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二十二話 王都とセクドの町の今


「ルリとメイド達に、広間に来るようにお願いしてもらえませんか?」


 買い物から帰って来たハーヴィは、迎えにやってきた家人に声をかけた。

 ハーヴィは左右に一人ずつ、ぐったりした男達を引き摺って帰ってきたのだった。容赦なく引きずられた男達は、土に汚れてボロ雑巾のように汚れきっていた。


 「若旦那様──荷物をお預かりしましょうか?」


 メイドの一人がおそるおそると声をかけるが、ハーヴィは手をふって断った。


「危ないから、イイよ。気にしないでね」

「わかりました」


 危険物扱いには理由がある。この男達──仮に、雑魚A、雑魚Bと呼ぼう──は、街中で堂々とハーヴィに喧嘩を売ってきたのだ。身のこなしも優れ、かなりの使い手であることが予想できた。

 ”気絶したフリ”も分かっていないメイドでは、不意をつかれて逃げられるか──もしくは、人質になってしまうか、危なくて仕方がなかった。

 けれど、ハーヴィが説明をすることはない。

 説明しても、理解できなければ同じだし、戦闘能力のないメイド達が戦闘の駆け引きを理解できるとも思えなかったからだ。


 それに、ピアニー伯爵家の者達は、基本的にハーヴィの命令(おねがい)に従ってくれている。

 理由の一つは、ハーヴィの妻のルリが、この家の娘であること。ハーヴィはこの家の主人の家族と認識されているのだ。

 加えて、ハーヴィとルリの結婚時のゴタゴタがある──承諾を得るまでの出来事を知っている者達は、ハーヴィには逆らわない。もちろん家主のピアニー伯爵もそれを受け入れている。

 事が起こったときの、ハーヴィの容赦のなさを痛いほどに知っているからだった。


 メイドは、ずるずると音を立てて、ハーヴィが荷物を引きずってゆくのを追いかけた。


「あら、ダーリン。お帰りなさい──どうしたの、ソレ」


 広間に到着していたルリが、ハーヴィを見て声をあげた。ずいぶんとおかしな物体を運んでいるが、一体何なのだろうかと疑問に思ったのだ。


「コレはね、戦利品。街中でいきなり襲ってきたから返り討ちにしちゃったんだ」

「あらあら──物騒ね」


 広間の真ん中まで足を進めて、容赦なく荷物を床に放り出す。手を離すと同時に、魔術で雑魚達を押しつぶすと「よ、ようしゃないッスね」「うぐぅ……もっと愛の手を」と妙な声を出して、動かなくなった。


「それで、若旦那様。私共をお呼びになったのは、どのようなご用でしょうか」

「あぁ、うん。あのね──君達は、これからヒキコモリになってもらおうと思って」

「は……い? あの、それはどういう」


 思いもよらない言葉に、メイドが疑問を浮かべた。

 ここに呼ばれたのは”メイド”であり、ハーヴィが”キミタチ”と言うからには、外出禁止(ヒキコモリ)とはメイド(じぶんたち)に向けられたものだろうと推測する。


「最近王都には出たかな? 女の人がいなくなってるんだ──魔獣を警戒して、家に閉じ籠っている。とか、そういうのではなくてね」

「まぁ──どういうことなの? どこにいってしまったというの?」

「それを教えてもらおうかな──って、連れてきたんだけどね。ねぇ、雑魚?」


 ハーヴィがチラリと視線を落とす。雑魚二人は床に突っ伏したまま、身動き一つしていなかった。時々、うめき声が漏れているのが気持ち悪くて仕方がない。


「外に出るのは男衆だけ。私共は館内にいれば良いのですね?」

「うん。そうしてくれるかな。一応、敷地内は魔術で保護してる。大丈夫だと思うけど──万が一ということがあるから、違和感を感じたらすぐに教えてね」

「かしこまりました。他の者にも伝えておきます」


 なるほど、女の外出を禁じるということか、とメイドは了解した。

 それをヒキコモリと表現するとは──ハーヴィの保護がどの範囲かは分からないが、できるだけ館内にいた方が安全と言う事なのだろう。


「お父様には私から伝えておくわ。”今日からしばらく、女は館から出ない”ということで良いのね」


 ”お父様”というのはピアニー伯爵の事だ。

 ルリはハーヴィの”お願い”を正式な主人からの命令にしよう、と言っているのだった。


「うんヨロシク。僕はこれから、情報収集に移るから──地下室みたいな、汚して良い部屋があったら、貸してもらえるかな」

「拷問室はありませんが、石造りのワイン倉庫ならございます。そこではいかがでしょうか」


 情報収集用の汚していい部屋──で拷問室を挙げるメイドも、十分にハーヴィに毒されている。

 いかにも災難がありますという言葉に、雑魚のうめき声が大きくなった。


「ワイン倉庫か──イイねぇ。ちょっと借してもらえるかな? あ、案内お願いね」


 満足そうに笑ったハーヴィは、雑魚二人を抱えあげる。場所が分からないから、と案内を願い出るハーヴィの言葉に、メイドは深く頭を下げたのだった。




○ ○ ○




 セクド町の中で、人の骨が見つかったという知らせが走った。


 場所は外門に近い路地裏──貧民街に近いその通りでは、人が行き倒れるのは決して珍しいことではなかった。

 しかし、今回衝撃的だったのは、ソレがただの死体(いきだおれ)ではなく”白骨死体”だったということだ。

 突然、骨が現れたというのだ──それも二人分。


 それを見聞きした街人達は、恐らくは誰かが捨てていったのだろうと考えた。

 残念なことに、死は常に近くにあり、今更一つ二つの死体の処遇に悩むほど暇ではないのだ。


「持ち物も何もないとなれば、正体もしれぬな。いつものように、墓地の外れに葬ってやるように」


 報告を受けた領主の従者──町の治安の責任者である──は命じた。

 当然のこととして、白骨死体には身の証になるような物は何一つなかった。

 あったとしても、誰かが持ち去った後とも考えられる。その通りは貧民街──セクドで最も貧しい場所の近くなのだ。生きた人間が通るだけでも、身ぐるみはがされる危険がある場所。ましてや死体であれば、身につけている物全てをはぎ取られてお終いになる。

 勿論、犯人の示唆になる品はなく、周囲はきれいなものだった。


「念のため、領主様に報告するべきだろうな」


 領主と従者達は朝夕に顔を合わせている。食事をとりながらの、プライベートな時間ではあるが、しっかり打ち合わせを行っているのだ。朝は一日の予定のすり合わせを、夕方にはその日の町の様子を報告している。

 この日のニュースとして、人々の噂に登っている”白骨死体”は良いネタになる。怪奇現象として、もしくは変態(コレクター)の不法投棄の一例として。夕方の打ち合わせ時に、報告する事を決めたのだった。




「……なんだってサ」


 怪我人の枕もとで、ナルは噂の白骨死体の話をしていた。大げさな表現を交えて、面白おかしく話を盛り上げている。

 その手には赤い果物があり、器用にナイフを操っては、果物の皮を剥いていた。

 話しながらだというのに、その手つきは危なげのないものだった。するすると、薄く剥かれた皮が受け皿に溜まってゆく。


「そうですか。白骨死体とは──不思議な事があるモノですね」

「まぁ、な。普通は骨になる前に廃棄するよなァ──そういう趣味があるなら、まず捨てないだろうしなァ」


 ナルは、変態のコレクターが捨てて行った説には反対だった。

 コレクターならば、捨てはしないだろう。もしも手元に置いておけない事情があったとしても、捨てられていたのはたった二体だ。少なすぎる。


「骨を集めるような変質者には、捕まってもらいたいものですね」

「だよなァ。ぶっそうすぎらァ」


 くくく、とナルが笑う。笑いの発作がおさまったところで、綺麗にカットした果物を皿に乗せてツェイに差し出す。


「ほらヨ。今日のヒイロからの貢物だ」

「……その言い方は止めて下さい。ただの見舞いの品でしょう」


 一口大に切られた果物を口に含む。さすがは”勇者”が求めた品である。熟れきった芳醇な果実からは、たっぷりの果汁があふれ出る。甘味の強い果汁だが、後味はさっぱりしており、女子供に大人気の品だった。


「おいしいですね。さすがは勇者。果物の目利きも良いのでしょうか」

「ばーっか。ヒイロみたいなオコサマに、果物の良し悪しがわかるわけないだろ。コレは売り子の姉ちゃんからの、”勇者”への送り物に決まってる」


 町を救った”勇者様”が求めた品ならば、どれほどのネームバリューになるだろうか。ましてや、勇者に送ったものではなく、勇者()買い求めた品であるならばなおさらだ。さらに、勇者が常連客にでもなってくれれば、他の町──王都への販路開拓の一手としては最高である。

 いつでも商人達は──否、生きる人間と言うのは逞しいのだ。


「勇者への贈り物をいただいてしまったのですか。申し訳ないですね」

「美味しく食べてやりゃイイんじゃねェ。ンで、勇者に旨かった、とでも言えば良い。勇者は良かれと思ってンだかよ」


 ナルが、アレフの皿に手を伸ばす。確かに、絶品と言っていい品であった。

 少しの青みも残っておらず、少しの酸味が甘味を引き立てている。しかも、その酸味が後味をすっきりさせているのだ。


 これはアタリの店だなと、一切れを食べて満足したナルが、二つ目に手を伸ばす。

 と、ツェイの手が止まっているのに気がついた。


「ん、どうした? まだ気にしてるのか?」

「いえ、そうではなく──ただ、エインにも食べさせてやりたかったと思いまして」

「……仲イイねぇ。おまえら」


 ナルの口からは呆れた声が漏れる。

 この騎士どもは全く──と、昨日のエインの様子を思い出した。


「まァ、領主サマに呼び出されて──なんだっけ、王都に行くんだったか? ンじゃぁ片道二日、往復四日は帰ってこねぇよな」

「王都でも数日は待たされることになると思います。五・六日は帰ってこないでしょうね」


 ツェイは肩を落としていた。

 他者にとっては意外なのだが、礼儀正しいツェイと大雑把で粗野なエインは、馬が合っていた。会話を盛り上げてくれるエインがいないと、ツェイはどんどん無口になってしまうのだ。

 そういえば、昨日は朝早くに宿に押しかけてきて、半日ずっとツェイの傍に居続けたのだった。

 ぺらぺらとよく回る口が、勇者の様子やら英雄の様子やらを話していて──結局、耐えられなくなったツェイが、エインを部屋から追い出してしまったのだ。


 帰ってきたら、エインに謝らなくては──

 ツェイは勇者からの贈り物を一つ、口に入れて噛みしめた。


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