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二十三話 夢とロマンと悲しみと


 ピアニー伯爵家の地下には、めったに人が入らないワイン倉庫がある。

 しかし、今日は別であった。静まり返っているはずの倉庫からは男の言い争う声が響き、扉の手前で待機しているメイドをうんざりさせていた。

 室内の最低男どもは、皆最低であった。


「はァ。何をいいだすんですゥ? 女性なら、ボンキュボン ! 揺れる乳こそが男のロマン! 至高の存在じゃないですかァ。それを、揺れる乳もなければ、デカイ尻もない。身体を優しく被う脂肪すらない、薄っぺらい子供(ロリコン)が理想とか──馬鹿にするにも程がありますよゥ」


「ふん! そちらこそ愚かしい。幼女が──女性としては未熟な幼女の控えめな美しさ──まだ咲き誇る前のウブな恥じらい──未来への夢がつまった小さな胸──その完成形であるツルペタ幼女が究極であるのは当然! ボンキュボンなど、盛りを過ぎた年増の象徴でしかねぇ! なにも知らない、純粋な身体にイタズラをして──お兄ちゃん、ヤダ、怖い──と涙目で訴えられてこそ興奮するってンだ! ツルペタ最高! 幼女と合法ロリに栄光あれ!」


「だが、幼女に柔らかさはないッ。ささくれた心を癒してくれるのは、柔らかい身体だッ! 襲撃を失敗して捕らわれ、へこまされ、プライドをズタボロにされた心を癒してくれるのは、熟女の熟れに熟うれた身体しかないッ」


「はぁ──さすが、理想ばかりが高い"童貞"だね。そんなの、好きになった女性が最高に決まってるじゃない。それを、外見で選ぶとか、バカじゃないの? 大人だの子供だの、痩せてるだの太ってるだの──そうやって見た目で判断してるから、キミ達はまだ童貞なんじゃないか。

 いいかい、理想の女性とは、好きになった相手のことだ! 異論は認めない」


 よりにもよって、熟女趣味とロリコン──ハーヴィがまともなのが救いである。だが、溺愛というのは──しかも、それが向けられるのはたった一人である。もはや偏愛と言った方が良いハーヴィの性癖は、まともだと思っても良いのだろうか。

 メイドの溜息は、扉に阻まれて室内へは届かない。

 うんざりしていると、複数の足音が響き、下りてくる者がいる事を知らせた。別のメイドの案内を受けて現れたのは、ノアとリヴだった。

 救世主が現れた──と、メイドは顔を輝かせると、手慣れた手つきで倉庫の扉を開ける。

 よく手入れされた扉は、軋みを上げることもなく開かれ、静かに二人を迎え入れた。


「おい、ハーヴィ──」

「ど、どどど童貞じゃありませんッ」

「当然。本物の幼女は眺めて──ちぃっとイタズラするのが最高だが、ニセモノ──いや、合法ロリならば手出しオーケー、むしろ、手出ししないのが失礼だろうが」

「なん……だと。お前も童貞仲間だと思ったのに──」


 ロリコンである雑魚Bの宣言に、熟女趣味な雑魚Aが驚愕の声を上げた。


「お前達は何を話しているんだ」


 その部屋で行われていたのは、滑稽な見世物であった。

 あまりにも予想と異なる様子に、ノアが呆れた声を上げる。その横で、リヴは頭を抱えていた。


「アッ、神官様ッ」


 雑魚達は床に転がったまま、口論を繰り返していた。相変わらず潰れたカエルのような格好でいるのは、ハーヴィがソレを気に入ったからかもしれない。

 現れたリヴの姿顔を仰ぎ見た雑魚Aが、慌てたように言葉を紡ぐ。


「違うんです! もちろん、神官様のことは大好きで、尊敬してますゥ。でも、女性は別枠──っていうかですね。むしろ、神官様が別枠、殿堂入りなんですよゥ」

「いや、女性談義が悪いと言っているのではなくてな──その。そなた達は尋問の最中だったのではないのか」


 敵には容赦のないハーヴィのことである。ワイン倉庫が真紅にそまっていたらどうしようかと、二人はあわててやってきたのだが。

 どうやら、捕虜は五体満足のである。杞憂が過ぎたようだった。


「勿論。尋問の途中ですが、何か?」


 しかし、平然とハーヴィは口にする。一緒に盛り上がっていた雑魚達が、驚きの目を向けていた。

 尋問──されていたっけ? と疑問に思ったのだ。


「熟女好きな雑魚Aと、幼女好きな雑魚Bには違う姿に見えている”女”がいるそうです──興味ありませんか?」

「──聞いた話だな。そうか、見間違いではなかったのか」


 脳裏に描くのは、一人の女性がそれぞれの(・・・・・)母親”に見えた、と言っていた子供達の言葉だった。その証言と合わせて考えると、”女”が怪しいことこの上ない。


「はぁ? なんだそりゃ──天使たんには何の関係もねぇよ」

「そうそう、いくら神官様でも、愛しい方を疑うなら、戦争ですよォ」

「ちょっと、その喧嘩買うよ?」


 乗り気なハーヴィが受けて、雑魚達は震え上がった。


「う、うぅぅぅッ。魔術師相手なら、戦士の方が強いって言われたのにィィ」

「ち。この、詐欺野郎がッ」


 キーッと叫びだした雑魚の言葉を、ハーヴィ達は聞き流して──


「いや、待て。そなた、今誰かに言われた、と言ったな。誰に何を言われたのだ」

「ェ」


 喚き散らしていた雑魚の口が止まる。どうしようか──と、右往左往するのを見て、ハーヴィとノアが呆れた声をあげた。


「ホント、口が軽いと尋問が楽でイイよね」

「こんなザルを使う気が知れん。しかし、街中で襲撃にあったと聞いたぞ──女性達の件と良い、どうなっているんだ」

「やっぱり、魔犬はいなかったけどね」


 ハーヴィの呑気な様子に、ノアが釘をさしておくことにした。

 今日のハーヴィの行動は、一歩間違えれば己の身が危険であったのだ。


「リヴに、一人で外出をするなと言ったのはおまえだろう。ならば、おまえも一人で危険なことをするんじゃない」


 ハーヴィは魔術師である。しかも、魔術師の中でも上の上──高位の魔術師であった。

 しかし、彼も超人ではない。

 たいていの相手には勝てるだろうが、勝てない相手がいることも確かなのだ。


「わかってるよ。今後は気をつけるから」

「そうしてくれ。ああ、それと──」


 ノアは先ほど執事から受け取った手紙を、ハーヴィに渡した。すでに開封され、中身を確かめられている。

 ただの友人(ディーノ)からの、食事の誘いだった。


「ディーノからの誘いが来ている。先日は、結局話をする暇もなかったからな──代わりに、近々席を設けたいそうだ」

「ふぅん──」


 ハーヴィは手紙と雑魚を見比べて──そっと、神託(スキル)を使用したのだった。




 ○ ○ ○




 後生に”悲しみの道”と呼ばれる街道がある。


 それは王都から西、セクドの町まで続く街道のことだった。なぜそのような名で呼ばれるようになったのか──それは街道の今が物語っていた。


 そこを進むのは、死霊の集団──はみ出た内臓が悪臭を撒き散らし、動く骨がカタカタと音をたてる。とうに腐り落ちた眼球の代わりに、色の定まらない光が眼孔を満たしている。

 人がいれば獣もいる。大人がいれば子供もいる。そんな、いろいろなモノの集まりだった。

 その集団は、言葉を発することもなく、ただ真っ直ぐに王都に向けて進んでいた。

 死と滅びを撒き散らすためだけに。


 だが、それを阻む者がいた。

 ほんの十人ほどの、全身を金属鎧で武装した騎士達だった。数日前に王都を出発し、セクドの町に向かったはずの精鋭達であった。

 セクドの町へ向かう途中で、死霊達に出会った彼らは、そのまま戦闘に入っていたのだ。


 死霊の一匹も通さない、と言わんばかりに奮闘している。剣を振るえば胴体を真っ二つに、槍で薙ぎ払っては身体ごと吹き飛ばしてばらばらにしてしまう。

 もう二日も飲まず食わず──しかも休みすらなく、ひたすらに敵を葬っているのだった。


 死したモノ達が大地に積み上がってゆく。頭を砕かれた死霊が地面に横たわり、その上に動かなくなった死霊が積み上がる。

 こうして騎士達の周囲に死霊の壁ができて行き、それがセクド方面に延びていっている。王都からセクドまでを繋いだ、死体の壁──これが、悲しみの道と呼ばれるようになった由縁だった。


「我らは魔族を屠る剣なり」

「我らは魔族を滅ぼす剣なり」


 騎士達はただひたすらに、死霊に剣を振るい続けていた。




 ○ ○ ○




 セシルとメディエは、いつものように王都を出た。

 クレイブが気持ち悪かったので、今日はギルドを訪ねてはおらず、そのため仕事も受けてはいなかった。

 ただ、王都にいたくなくて、気分転換のために外に出てきたのだが。


 目の前に迫る、大量の敵──いわゆる、動く死体を見て、二人は気分を落ち込ませた。

 尋常な数ではない。

 視界いっぱいに、ゾンビやら骨やらが蠢いているのだ。


「キモイんで、一発でお願いします。センセイ」

「うむ。まかせろ──炎の雨(フレア)


 時代劇の用心棒的な会話をするメディエに、セシルが鷹揚と頷くと、魔法を使う。

 魔力の籠ったセシルの言葉に従って、超高温の炎が満ちる。青白い炎は、視界に存在する敵という敵全てを絡めとると、一瞬で炭化させていった。

 あっという間に、溢れていた死体の達は灰となって散ってゆき、草原はきれいに掃除された。


 フレアは広範囲魔法、しかも敵と味方の区別をしてくれるという高性能の魔法である。

 その分多くの魔力を使用し、魔法使いのスキルをいくつも重ねているセシルだからこそ発動できた魔法だった。この究極魔法を、メディエは覚えてもいない。


「どうする?回復しとく?」

「飲む──今の魔力は三割を切ってるから、このままだと心もとない」

「うわぁ。さすがの燃費の悪さ」


 魔法使いであるセシルの、七割以上の魔力が必要な魔法である。 ヒエェー、とメディエは目を剥いたが、セシルは高度な魔法を思いっきり使えたので満足だった。

 次は隕石(メテオ)を使ってみたいと、感想を口にする。


「メテオとか、マジ? イヤャ~、ちょーっと無理でしょ。何、魔力足りるの?」

「いや、メテオ用のブースト装備があるから。さすがに素で使えるほどにはレベルは高くない」

「えー。でも、レベルが低いメテオは、レベルが高いフレアよりもダメージ低くない?」

「確かにダメージだけを見るなら、フレアの方が上だろう。しかし、メテオには夢とロマンがあると思う」


 メディエに渡された、魔力全回復ポーションを飲み干してセシルが宣言する。

 マスカット味のポーションは非常に飲みやすく、美味しかった。


「夢とロマンか……」

「そう。宇宙から大きな石が落ちてくる。最初は小さな点だったのが、みるまに巨大になってゆく。大気圏を通過するときの熱で、隕石の表面は真赤に膨れ上がり、恐ろしいほどの高温に液状化しているかもしれない。それが、目の前に迫ってくる──風圧が木々と地面を吹き飛ばし、熱が川を蒸発させる──」

「ちょ~っと、待った! え、メテオって味方ダメージないよね? 何、その、地形変わっちゃうカンジ」


 メテオはオフライン専用の究極魔法である。メテオのグラフィックを見るには、プレイヤーが覚えるか、他者に見せてもらうしかなかった。そのため、メディエはメテオを見たことが無かったのだ。

 メディエの言葉に、セシルは少し考えた。

 レベルがカンストしていないセシルには、そう何度もメテオを撃った記憶はなかった。それでも、何度か雑魚戦で使った事があり、その時の記憶では──


「うん。味方にはダメージはない。ただ、フィールドに影響したような……」

「はぁ?」

「うん、そうだ。使うと、地形が変わってた気がするな。森が焼けたり、都市が無くなったりしていた」


 なんという恐ろしい魔法だろうか、とメディエは震えあがった。


「頼むから、夢とロマンでメテオを撃たないでくれ、な」


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