二十一話 王都の男達と乙女の棘
「今日は上等な肉が入ってるぞ! どうだ、食べていかないか」
いつものように賑やかな大通りでは、あちらこちらで呼び込みの声がしている。旨そうな串焼きが肉汁を滴らせていたり、採れたての果物が高く積み上げられているのだ。道行く人々も楽しそうで、多くの露天に人だかりができていた。
それでもなお、多くの人々が先を急いでおり、大通りはごった返していた。
しかし、飛び交っているのは男の低い声ばかりであり、そのことにメディエは心底嫌気がさしていた。
なんという、むさ苦しい光景なのだろうか──
「なぁ。最近さぁ、女の人見ないよなぁ──ど~しちゃったんだろ?」
メディエは、男ばかりが目立つ大通りを見て、感想をのべた。彼にとって、男性が多いと言うのは、それだけ脅威であるのだ。
左右から、前から後ろから、男の集団がメディエに向かってくるようだった。それらをかわし続けるのが面倒で、メディエはとうとう大通りから逃げてしまったのだ。非常にムサイ光景に、大通りを見るのも嫌になっている。
それにしても、通りを行くのが男ばかりなのは、どういうことだろうか。
「魔獣が出て危ないからじゃないかな?」
冷静なセシルの言葉に、メディエが唸る。
「えぇ~でも、最近犬は減ったってぇ~」
「大事をとってるんでしょ」
屋台に出ているのが男ならば、宿屋の売り込みも男だし、子供と散歩に出ているのも男だった。しかも、その子供すら──男の子である。
いったいどうしてこんなことに──?
何度か昼ご飯を買っていた屋台の売り子が、肥えた威勢の良い女将さんから、くたびれたおじさんに変わっていたのだ。
お昼ご飯を買いにも行けない、行きたくない。
メディエはどうしようもない状況に、恨みの声をあげたのだった。
○ ○ ○
「やってらんねぇなぁ」
エインは領主に与えられた仕事に、ため息をついた。
なんでも、今まで伝令を務めていた少女が、行方不明になっているのだという。そのため、王都と連絡がつかず、死霊の報告も出来ていないのだと、説明を受けていた。
職務怠慢にもほどがある、とエインは怒っていた。
あれからすでに二日である。その間、責任者──トルクやアレフや領主は、いったい何をしていたのだろう。まさか、伝令の少女がやって来るのを、ただ待っていたとでもいうのか。
てっきり、早々に使者をたてたか、トルクご自慢の魔術で連絡したかと思っていたのに──心の中で文句を言い立てて、エインは頭を振った。
仕方がないのだ。いくらエインが嫌がろうと、すでに命令はおりて、エインの手には王都に送るべき書状がある。
しかし、他の人ではいけなかったのか、と思ってしまうのは仕方がない。
片腕をなくしたツェイはエインの相棒で、その相棒が床についているのだ。その看病をするべきだと思うのに「メイドに命じておいたから」の一言で追い出されてしまったのだ。
いや、確かに。どうせ看病されるならば、四六時中顔を見ている相棒より、若くかわいいメイドの方がいいだろう。
エインだってその方が良い。比べるのが間違っている。
分かっているのだが、どうしてだか後ろ髪を引かれてしまう。
まるで、今別れたら二度と相棒と会えないかのような不安が、エインの中で渦巻いているのだ。
今朝から、ツェイの様子が不安で不安で仕方がなかった。
目を離すと、状態が悪化しているのではないかと、起きてからずっとツェイの傍にいたのだ。結局、他でもないツェイ本人に追い出されてしまったが、不安は大きくなるばかりであった。
この”不安”について考えていくと、どんどん気分が重くなっていくのだった。
はぁ、とエインは溜息をこぼす。懐の書状が、自己主張するかのようにカサリと音を立てた。
「王都か──二日で行けって言われてもなァ」
伝令の少女ならば半日で駆けるという距離であるが、エインはただの騎士である。
領主から馬を借りて、ギリギリまで走らせて、それでも二日はかかる道のりであった。幻獣様は偉大だとエインは素直に賞賛し、自分にも幻獣がいればと悔んだ。
領主の仮館から大きな通りを進んで郊外へ向かう。外門近くに、領主の所持する馬が預けられており、それを使うようにとの指示なのだった。
その道の途中で、エインは伝令の少女を見つけた。
少女は一人、大きな薬袋を抱えて歩いているところだった。人の流れに逆らって道を横切ろうとしているようだ。しかし、その先にあるのは、貧民街で、まともな建物などないはずだった。勿論、領主の館があるはずもない。
一体どこにいこうとしているのか──エインは気になって、少女を追いかけることにした。
そのまま少女は通りを横切り終えると、脇道に入って行った。迷いのない足取りで、どんどんと奥へと進んでゆく。
エインは少しの距離をおいて、少女について道を進んで行った。何度か道を折れ曲がって、完全に通りとは遮断される。人の通らない、細い道を、ただ少女の後を追いかけて進んでいったのだ。
はっと、自分の行動に疑問を持ったのは、完全に路地に入り込んでしまってからだった。
自分は何をやっているんだろうか、とエインは自問した。
いないと言われた少女が居たのは不思議だが、タイミングが会わなかったということだけだろう。
少女がフラフラして見えたのも、王都からの距離を駆けぬけて疲労していたのではないか。
ただ、それだけのことだったのではないか。
それなのに、少女の後を付けるなどという、騎士の風上にも置けないことをしてしまった。
エインは深く自嘲のため息をついた。
素直に、前を行く少女に声をかけようとして──空気が変化したことに気が付いた。
喉に締め付けられるような圧迫感を感じ、胸に焼けるような痛みが走る。
いきなり襲ってきた異変に、ヤバイ──と周囲を探るが、エインには何者の姿も見ることはできなかった。となれば、相手は魔術師でしかありえない。
先を行く少女は、異変に気が付いていないようだった。
今までと変わらずゆっくりと歩を進めているのに、警戒を発する。
「おじょうちゃん! 逃げろッ──魔術だ! 魔術師がいるッ──逃げて、誰かに助けを……」
逃げろ、走れ! そのエインの言葉に、驚いたように少女が振りかえり──嗤った。
「え、ええっとぉ。おじさんは、確か──騎士でしたね。あたしの勇者様とお話していた騎士ですね。
じゃぁ、いいです。苦しんでください。苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで。
あたしと勇者様の邪魔をする悪い人は、死んでください」
「なにを言って──う。ぐ、ぐはッ──」
胸の奥からせりあがってくる衝動に、エインは押しつぶされるようだった。
何か熱い物が、食堂を押し広げながら上がってくる。ごぼり、と音を立てて吐き出したのは、真赤な血の塊だった。
「げふッ──ごほッ──ぶはッ」
吐き出しても吐き出しても、せりあがってくる衝動に、エインの意識が朦朧としてくる。
そして──赤く染まった地面に、エインは崩れ落ちた。
「どんな気分ですか? 勇者様の事、謝ってくれますか?」
遠くで少女の声がしている。
あぁ、とエインは最後に相棒の事を思い出していた。
朝から感じていた”二度と相棒と会えない”という不安──てっきりツェイの容体が悪くなるのかと思っていたのだが、違っていたのだ。
死ぬのは自分だった。
今、ここで、エインは死んで──もうツェイに会う事は無くなる。
「ツェイ……わりぃ……な。先にいくわ」
声に乗せる事も出来ない言葉は、エインの命と共に消えていった。




