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二十話 魔術師と英雄と?


 油断していなかったといえば、嘘になる。ハーヴィは見通しの甘かった自分に歯噛みをした。

 今自分達がいるのは王都で、相手は兄に一度ノされた相手だったから。一度恭順した後は、気持ち悪いほどに兄に好意的だったから、油断していたのだ。


 まさか、刀を突き付けられるとは──


 ハーヴィがいるのは王都の裏通り。少し開けたそこには、市民共同の井戸がある。ハーヴィは不穏な気配を辿って行き、そこにたどり着いたのだった。

 ようやく相手を捕えた時、そこにいたのは、普段ハーヴィの兄を追いかけているストーカーの姿だった。


 そういえば、今回はこいつの姿を見ていなかった──ハーヴィはその違和感にようやく気がついた。

 常ならば、王都に入った途端に、兄の周りをチョロチョロし始めるのだった。

 それが、今回の王都入りでは姿を見せていなかったのだ。感じていた違和感はこれだったのかと、ハーヴィは変態が日常に組み込まれていることに、衝撃を受けた。


「だめですよゥ。弟様ァ。こォんな人の通らない所に、一人でついてきちゃァ」


 ククク、と男が笑う。

 魔術で隠していたのだろう刀を取り出すと、鞘に入ったソレをハーヴィの顔面に突きつけたのだった。


「キミに、聞きたいことが、できちゃった──」


 ついでに八つ当たりも、と不快感をあらわにしたハーヴィが目の前の凶器に集中する。

 魔力が高まった結果、バギッ、と鞘から重厚な音が生まれる。その後、鞘の罅の入った所を中心に、飾りだったものが地に落ちて行った。


「イヤアアアァァァ。マイディアァァァァァァ!」


 装飾品が剥げ落ち、ヒビが入った鞘を見て、変態が絶叫する。地面に手をついて欠片を掻き集めると、修復不可能なまでに粉々にされたそれらに、怒りを募らせていた。


「よ……よくも。よくも、よくもアンナちゃんをおォォォォォォ!」


 変態は、勢いよく顔をあげてハーヴィを睨みつける。


「ゆるさないッ! 刀の錆にしてくれるッ」


 宣言と共に立ち上がろうとするが──叶わなかった。

 その不思議な現象に、変態が立ち上がろうと努力を重ねる。必死に身体を動かすが、身体にどんどんと重みが加わってゆき、最後には押しつぶされてしまった。


 こうなっては立ち上がるどころでは無い。このまま潰されるのだろうかと、恐怖に顔色を失う。

 カエルのように地面にへばりつきながら、変態が懇願するようにハーヴィを見上げた。


「あ、あの……弟様?」

「大丈夫、殺しはしないから」


 ハーヴィは冷たく宣言した。




 ○ ○ ○




 騎士達は悔やんでいた。


 死霊達を過小評価していたこと。

 それゆえに、少人数で捜索に出てしまったこと。

 その結果、仲間の半分を失ってしまうという、最悪の事態を招いてしまったことを。


 自分達が一緒に行っていれば、何かできたのではないか。

 全滅まではいかなかったのではないかと、自責の念にかられているのだ。


 だからこそ、エクスに誘われながらも同行を断ったアレフに対して、良い感情を抱いてはいなかった。


 (アレフ)さえ一緒に行ってくれていれば──

 本当は分かっているのだ。エクス達の、本物の英雄の手に余る時点で、アレフや自分達など何の役にもたたないのだと。たとえ、一緒にいたとしても、死体が増えるだけの事だと。

 分かっているのだ。アレフに当たるのは間違っている、と分かってはいるのだ。

 それでも、後悔の念は他者(アレフ)に向かってゆく。アレフに対する態度は、ますます冷たくなっていくってしまった。




 それが、アレフを孤立させる原因の一つだった。


 アレフには与えられた仕事があった。それは、勇者を鍛えるという役目だった。

 今日も領主館跡地で、勇者に稽古をつけたばかりである。先日の不覚があってから、勇者は一層鍛錬に身が入っているようだった。

 体力を着けるための地味な運動も進んでこなし、アレフとの稽古が終わったあとも、自主的に鍛錬を積んでいるようだった。

 手の空いている騎士や、豹人が相手を務めることもあるようだ。


 そのにこやかな対応を見て、アレフの心は曇る。

 騎士達は相変わらずアレフを疎んでいるようなのだ。特に、エクスと親しくしてからは、彼らの言動からは悪意しか感じられなかった。

 騎士達に好意的に受け入れられないのを、アレフは寂しく思っていたのだ。


 それを変えてくれたのが、エクスの差し伸べてくれた手だったはずだった。

 それなのに、エクス達はいなくなってしまった。


 死霊のムレから勇者たちを守るため、自分達を逃がすために犠牲になってしまったのだ。

 おかげで、ヒイロが頼りにできる相手がいなくなってしまった。それだけではない、あの時にエクス達と共にいなかったことも、彼らは気に入らないようだった。

 これ見よがしな、大きな声で交わされる嫌味を何度聞いただろう。


 特に、一般の騎士達の半数が、エクスと一緒に行っていたことが、アレフに非難が集まる理由となってしまった。

 アレフは行かなかったから。

 それだけのことで、アレフは非難され、責められているのだ。


 どうしてこうなってしまったのだろう、とアレフは考える。

 勇者と共に旅に出てから、一人になった時にはいつも考えている事だった。


 どうして、自分が英雄なのか。

 そう、アレフは未だに英雄であることを受け入れられないのだった。


 どうして、自分はここにいるのか。

 どうして、じぶんだったのか。

 どうして、彼らではないのか。


 ぐるぐると回る思考の渦の中、アレフには思い至った事があった。


 自分はなぜ英雄になったのか──

 何をしたか──

 エクス達は、なぜ英雄と呼ばれているのか


 それは、魔獣を殺したからだった。


 魔獣──

 アレフはその言葉を天恵のように受け止めた。


 魔獣。

 魔獣を殺せば、その人は英雄になる。

 それも、多ければ多い程良いだろう。多く殺せば、それだけ凄い英雄ということになる。たった一頭の魔犬を倒した自分ではなく、多くの魔獣を屠った、本物の英雄だ。

 それは、抗い難い誘惑の言葉であった。




 ○ ○ ○




「こんにちは、聖女様。

 あ、ええと……この間は、その。無理を言ってごめんなさい」


 鍛練からの帰り道、宿屋のテラスから顔を見せている聖女を見つけて、ヒイロは声をかけた。

 あの時、瀕死のツェイの治癒を聖女に頼んだことを、ヒイロは悪かったとは思っていない。

 それでも、女性を無理矢理に馬車から連れ出したことは確かである。その事を、ツェイ本人に責められてしまっては、ヒイロは謝るしかなかった。


「あら──勇者様。いいえ、こちらこそ、お力になれませんでしたわ」


 聖女は表情を変えることなく、ヒイロの言葉を受け入れた。その平然とした様子に、ヒイロは聖女に対して不快感を覚えるのを止める事は出来なかった。


「……どうして、そんなに平然としているんです? ツェイさんだけじゃない。騎士や、神官達の中には死んだ人だっているんですよ!」


 勇者の嘆きは、けれど聖女の表情を変える事は出来なかったのだった。


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