十九話 神官達とギルド職員の事情
神官達は己の無力を噛み締めていた。
魔族は光属性に弱い種族である。なかでも、死霊という種族は光魔術への抵抗がゼロに等しい種族である。もっとも神官との相性が良い種族なのだ。
それなのに、それらを相手にして、何もできなかったというのは、神官達に苦い思いをさせていた。
トルクに渡された、苦味の強い薬湯を無理矢理飲み込んでため息をつく。魔力回復の薬湯だと言われたソレは、味さえ他にすれば素晴らしい効果を発揮した。口の中が苦味やエグ味や青臭さで満たされるという、最悪な効果もあるのだが。
「このままでは神殿の、神の力を見せることができません」
顔を合わせている神官達の一人が、落ち込んだ声で言った。
「偉大なる神の威光を広げること、その代理人である神殿の力を強めることこそが、我らの使命のはずです」
思い通りにいかない現実に、神官の間に苦いものが走る。
神殿の権力を強めたい彼らにとって、勇者の旅は渡りに船であった。王都では神殿は人々の心を掌握しているものの、辺境ではそうはいかない。人々は神殿よりも領主を重んじ、領主もまた神殿よりも人々の生活を重んじているのだ。
これでは、神の望みを叶えることができない。
神は人々の暮らしの良きことを──特に、一生を神に捧げた神官達の生活が豊かであることこそを、望んでおられるはずだから。
そのために、聖女を勇者の旅に同行させたのだ。
相手が聖女であれば、領主たちも無碍には出来ないだろう。最上のもてなしを受け、彼らに信仰のなんたるかと、神殿の重要さについて説くつもりだったというのに。
騎士達にしても同じだった。彼らは力に頼るゆえに神を、神殿を敬う気持ちが不足している。もっと神を敬うべきなのだ──もちろん神官のことも。
神官の優秀さをアピールする為に、小競り合いがある毎に近くで様子を伺っていた。少しでも苦戦するようならば、手を貸そうと──苦戦する騎士と魔獣の間に入り、スパッと魔獣を退治する。
それさえできれば、騎士達の神官を見る目も変わるはずだった。畏怖と尊敬の満ちる瞳を向けられて、神官達は余裕たっぷりに神の慈悲を説く──予定だったのだ。
それが現実はどうだろうか。
騎士達は魔獣を相手にしても、苦戦することなく相手を葬り去っている。多少の怪我をすることはあるが、重症を負うことなど──勇者を庇ったという一人以外にはいなかった。
その一人についても、腕を千切られたということで、癒しようがないときた。
こんなはずではなかった──と神官達は悩んでいるのだった。
それに、聖女の問題もある。
人々にとって、聖女は神の慈悲の具現であるはずだった。そうであるようにと神官達が誘導していたのだ。
聖女と聖者は神に愛されたスキルの持ち主である──神の愛の化身であると。与えられた特別なスキルこそが、その証拠である、と。
骨董無形な作り話が受け入れられたのは、単に前の聖女の印象が強かったからだ。前の聖女は強い魔力を持った、優れた魔術師でもあった。闇以外の属性の魔術を使い、神々の雑談を情報源に、魔族との争いに勝利して行ったのだ。
しかも、戦乙女然とした優れたカリスマの持ち主でもあった。
彼女に心酔した者達が彼女は特別なのだと、神に愛されているのだと言い出し、受けいれられてしまった。
時世もあっただろう、人々には希望が必要で、聖女はそれに選ばれてしまったのだ。それまでは一介の女神官にすぎなかった女性が、聖女に祭り上げられたのだ。
それに伴い、彼女のスキルの呼び名変えた。"カミノストーカー"などというマイナスイメージのスキル名から、オラクル──神の言葉を神託として受け取る、というキレイな言葉に変えたのだ。
そうして二十年近くを、聖女と神殿の権威の強化につぎ込んでいた。
ここ数年は上手く言っていたのだ。
始まりの聖女は亡くなったが、彼女以上に若く美しく──無知な少女を迎え、神殿の象徴として祭り上げる事ができた。
それに伴い、反対派──聖女を利用することへの反対派──を処分することができ、聖女派の勝利は揺るぎないものであったはずだった。
それなのに今になって躓いていた。
まず、現聖女がほとんど魔術使えないのが問題だった。
神殿が求めるのは神託スキルだけであるため、他の魔術は初級しか教えていなかったのだ。彼女の魔力が低く、中級魔術すら使いこなせないだろうと判断したのも理由の一つだった。
それを補うために、必ずそばに神官が控え、あたかも聖女が行ったかのように魔術を使って見せていた。
今までそれでうまく行っていたのだが、先日失敗してしまった。
騎士の一人が大怪我を負った時に、聖女が「できない」と言い切ってしまったのだ。これは今までの神官達のやり方に反していた。
勿論、聖女に癒しの魔術の使えるはずがないのだが、それにしてもマズイことだった。
神殿は、聖女とは奇跡をおこせる存在だと言っている。
それなのに、腕を繋げるような奇跡はもとより、痛みを和らげる事すらできないと言ってしまったのだ。
痛みを和らげるというのは、水や光の上級魔術で可能な事だ──それができないとなると、聖女存在に対する不信感を──引いては神殿に対する不信感を招きかねないのだ。
「さて、どうするか──」
神官たちは、打開策の打ち合わせに入っていた。
○ ○ ○
「ねぇ、君達。ノアに何か言ったでしょう?」
セシル達が何時ものようにギルドをのぞいたところで、挨拶もそこそこにクレイブに詰め寄られた。
上から下まで見張るように見られて、二人は居心地の悪さを感じていた。もぞもぞと体を動かしながら、クレイブに言い返す。
「何か──って何でしょうか」
「決まってるよ。天使様のイメージ悪くするようなこと!」
「天使様?」
「そうだよ、天使様──あぁ、あの赤い髪に青い瞳の天使様。あぁ、思い出すだけで幸せ」
クレイブは、目を閉じてうっとりと"天使様"の姿を反芻している。大の男が気持ち悪いなぁと、子供達はさりげなく視線を外した。
自分の世界に入ったクレイブに気付かれないように、セシルがメディエを突つくと、小声で「知覚」と告げた。
セシルはクレイブの様子を見て、今までの彼との違和感を強く感じていたのだ。だから、こっそりとスキルを発動させてみたのだが。
出てきた情報の中に、"魅了中"という言葉が赤く輝いてるのだ。
「なんか、異常状態みたいだね……」
「……イキモノノカンテイでは分からず、知覚では判るみたいだね。レベルが低いからかなぁ?」
「なにをコソコソ話をしてるの? ちょっと可愛いからって、何でもごまかせると思ったら間違いだよ」
可愛いと思っていたのか、というのが正直な気持ちだった。
いや、狙ってはいた。狙ってはいたのだが、この人チョロすぎるんじゃないだろうか。普通はもっと疑うものだろう──ハーヴィやノアのように。
「え~? でも、何ンにも言ってないよぉ?」
「そうそう。いきなり呼び出されて、こっちもびっくりですよ」
「そうかな。ずいぶんあっさり受け入れていたみたいだったけど──彼らが王都に帰ってきてるって、知ってたんでしょ?」
随分良く見ている、と舌打ちしそうになった。
「いえ、伯爵サマからの連絡かと思ったから。伯爵は、今度連絡する時にはギルドを通じて、ノアさんの名前で連絡するって言ってたから」
まだクレイブは疑っているようで、目にも疑いが残っている。
「今朝もご飯をいただいたんですよ。おいしかったです」
「でも、そこでノア達に会ったよね。何を話したの?」
とりあえず言い訳はうけいれられたらしい、と子供達は一息ついた。あとは、何を話すかだが。
「犬のこととか」
メディエがフライングをした。何を話す気だろう、とセシルはハラハラと見守る。
「犬がね~。王都に一杯いるはずなのに、最近はいないねって話したの」
「あぁ、したね、そんな話。居なくなったんならいい事だよね、ってことだったよね」
「犬……あぁ、魔犬のことだね。──確かに最近いないね。どうしたのかな?」
「わかんなーい」
そんなこと言われても、と子供達は顔を見合わせた。
「他には? それだけじゃないでしょう? 他に何を話したのかな」
今朝から、こんな風に詰め寄られてばかりだなぁと、セシルは思った。朝のノア達といい、クレイブといい。一体、自分たちから何を聞き出したいのだろうか。
「最近出回っている、イーター様のアクセサリーを作ったのはオレ達かって」
「違うんですけどね」
これは正確にいうと、メイドさんとの会話で出た話だった。
メイドさんにとっては「頑張ってるね」という励ましだったのかもしれないが、残念ながらセシルたちの仕事ではなかった。
メイドさんとの間に流れた気まずい空気──とりなすのが面倒だったと思い返す。
「そう。で、他には?」
「え~、あとはぁ。ごはんが美味しかったデス」
「うん。あんまり食べられない果物があったのが、嬉しかったね。ミルクも冷えてて美味しかったよね」
ねー、と二人で頷き合う。その様子を、クレイブは少しの誤魔化しも許さないように、じっと見つめていたのだった。




