女の殺人の結果だということに。


 この町で見つかった骨は、皆一様に白色だった。自然に骨になったとは考え辛い、きれいな白一色であったのだ。

 ”死霊”なのだから、普通の死体と一緒にしてはいけないかとも思うのだが、ナルは”死霊の大群”の戦闘後を見ている。あの場に残された残骸は、全て古ぼけていた。

 長い時間、雨風を受けた結果なのだろう。骨は茶褐色に汚れ、罅割れた物が多かった。

 それらに比べると、この町の白骨はきれいすぎたのだ。まるで、骨格標本のように。


 それを、どう表現して良いかわからなくて、ナルは横目で勇者の様子を伺った。


「それに、意味がないですよ。えっと、動機でしたっけ。彼女が神官さんを襲う理由がありますか?」


 ヒイロの言う理由。それも、ナルが返答に困るモノの一つだ。

 少女が語っていたのは、”勇者”との愛だったのだから。


「理由なぁ。──なぁ、ヒイロ。お前彼女にナンかしたか?」

「え、いいえ。話もしたことありませんよ。えっと──最初の顔見せで挨拶したのが、最初で最後です。どうしてですか?」

「その……彼女とのデートを邪魔されたりとか……」

「だから、話したこともないですって」


 真実、ヒイロが少女と個人的な話をした事はない。思い出してみれば、王都で少女の話を遮ったのは、ナルだったではないだろうか。

 それを話すと、ナルは「だよなぁ」と、素直に同意した。

 合わせて、騎士達の中から、少女の目撃情報が出る。「オレも見たかも」「そう言えばいたような?」と、全てヒイロの周辺での事だった。


「話した事もないのかぁ。それは──やっかいだな」

「それで、ここに来たのはどうしてですか?そんなホラ話をしに来たのではないのでしょう?」


 嘘と決めつけられて、ナルが溜息をついて──ヒイロを見た。


「ホラ……まぁいい! つまり、ヒイロを借りにきたんだよ」

「え、僕?」

「そうだ。魔術師のじいさんや、領主サマに話をするのに、勇者がいた方が便利だからな」

「僕、便利アイテムか何かですかー」

「似たようなもんだな」


 笑い飛ばして、ナルはヒイロを連れ出そうとする。

 けれども、ヒイロがあまり乗り気ではないのを見て、ツェイは助けを出すかどうか、迷いを見せた。


「お二人に、何を頼むつもりですか?」

「ん? "勇者様ご一行"がちゃんと揃ってるかどうかの点呼。ほら、最近は皆バラバラで、誰がどこにいるのかもわかってねーだろ」

「確かに、皆好き勝手していますからね。動機はともかく、やって悪いことではないでしょう」

「うっせーよ。せっかく見舞いに来てる同僚に向かって、なんつーこと言いやがるよ」

「まぁ、サボってるのがいるのも確かだよな」


 騎士達がちゃちゃを入れる。助けはなさそうだ、とヒイロは重い腰を上げた。


「はぁ……つまり、僕がお願いすればいいんですね」

「よっしゃ! ンじゃぁ、頼むな、ヒイロ!」

「ハイハイ。じゃぁ、そう言うことなので。先に失礼します」

「おーっ! 行ってこい、行ってこい」


 騎士達は、二人を笑って送りだしたのだった。


 時を同じくして、領主の館では姿を消した神官の捜索が行われようとしていた。




 ○ ○ ○




エリシスは豪奢なソファーに横たわって、外出時に見た青年の姿を思い出していた。


 すらりとした長身に、風に揺れる金髪が眩しい美丈夫だった。

 鋭く周囲に走らせる視線には甘さなどなく、ただ周囲を圧倒し、支配する力に満ちていた。

 青年の姿を思い返したエリシスは、同時に彼とよく似た男の記憶までも思いおこしていた。その男とは、現王アレンである。



 もう二十年以上前のことだ。アレンがまだ王子だったころ、エリシスは何度か拝謁する機会に恵まれていた。それだけではない、夜会ではダンスのパートナーを勤めたことすらあったのだ。

 当時すでにアレンには正式な婚約者がいたため、貴族の娘達は側室の地位を得ようと必死だった。

 エリシスは立場的にそれに参加することもできず、彼らのやり取りを遠くから見ていたのだ。

 それが良かったのだろうか。アレンは早々にエリシスを遊びの対象から外し、ただの友人として気さくに話しかけてくれたのだった。「地上の華」と、冗談交じりに、アレンはエリシスに話しかけた。


「地上の華は今日も麗しく──」


 アレンがエリシスを見つけた時、エリシスはひっそりと壁際に佇んでいた。

 豪華な衣装を身に纏い、髪を美しく結いあげていたエリシスだが、できるだけ目立たないように部屋の隅で小さくなっていたのだった。


「華は華らしく、今日も壁に飾られるか。少しはダンスを楽しんだらいかがかな?」

「結構ですわ。殿下こそ、いつも侍らせておいでの蝶々はどうなさいましたの? 姿が見えないようですが」


 蝶々、と揶揄するのは、彼が侍らせている貴族の娘達のことだ。

 美しく着飾った彼女達が、王子のまわりをひらひらと飛びまわる様は、一本の花を争う蝶の駆け引きのようにも見えていた。


「たしかに、彼女達は可愛いな。だが、いくら可愛らしくとも、下心がああも透けて見えては──恋愛感情など得ることもできまい。恋心を否定した相手と話すほうが、いくらも有意義だ」

「あら、嬉しいことを言ってくださるのね。ところで、妹姫様はいかがお過ごしでしょうか? そろそろお披露目ではございませんか」

「その妹が、おまえが遊びに来ないとむくれている。忙しいのはわかるが、結婚前に会いに来てやってくれ」

「ええ、殿下がお誘いくださるのなら、喜んで」


 そのまま、とりとめのない話をしたのだった。なんでもないような雑談──庭に薔薇が咲いたとか、最近はお菓子作りに凝っているとか──エリシスはその話の間中、周囲の貴族達の視線を痛いほどに感じていた。

 そして、曲が変わった時、アレンはエリシスをダンスに誘ったのだった。


「この際だ、一曲相手を願えようか。地上の華よ」

「ほほほ。こういうときは、名前を呼ぶものでしてよ。奥手の殿下」


 クスクスと笑って、エリシスは差し出された手に自分の手を重ねた──



 昔話だった。もう、ずっと昔の出来事だった。

 エリシスは国内の貴族と結婚し、アレンも婚約者と結ばれた。アレンの傍には複数の側室がいて、多くの子供に恵まれたと聞く。

 過ぎ去ってしまった過去。エリシスの青春を占めるアレンの姿──けれど、思い出と寸分違わぬ姿の青年が、街を歩いていたのだ。


 おそらくは、彼が王家を出たという王子なのだろう、とエリシスは思った。

 王子とはいえ、母親はただの平民だと聞いていたのだが──確かに、あれほどに王に似ていれば、民に慕われるのも理解できた。

 父王にそっくりで、しかも優秀。

 なるほど、ほかの王子達にとって──否、その母親の実家にとって、どれほど目障りだっただろうか。


 すぐにでも彼を手にいれたいと、エリシスの心は騒いだ。

 だが、彼のパーティーメンバーだという邪魔者の存在も気にかかる。

 現に、先程も彼は一人で歩いてはいなかった。筋骨隆々とした、おそらくは護衛であろう者が共にいたのだ。


「排除──いえ、大丈夫。相手は男ですもの。すぐにわたくしの虜にしてみせるわ」


 予定日まで後三日。三日後には、あの王子を手にいれるのだ──エリシスは過ぎ去った過去と、これから手に入る未来を思って微笑んだ。




 ○ ○ ○




 だらだら、とセシルとメディエの背中を汗が落ちていった。目の前のハーヴィは、以前とは別人のような冷たい視線で、二人を見つめている。


「……僕ね。騙されるのも、侮られるのも、誰かの手の上で踊らされるのも嫌いなんだ」


 まるで針の筵の上にいるようだ、とセシルは思った。ハーヴィの視線がちくちくと突き刺さる。


「な……なにかしたでしょーか?」


 メディエは上目遣いになると、かわいらしさをアピールしながらハーヴィを見た。

 しかし、ハーヴィは冷たく切り捨てる。


「ふん。わざとらしい」

「はううぅぅぅ~。セシル。助けて~」

「ウチのメンバーで、それが効くのは兄さんだけだよ、覚えておきなね。もっとも、兄さんを誑かそうとしたら、こんな優しくお話なんかしないから……そのつもりでね」

「ない、ない、ない、ない。ないですから~」


 そもそもメディエでは、リヴに近づくことさえ困難である。


「えっと。それで……私たち、何かしましたっけ?」


 メディエを後ろに庇いながら、セシルがハーヴィに疑問をぶつける。

 ハーヴィにかけた知覚(パシーブ)の結果、彼は異常状態にかかってはいなかった。では、いったい何にこんなに怒っているのだろうか、と疑問に思っているのだ。


「隠し事も嫌いなんだよ。特に、都合のいいことばかり教えられるのって……行動をコントロールされているみたいじゃないか」

「わかります。でも、それが?」


 思い当たらない、とセシルが疑問を繰り返す。呑気な子供達に向かって、ハーヴィは致命的な一言を言い放った。


「どこまでごまかすつもりかな? ねぇ──異世界からのお客人」


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