二十五話 女達の今と勇者のチャレンジ
王都の南門から歩いて数分のところに、避難民たちが張っているテントがある。かるく十張を超えるテントと、その間を行き来する女性の姿が見えていた。
テントの周囲には、しっかりとした柵が作られており、そのところどころに、武装した女兵士が立って警戒を強めていた。
今も、女兵士の一人がメディエとセシルを警戒して、剣を抜いている。柵の内側からは女達が不安そうに二人を伺っているのだが、その手に光り物が握られているのが見えていて、恐ろしかった。
どうしようか、と二人は顔を見合わせた。
とりあえずコンタクトを取るべきだろう。それにしても、こんなに好戦的に見えるのは、なぜなのか。
「怪しいものではありませ~ん」
とりあえず、十分に距離をとって、叫んでみた。
だが、女兵士から返ってきたのは警戒しているような強い言葉だった。
「いいか! それ以上こちらに近付くな! 近づけば、命──までは取らんが、腕の一本や二本は覚悟してもらうぞ!」
「は? えぇー。なんでぇ!?」
メディエの叫びに、女兵士が言葉を重ねる。
「なぜ、だと? きさまらは男だろう! しかも──そんな軽装でいるということは、王都に暮らす男だ。それが理由だ」
言われてみれば、そこには女性の姿しか見えなかった。大人から子供、兵士まで、そこに暮らす全員が女性のようだった。
しかも、いかにも草臥れた服を着ている──おそらくは避難民と思われる人から、立派な生地の新しい服を着た人までが一緒くたに生活しているようだ。
これはどういうことだろう、と二人は首を傾げた。
「どうして、女の人だけで暮らしてるんですか?」
「そうそう。男の人はいないの?」
二人の呑気な言葉に、兵士の堪忍袋の緒が切れたようだった。
「うるさい! 女たちを追い出したのは男達だろう! えぇい──目ざわりだ! 追い返してやる!」
「待て! 相手は子供じゃないか。何もそこまでムキになることはない」
剣を抜いたまま走り出そうとした女兵士を、横にいた兵士が止めた。「おちつけ」と肩を叩いて慰めていると、女兵士はいきなり地面に突っ伏して泣きだした。
「わたしの息子もあれくらいの子供だった! こんな職業だ──至らぬところもあっただろう母を支えてくれる、できた息子だったんだ。それなのに、それなのに──『ウザイから出ていけよ、クソババア』など、と──どうして──どうして──」
女兵士の嘆きを聞いて、彼女の周囲に女性たちが集まってきた。「ええ、わかるわ。いきなり刃物を突き付けられて……」「ウチのだんなも。突然よ──」と、女兵士を慰める。
それを見て、冷静な方の兵士は少年達に声をかけた。
「お前達が男であるかぎり、話す事はない。さっさと家に帰るんだな!」
「えぇぇ──?」
「しっ。メディエ、今は言われる通りにしよう」
セシルが文句を言おうとしたメディエの腕を引っ張る。
そのままずるずると、メディエを引っ張って──テントから離れていった。
「なんで言う事きくのさぁ? あんなのおーぼーじゃん」
「オーボー? あぁ、横暴ね。……王都中に女の人がいない理由はこれじゃないか?」
「え────追い出された?」
十分に距離をとって、セシルがメディエを解放する。メディエは連れだされた事が不満のようで、ぶーっと頬を膨らませていた。
「そう。追い出されたんだよ、彼女達は」
「? でも、なんで?」
「少しは考えてごらんよ──」
セシルは歩き始めた。
向かうのは魔獣の死体置き場だ。あそこをそのままにしておく理由はない。さっさと処分してしまうべきだった。
仕方がなく、メディエもそれに続く。
「……えぇ~。考えるのニガテぇ」
言いながらも、メディエは頭の中で最近の出来事を反芻する。
何かあっただろうか──と記憶をたどって、一つ思い当たることがあった。
「そういえば、クレイブさんがキモチワルイこと言ってたっけ。ええと──」
「そう、”天使様”。加えて魅了状態だった」
うえぇ、とメディエが口をゆがめた。
「そうだ、そうだ。気持ち悪かったから、今日もギルドをスルーしたんだったなぁ。──え。どゆこと?」
「私たちは”クレイブ”にしか知覚をかけていない。だから気がつかなかったが。──もしかしたら、王都中の男が”魅了”状態なのかもしれない」
「うげっ──どうすんの? 確かめる?」
セシルは少し考えた。
今の状態──つまり、王都に女性が一人もいない状況を考えると、かなりの確率で”魅了”にかかっているのは間違いなかった。
「……魔力の無駄使いだろうな。むしろ、状態異常にかかっていない者を探すべきじゃないか」
「そっか。あ、あの人達はどうかな? ──ルリさんたち」
数日前合った時は、ルリがパーティ内にいた。ということは、まだ”魅了”にかかっていないだろう。あの時、”空気の入れ替え方”を教えておいたのも良かったかもしれない。
「そうだ──」
「! ストップ!」
そろそろ目的地という時になって、メディエがセシルをとめた。そのまま前方を伺う。
「セシル──隠遁かけて」
「あ、ああ──」
先ほど書けたハイドは、戦闘に入った時点で解けている。その後は、避難民との接触が目的だったためにハイドをかけてはいなかったのだ。
メディエの言葉で、セシルがハイドをかけなおした。
魔法と共に、二人の姿が薄れて気配が消える。
「何か、強いヤツがいるな」
メディエが、探知スキルにひっかかった相手を探るように口にした。
彼の探知スキルはネコミミの追加効果のお陰で、数キロ先まで分かるようになっているのだ。さすがに、そこまでの探索能力はセシルにはない。
「強いねぇ──ボス?」
「かもな。んー、ん? あれ? 増えた?」
メディエの探索スキルに引っかかる敵の数が、どんどん増えていた。
「──そもそも、探索スキルとは、どういう風に感じるんだ?」
メディエの言い方が良く分からなくて、セシルが疑問を浮かべる。
「うーん。視界に赤い矢印が出てくる感じ? ここに、矢印の本数だけ敵がいるよーって教えてくれてる。近いと矢印が太くて、遠いと細い。結構邪魔だから、町ン中ではオフにしてる」
「……今日、帰ったら、オンのままでいてくれ。どれだけ敵になってるか、見ものだ」
「オレが処理落ちするから、ヤメテ。なんなの、その苦行」
ぶつぶつとメディエが言う。その間も、彼の視界の中では赤い矢印が増え続けている。
「うわぁ……やっぱ増えてる。なにこれ──って、そっか、ボスが手ごま増やしてるんだなぁ」
「へぇ──じゃぁ、望遠からの投影」
セシルの魔法が、二人の前に遠くの画像を映し出す。
半透明なそれに浮きあがってきたのは、黒一色の全身鎧に身を包んだ騎士の姿だった。その腕に淡い金色の何かを持っているのが、唯一の色だった。それ以外はすべて黒。マントすら漆黒の、黒騎士と呼べそうな風体の騎士だった。
黒騎士の目の前には、魔獣の屍が積み上がっている。二人が見ている前で、次から次に死んだはずの魔獣が起き上がり始めていた。魔獣が立ちあがるたびに、敵が増えているとメディエが言う。
「どうやら、あの黒いのがボスのようだ」
「だねぇ。──あ、ちょ……」
「ッ、まずい──」
メディエが声を上げ、セシルが防護壁を展開する。
はるか先、黒騎士が振った剣──その一撃目がセシルのテレスコープを破り、ニ撃目がセシル達に襲いかかったのだ。その衝撃波で、防護壁から外れたプロジェクトの魔法までもが霧散する。
「すっげ、かっこいい……」
「ソウダネー」
剣戟での遠距離攻撃を目にして、メディエの心は躍っていた。きらきらとメディエの目が輝く。ちなみに、セシルは棒読みだ。
「やりたい、やりたい、やってみたい!」
「できるなら、やれば? でも、今は彼らはコッチに来てるんじゃないか?」
「うん。ボス以外は来てるよ?」
のほほんとメディエは言う。すでに心は遠距離攻撃に向いているようだった。
メディエは、ナイフを持ち出して素振りを初める。ふんふん、といくら振り切っても、衝撃波など出るはずもなかった。
「やっぱり、スキルがないとだめか。ボスはいなくなったからなぁ。アイツラ弱いし、腐ってるから、接近戦もしたくないしぃ」
「ゲームでよくある、”顔見せ”というヤツだな。絶対に倒せないようになってるんだよな」
二人は溜息をつく。
雑魚一杯めんどくさい──などと言いながらも、近づいてくる相手に回復魔法をかけたのだった。
○ ○ ○
「こんにちは、聖女様」
「こんにちは、勇者様」
ヒイロは聖女に声をかけた。
初めて声をかけた日から毎日、ヒイロは彼女の元を訪ね続けていた。少しでも話ができないかと思っての事だった。
幸いにして、聖女はヒイロが話しかけるのを拒んだりはしなかった。
ただ、ヒイロの話を聞き、少しのいらえを返す。
「聖女様は、どうして神殿にいるんですか?」
「──どうして? どういうことでしょうか。わたくしは聖女ですもの。神の御心を広く伝えるために、神殿に身を置くのは当然ですわ」
「ん? そうじゃなくて。えっと──家族とか、友達とか……」
家族、と小さく聖女は呟いた。
「……わたくしの家族は神殿の皆ですわ。わたくしの友は信者の皆さんです。そういう勇者様こそいかがですの?」
「僕ですか? 僕の家族は……」
ヒイロは家族の話を聖女に聞かせた。楽しげに、時には身振りも交えて。
その話に、めずらしく聖女が微笑みを返す。
その様子を、じっと見ている影があることに、二人は気がつかなかった。




