二十六話 ギルド員とバケモノ達と薬師
帰ってこない──とクレイブは一人ギルドの建物の中で苛ついていた。
子供達がノアに何を言ったのかはわからないままだったが、それでも何かを──天使様の不利になる何かを言ったのは確かだった。
その為、牽制のためにハーヴィを襲わせたのだった。もちろん、ハーヴィを排除できれば最高である。だめでも、体を損ねてくれれば御の字だと考えての事である。
ハーヴィは優秀な魔術師である。一般に、魔術師を相手にするならば、スピードで勝るシーフやアサシンを使うというのが定石だった。
騎士では初動に難がある。騎士の一撃と、魔術の一撃が同じタイミングになってしまうのだ。そうなると、騎士の筋力・技術力と、魔術師の魔力・精神力の勝負になってしまう。
ただの魔術師ならばとにかく、ハーヴィは一流の魔術師である。同等の騎士など多くは居らず、また、その者達は勇者の供をするために王都を出て久しかった。
しかも、筋肉バカ──否、脳筋な騎士に比べて、魔術師は頭を使う。ずる賢く、敗北の可能性をとことんまで削り、罠を張り巡らせることに長けているのだ。
同等の者を比較すれば、魔術師に負けはないといえた。
ハーヴィを落とせたなら、次はルリ。そして、リヴかノアを狙うというのが、このパーティを相手にする時の勝利への道である。──と、考察した者がいた。
考察をしていたのは、かつてギルドを利用していた冒険者達だった。彼らは、どうしても負い抜けないノア達を嫌っており、彼らを相手にするにはどうすればいいか、真面目な顔で話し合っていたのだ。
それを、クレイブは聞いており、実行に移したのだった。
この依頼を出した時、クレイブは勝利を確信していた。
まさか、スピードに長けた刺客が、魔術師を相手にして長々と前口上を述べるなど、クレイブは考えてもいなかったのだ。
いや、普通は考えない。どこの誰が不意打ちの優位を投げ出すと思うのか。
だが、それを行った者がいたのだ。
一人目──雑魚Aが堂々と襲撃したが故に、ハーヴィは街中でも警戒を怠らなかった。警戒用の魔術を発動させて、身を守っていたのだ。結果、雑魚Bは不意討ちをする前に、魔術の一撃を食らって昏倒したのだった。
これはもう、人選を間違えたとしか言い様がなかった。むしろ、巻き添えになった雑魚Bが哀れである。
「しかも、子供達も来ないし」
子供達は黒──何かを告げ口したに違いないのだ。
その内容は分からないけれど、口にした内容を隠したいから、子供達はギルドに顔を見せないのだろう。何の隠し事もなければ、堂々と顔を見せれば良いのである。
子供達は可愛いけど、とクレイブは残念に思った。
いくら可愛くても、天使様に仇なすなら、いらない。
残念だけど、本当に残念だけど、子供達には消えてもらうことにしよう──
相手は何の力もない子供である。すぐに口を封じれるだろう、とクレイブは誰を刺客に送るかと考え始めた。
○ ○ ○
剣を振る、剣を振る、剣を振る。
騎士達は、すでに三日──いや、四日以上を死霊との争いに費やしていた。
だが、騎士達に疲労はない。むしろ、望みを果たしているという高揚が、彼らを支配し突き動かしていた。
ひたすらに剣を振る。
死霊を滅ぼす。
そのなかで、騎士達は己と同じ存在に出会った。
同じように剣を振るい、死霊を滅ぼすモノ達に。
相手も騎士達に気がついたのだろう、ほんの一瞬、死霊を屠る手が止まり──その剣を騎士達に向けた。
向けられた剣からは、冷気を伴う風が騎士達に襲いかかる。
周囲の死霊が凍りついてゆくのを尻目に、騎士達は向けられた殺気よりも強い炎を生み出して、襲い来る冷気を散らした。炎に巻き込まれる形で、死霊達が燃えつき、灰となって散ってゆく。
一撃を為した後の剣を引き戻し、剣を立てた正眼──屋根の型に構えると、強敵をじっと見据えた。
そして、宣言する。
「我らは魔族を屠る剣なり」
「我らは魔族を滅ぼす剣なり」
「我らが敵を打ち滅ぼせ」
「我らは魔族を屠る剣なり」
「我らは魔族を滅ぼす剣なり」
「我らが敵を打ち滅ぼせ」
ほぼ同時に、対峙する敵も、騎士達と全く同じ口上を述べていた。
じっと相手の動きを、意識を伺って──騎士達は敵に駆け寄る。
走ると共に剣を降り、邪魔な死霊を消し飛ばす。もはや、騎士達にとって死霊の群れは、数が多いだけの雑魚でしかなかった。
剣によって生み出された炎が、氷が、衝撃が、死霊の群れ──すでに大群とよべるほどではなくなっていた──に襲いかかり、消滅させてゆく。
土煙が上がり、動く死体がばらばらに吹き飛び、白骨は跡形もなく砕けて散らされてゆく。
それらに意識を向けることなく、ただひたすらに目の前の敵を捕捉する。
斬りつけては受け流され、斬りかかられては受け流す──騎士達は、ただ相手を滅ぼす為に剣を振るっていた。
相手が同じ鎧を纏っていること、同じ型の剣を振るっていること──全ては、雑事でしかなかった。
騎士達は互いに、全力をもって、かつての同僚に襲いかかっていた。
○ ○ ○
「うふふふ。イケナイ子には罰があたるんですよ」
ミーナは、神官の体の上でくるくると舞い踊っていた。
気のすむまで足元の体を踏みにじり、満足できたところで立ち止まる。体を倒して顔を覗き込と、その顔は苦悶に満ち、手は首を掻き毟って硬直していた。
丁寧な作りの神官服は乱れ、髪もほどけてぼさぼさになっている。生前の凛とした佇まいを思わせる物は、何も残ってはいなかった。
「勇者様……」
足元の男から意識を外し、ミーナは勇者を思った。夢見るような、恍惚とした声がミーナの口から洩れて勇者を呼んだ。
ミーナは先ほどの記憶を思い出していた──勇者は優しく微笑みながら、ミーナに故郷と家族の話をしてくれてたのだった。「僕の家族はね……」と、田舎の話など何も知らないミーナの為に、分かりやすく笑い話を交えて話してくれた──とミーナは信じている。
あんなに勇者様とお話できるなんて至福のひと時だった──ミーナはその時間を思い出す度にうっとりする。
けれど、その記憶には雑音が混ざっていた。聖女という雑音が、ミーナのいるべき場所を奪っていたのだ。
「ごめんなさい、勇者様。あたしは、勘違いしていたんです。どうして一緒になれないのかって、おかしいなって、邪魔者がどこかにいるって思ってたんです。でも、違っていたんですね。騎士だけじゃない、聖女も、神官も。みぃんな邪魔者だったんですね。味方なのは、あたしと勇者様だけ。他の人はみんな悪い人だったんですね」
記憶の中の勇者が頷いていた。
「勇者様──はやく、はやく一緒になりたいです。一緒になれば、勇者様とずっと一緒でいられるもの。あたしは、その日が早く来る事を祈ってます。勇者様も、望んでくれますよね──」
楽しげに夢を紡ぐミーナが、鞄から薬瓶を取り出す。ラベルのついていない、透明な瓶の中に入っているのは、白い粉末だった。
丁寧に、慎重に──死体のすみずみにまで粉を振りかける。
体の上から下まで、髪の毛の一本も残すことなく、粉で覆い尽くしたのを確認して、ミーナは水の魔術を唱えた。
「──ミズノムチ」
ミーナの魔力は、薬師としては少ない方である。それでも人一人を覆うくらいの水を出現させることはできる。
現れた魔術の水が白い粉と反応する。魔力の水の全てが瞬時に白濁し、発生した空気の粒が外に出ようと弾ける。しゅわしゅわと音を立てて、気泡が生まれて消えるのを、ミーナは楽しげに見ていた。
「とけろ、とけろ。とけて、ほどけて、つぶれて、ぱっち~ん」
そして──
数分後、水が全て弾けた後には、一体の白骨死体が横たわっていたのだった。




