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四話 勇者のパーティメンバー

 苦い薬湯──濃縮された草の青い苦みと少量くわえられた甘草の温い甘みの混合は、体に良い薬湯だと分かっていても飲み込むのに一苦労であった。けれど、この薬湯の作り方を教えたのは己である。

 自分の限界を知らない若人のための特別製の薬湯──これを飲んだ者は二度無茶をすることはなかった。

 いわゆる嫌がらせの品──若者に対する教育的指導用の薬湯を差し出された時、自分に対する意趣返しであろうかと、トルクは真面目な顔をして控える弟子を恨みに思った。


「? どうなさいましたか、トルク様?」

「嫌──なんでもない。ところで、これを選んだのは誰だ?」


 数多い薬湯からよくも──ピンポイントに嫌がらせ(コレ)を選びやがって、と怒気を込める。


「勿論、弟子一同の満場一致ですが、それがなにか?」


 ほのほのとした返答に、悪気のひとかけらも見ることはできなかった。ポーカーフェイスとは魔術師のお家芸であるのだ。


「数多い薬湯の中でも、最高の効果を誇る一品────かつて我が師である方はそうおっしゃいました」

「ちっ」

「おお、我が師匠 清流のトルクともあろう方が──ごにょごにょごにょ」


 トルクの頭に視線を合わせた弟子──レナードがわざとらしく顔をそむける。かつて”清流”とまで呼ばれたトルクの長い銀青色の髪は、実らない召喚を繰り返すうちに──心労であろうか、儚く消え、今は産毛の一本も見られない、残念な頭になってしまっているのだった。


「……言いたいことがあるなら、言え」

「お怒りにはなりませんか、トルク様?」

「………………怒らない、かもしれんな」

「ふむ。トルク様は髪とともに寛容さを失われたのではないかと──おっと」


 トルクからふるまわれた魔力の奔流を、レナードが笑って打ち消す。万全のトルク相手であれば軽口をたたくのも命がけであるが、今の魔力のほとんどを失って寝たきりになっている状態では、レナードに負ける要素はなかった。

 現にトルクが発現した魔力は魔術師見習いの子供達よりも少なく、トルクがどれだけ衰弱しているのかよくわかるものだった。


「どうかご自愛ください、トルク様。そのように気を荒立たせては……いえ、病気ではありませんでしたね」

「うるさい。魔力不足(こんなもの)は薬湯を飲んでいれば治るわ!」

「失礼いたしました。いえ、まさか、魔術師の中でも一二を争う方が、魔力制御に失敗なさるとは。見習いでもあるまいに、ほとんどの魔力を持っていかれて気絶なさるなんて、いやまさか思いもよらず」

「好きに囀るがよいわ。まったく、口の減らない──ところで、ワシが召喚した剣はどうなっておる」


 中身のあいたコップを受け取り、中身を継ぎ足す。トルクの魔力は高く、薬湯を何杯も飲まなくては必要最低量にまで回復しないのだ。


「あと何杯必要でしょうか? あまり杯を重ねるなら、弟弟子の作ったラストエリクサーをお持ちしますね」

「いらん。あれは腐ったヘドロに唐辛子と蜂蜜を加えて煮詰めた味がするそうじゃないか。舐めた製作者が生死の境をさまよったと聞いているぞ」

「一舐めであの世へ小旅行ができます。その破壊力に敬意を表した名前がラストエリクサーですから。でも完全回復するようですよ? 飲ませた病気の動物は仮死状態からの復帰後、健康体よりも元気に動き出したとの報告もあります」

「……そんな劇物を人に勧めるな」

「いえ、トルク様ならいけるかな、と。ところで、聖剣でしたっけ」


 トルクが薬湯をあおる。のどに絡みつくねっとりとした甘み。口内を支配する青臭さと苦味は、気体となり鼻腔(びくう)に達し、その強い刺激が頭痛と涙をもたらした。

 その様子に、レナードが果実水を差し出す。トルクは待ちかねた果実水(それ)をひったくると、口中を洗うようにくちゅくちゅと音を立てて一杯を流し込んだ。


「……トルク様。汚いですよ」

「今は非常事態だ。もう一杯よこせ」

「どうぞ」


 渡されたのは果実水ではなく、薬湯。がっくりとトルクの肩が落ちた。


「回復は、もう十分だ」

「おや、そうですか? 本当ですね? 嘘だったらラストエリクサーですよ」


 レナードは仕方なく薬湯を受け取ると、かわりに果実水を手渡した。


「ふぅ……生き返る。で、だ。聖剣だ、聖剣。どうなった?」

「分かりません」

「? わからんとは一体?」

「強い聖属性の剣なのは確かです。しかし、誰にも抜くことができないので」

「抜けない、か。いや、しかし聖剣というのはそういうものだろう。誰でも使える方がおかしいのだ」

「それに関して、神殿から聖女様がおいでになることになっています」


 ぴく、とトルクが反応する。


 この世界とって聖女というのは最高位の神官ということだけではない。彼女──男性ならば聖者と呼ばれる──は神によりそい、その声を聞く特別な能力の保持者のことを言うのだ。

 それゆえに、聖女は神の代弁者であり、奇跡の具現者である。勿論、神殿内で大切に守られ、精進潔斎した生活を送っている。人々の前に姿を現すのは、年に一度の神々の大祭の三日間だけであった。


 ──その聖女が、王宮に来る。


 それは過去に例のないことだった。

 何かが起きる、とトルクは不安を感じつつも高揚するような、不思議な感覚を覚えた。


「……宮廷魔術師を辞退する」

「は?」

「うむ。そうだ、それが良い」

「な、何を言い出すんですか!? ちょっと、正気ですか?」


 満足そうなトルクに、レナードが悲鳴を上げる。


「ちぃおぉっと、だれかああああぁああぁぁっぁ。トルク様がおかしくなったあぁあぁ!? まさか、薬湯。薬湯のせいですかぁ?」

「うむ、それが道理というものだ。アレはワシが召喚した剣──ゆえに、ワシがセットになっても問題はないだろう」

「いやいやいやいや、ないです。ないですってぇぇ」

「気にするな。うん。聖女に釣りあうならば、優秀な魔術師を出さなくてはな」

「わけわかりませんよ。なんで聖女様にはりあうんですか。って言うか、何のつもりですか? 本当に?」


 ん? とトルクは物分かりの悪い子供を見るような眼で、レナードに諭す。


「つまり、だな。ワシは世界を救う勇者を召喚するつもりで──聖剣を召喚した」

「トルク様が剣一本の召喚でぶっ倒れるんですから、呼び出したのは相当な業物(モノ)でしょうね」

「それはつまり、聖剣を持って世界を救え、ということではないか」

「……分からなくもないです」

「その確認に、聖女が来るのだろう。ならば、この後は勇者を探して魔王を倒す旅が始まると思わないか」

「聖女様が何のために登城されるのか分かりませんから、なんともいえません。ですが──そうですか、勇者を探す旅。それに同行する為に宮廷魔術師を辞めて野に下ろうと」


 ぱたぱた、と部屋の外から複数の足音が聞こえる。乱暴な音を立てて開いた扉の、その先には色とりどりのローブを着た魔術師達が六名、荒い息を吐いていた。


「ようこそです。さ、中へどうぞ」


 先ほどまでのあわてっぷりが何だったかというほど冷静に、レナードは入室を促す。


「な、なにが、いったい。さきほど悲鳴が聞こえたような……」


 ぜえぜえと浅い息を繰り返して、赤いローブが代表で口を開く。


「はい。トルク様がバカなことを言い出されましたので──」

「バカとはなんじゃ、コラ」


「ちょっと頭をかしてください。今後あるかもしれない”旅”に、私達魔術師はどうかかわっていくべきか」




 ○ ○ ○




 たった一人をのぞいては、誰もいない石造りの部屋。聖女が祈る祭壇と、そこに燃えるロウソクの灯だけが影を作る。時がたつにつれて短くなるロウソクは、ただそれだけが隔離された部屋と外界をつなぐ印のようなものだった。


「遍く世界を知ろしめす我らが父母。偉大なる大神達に願奉ります……」


 静かな部屋に、聖女の祈りの声が響く。


「……」


 祈りの途中にロウソクの明かりが消え、窓の無い部屋が暗黒に閉ざされる。

 これは、聖女の祈りの時間の終わりを示す約束事だった。時間の許す限り祈りをささげ続けようとする聖女──事実、何度か倒れてしまったことがあるため、無理やり休憩をとらせようと神官たちが準備した品だった。


 闇の中、聖女は溜息をつく。


 聖剣が現れたというのに、聖女には神々からの言葉を受け取れていなかったのだ。この度、聖剣を見ようと城に登ることを考えたのも、”世界に召喚された状況に近い状態の聖剣”を見たかったから。


 真実聖剣であるならば、聖女である自分には何か(・・)が感じられるのではないか。ソレが何かはわからないけれど──己の無力さに、聖女は深いため息をついた。


「神よ──どうか、お言葉を。どのようなものでもかまいません。どうか、どうか道をお示しください」


 静かな闇に閉ざされた部屋に、聖女の祈りが響いた。


 


  ○ ○ ○




 聖剣が現れた──それはすぐに噂となって広がった。

 王都中が聖剣の行方を──勇者の存在を興味深く見守っているのだ。とはいえ、聖剣は正式にお披露目をされたわけではなく、ただの噂として流れていた。これが本当のことなのか、嘘なのか。人々には区別ができず、けれど与えられた希望に少しだけ気分良く生活をしているのだった。


「おい、アレフ。聖剣の噂聞いてるか?」

「あぁ。知っている」


 王都を守る騎士団の詰め所でも、聖剣の話が出ない日はなかった。


「王子殿下が勇者だった──という話だったな。それがどうした」


 アレフは同僚に返す。

 昨日のホットニュースは、実は王子殿下が勇者であり、聖剣は王子殿下のもとに現れたということ。殿下は近衛兵とともに訓練を始めており、近いうちに魔王討伐に旅立つだろう──否、すでに旅立っており、魔王討伐は時間の問題だ。というものだった。


「あ~、それ。ガセネタ。本当は、聖剣が本物かどうか、近いうちに聖女様が確認にいくんだって。これ本当」

「……そうか。勘違いをしていたようだ。しかし、”本物かどうか”か。まだそんな状況だったのだな」

「だよな。王都は良いにしても、辺境ではかなり魔獣の被害がひどいらしい──早くどうにかしないといけないんだが」

「そうだな。誰かが平和を──」


 アレフは詰め所の窓から青空を見る。

 王都は平和だ──他の町や村々に比べて。街の周囲は騎士団が一日一度巡回して、危険な生き物を排除しており、魔獣の被害など微々たるものである。

 しかし、王都以外ではそうはいかない。いくつの村が、何人の人々が魔獣に蹂躙(じゅうりん)されてきただろうか。王都にいては分からない──数字でしか連絡は入らないが、それでも年々増えてゆくその犠牲者に国を守る騎士としてのプライドが痛む。


誰かが(・・・)魔獣を倒してくれないものか」


 それは、騎士達でもいいのだと──彼らはまだ気が付いていなかった。




   ○ ○ ○




 また、負けた。ナルはグループの隠れ家で怒声をあげた。


「っつ──じゃっけんじゃねぇ、あの変態野郎!」


 その余裕のない様子に周囲からヤジがとぶ。


「おいおい。ナルちゃんったら、今日も襲われちゃったのか。ギャハハハ、ざぁんねぇん~」

「はっはっは。聞いたぞぉ、ナル坊の脱処女にカンパイ! いや~ナル坊は隙がないからなぁ。もー、ありえねぇんじゃないかと思ってたわ。で、なんだよ。今日もヤられてきたのかよ。クセになったら面倒だぞぉ」

「うるせぇよ、てめぇら。だまってろや!」

「ナルちゃんとお楽しみかぁ。いいなぁ。オレも貢いで欲しいなぁ」

「だよなぁ。神速の黒豹とまで呼ばれたナルちゃんは、実は露出狂のコネコちゃんでしたってぇ? ニィヤァオン」


 ヤジった男達が囲む机の真ん中にナイフが突き刺さるが、男達は気にした風もなくエールを呷った。


「しかし、アホみたいなヤツがいるな。神速の黒ネコちゃんは、俺達の中じゃぁ一番速い──目も良いし腕も良い。それなのに黒ネコちゃんに見つかることなく、好き勝手できるヤツがいるのか」

「黒ネコいうな! オレ様は豹だっ」


 言葉の通り、ナルの耳についているのはネコではなく豹の耳──とはいえ、猫と豹の耳の違いなど、丸みと毛の厚みほどしかなかったのだが。


「ネコも豹もかわんねぇよ、別種族(オレタチ)からすりゃぁなぁ」


 どっと笑いが起きる。


「ほらぁ、脱いでみろよ。おじさんたちがヤられちゃったところ、よ~く見てやるから」

「ほーら、コネコちゃぁん、ばんざーい」

「うっせえっつーの、よっぱらいども! で、だ、情報屋。いいかげんウサギの目星はついたのか!?」


 騒ぐ周囲を尻目に、静かに飲んでいる情報屋に声をかける。


「──二つ」

「両方買う。いくらだ」

「金貨一枚と銀貨二枚──まいどあり」


 無造作に投げられた報酬を受け取ると、情報屋は部屋を移動するように促す。それに、ナルは首をふって答えた。


「ココで良い」

「──良いのか?」

「良いってんだろ。おいテメェら、ちったぁ協力しやがれ」

「おーおー。オネコ様のお願いなら聞いてやろうじゃねぇか」

「いつまでそのネタ引っ張るんだよコラ。いいかげんキレるぞ」

「怖いねぇまったく。で、何を協力しろって?」


「捕まえる」


 低い、地を這う低い声でナルは宣言した。


「捕まえて、オレ様に手を出したことを後悔させてやる!」




   ○ ○ ○




「僕──僕、家を出るよ。それですごい冒険者になる!」


 王都は遠く聖剣の噂も届いていないほど離れた町のはずれで、少年は家族に向かってそう宣言した。


トルクの頭髪が無くなった詳細は、~プレ~にあります。口調が違うのは、聖女相手と部下相手だからです。


ナルのシーンの表記揺れは意図的なものです。黒猫って黒豹とそっくりですよね。

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